Prologue. 3 #3
利翼は空港に少しでも近づくため残り少ない腕の筋力を震わせながら、操縦桿で針路をとる。
『ピーーーーーーー』
規定速度を超えて展開を行ったため、警報音が鳴り始めた。速度の上昇が緩やかになったが依然危険な状態には変わりはない。
「操縦桿を引いているがやっぱりトリムのせいか。どうにかして機首を上げなければ……」
高度計は残り対地二五〇〇フィート(七六二メートル)を示していた。
「仕方がないわ、最終手段のギア(着陸装置)も降ろしましょう」
「ラジャー! ギア・ダウン」
タイヤを降ろすと、ようやく加速が止まった。もはや着陸装置が壊れたあとはどうするかを考えている余裕がなかった。
「いいぞ! 加速が止まった」
それでも機体は垂直に近い状態で落下を続ける。
『Don’t sink! (降下するな)』
「対地接近警報装置がなり始めたわ」
「分かってる! すぐに機首を上げ立て直さないと」
『PULL UP!(機首を上げろ!)、 PULL UP!(機首を上げろ!)』
けたたましい警報が、コックピット内に鳴り響く。残された高度はあとわずか。二人の全力の抵抗もいよいよ佳境に差し掛かる。
「クソ、頼むから上がってくれ!」
「あなたならきっと切り抜けていけるはず……」
ポロポロ涙をこぼしながら美羽が口にする。泣かないようにしていたのに涙袋から溢れる。
「すまない美羽、こんなことになってしまって……。もっと適切な対処があったかもしれないが俺の力不足で……」
「いいえ、あなたのせいではないわ。完璧な対処をしたって結果なんて誰にも分からないもの。それでもよく頑張ったと思うわ」
どんなに善徳を積んでいても、死ぬときはいつだって前触れもなく突然だ。今まで貯めた善徳でこの状況を清算できるなら喜んで差し出したい。利翼はそう思いながら、目に見えないが確かに蔓延っている理不尽さ、抗うことが出来ない残酷な摂理に対し怒気を発した。
「なんでだよ。俺たちが何をしたっていうんだ」
美羽は白手袋を外し、取り乱す利翼の手をそっと握った。
「あなたと出会ってここまで来られて、十分幸せだったわ。これからは一緒にあずはを見守りましょう」
スーッと深呼吸をした利翼は冷静さを取り戻した。
「ありがとう、それじゃあファイナルオペレーションをおっぱじめよう! 今この状況を最後まで楽しもうじゃないか!」
「了解!」
地表までの高度は残り三〇〇フィート(一〇〇メートル)を切り、地面に接触するまであと数秒前のところだった。そこからは、一瞬の出来事だった。
◆
『昨夜未明、ビジネスジェット機が
この日を境に当たり前の日常が、いとも容易く崩れ去った。最後まで勇気を持っていたのにもかかわらず、無残に翼を焼き落されてしまった。ただひたすらに無念さと、憤り、後悔だけがその地に残った。
『例の航空機墜落事故から数日が経過しました。今日は航空事故に詳しい専門家をお呼びしてご意見を聞きたいと思います』
『あー、あれは航空史上最も恥じるべき事故だよ、まったく。出発前点検で誰でもわかるような明らかな不備を見落としていながら飛んだのだから。もはや殺人行為だよね』
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