1.Everyone’s Destinations and Originate.

1 東京都八王子市に到着 #4

――六年後、二〇三二年――


『まもなく八王子はちおうじ、八王子、お出口は右側です。横浜線よこはません八高線はちこうせんはお乗り換えです』


 中央線ちゅうおうせん電車の自動アナウンスが車内にいる人へ次の停車駅を伝える。先日まで使っていた北海道の網走あばしり方面を結ぶ石北線せきほくせんでは、簡素な自動アナウンスとそれに付け加えるようにして車掌が肉声でアナウンスをおこなっていて、癖が強いと聞こえにくいこともあった。でも、話し終わると最後にマイクの電源を切る「プツッ」と耳に入る音。それに風情があり、なんとなくその瞬間が好きだった。


 電車の旋回とともに太陽の日が差す位置が変わり、目に優しく差し込んでくる。かすかにまぶしさを感じてまどろみから目を覚ます。ふと、膝の上に読みかけの小説本が視界に入った。この本は東京駅とうきょうえきで中央線に乗り換える際、時間に余裕があったのでふらりと立ち寄った本屋で買った本。どうやら本の第一部を読み終えたところで、寝てしまったようだ。内容は遠い異国の地で、何もない草原から始まり、主人公たちは冒険をしながら世界の美しさと残酷さの中を生き抜く物語で、どこかそのノスタルジックな風景や内容に誘われた。


 その本にしおりを挟んで、降車の準備をする。棚の上の荷物を取りおえると、ほどなくして電車は停車した。ドアチャイムが鳴ると同時にドアが開く。



『八王子、八王子。ご乗車ありがとうございました』



 重い荷物を複数抱え、多くの人が向かう方へホームを歩いた。さっきまで乗っていたオレンジ色の電車は、忙しなく駅を発車していった。


 電車が過ぎた後、ホームに風が吹き込み、私の後ろ髪をふわっと舞い上げた。風はまだ冷たいながらも、かすかに春の香りが混ざっている。東京とはいえ思っていたより空気がきれいだ。ホームの階段を上り、人の流れに身を委ね改札へと歩く。



『ピン、ポーン』



「んな!」と小声ではあるが思わずこぼれた。切符を右手側の機械に通したが、突然引っかかるような感覚がしたかと思うと、改札の扉が閉まった。


「お嬢ちゃん、荷物が引っかかっているよ」


 すぐ駅員が駆けつけてくれ荷物を引いてくれた。


「どうもありがとうございます……」


 恥ずかしさのあまり顔を俯かせながら感謝をしたので、小声になってしまう。



 気を取り直しコンコースへ出ると、私が住んでいた場所とは比べ物にならない人の多さに戸惑った。


 まずはこれから住む新居へ向かう。これから始まる新生活にワクワク――というよりも不安な要素の方が大きい。スマホで新居の場所を確認すると、駅からすぐそばだということに気が付く。天井はガードに覆われているためなのか、全然スケールの想像ができない。それに、こんなに人通りが多いところに本当にそれはあるのかと少々疑念を抱く。止まっていてもしょうがないので、ひとまず目標に近くなるまで歩いてみることにした。


 駅のコンコースを四〇メートル余り進んだだけなのに、電車に乗り遅れそうで走っていく人、六人ぐらいが横一列になって楽しそうに会話しながら歩く学生たち、電話口で謝りながら歩くサラリーマン、買い物袋をたくさん持っているカップル、子連れの母親、こんなにも色々な人にすれ違う。なんだかとても新鮮な感覚がする反面、どこか他人には絶対に干渉しないという冷たさも感じ取れる。これが都会という所だろうか。正直今からでもおじいちゃんの家がある北海道に帰りたい。それでも両手の荷物をぎゅっと握りしめ前に進む。


 もうしばらく歩いてみると開けた広場に出る。改めてスマホの地図を見ると、目の前にひときわ存在感がある大きな建物に目的地であるピンが刺さっていた。そこはおじいちゃんから聞いていた住所と一致している。



 ああ、そう来たか。

 


 これ以上どう反応したらよいのだろう、まさか東京に出てきていきなり雲を突き抜けるような高層マンションの一室が新居だなんて。私のおじいちゃん家(今では実家)は駅から徒歩三分程度だったので、それに似たような家あるいはアパートを想像していた。東京という場所の凄さを改めて痛感させられる。


 怯みながらも近くのガイド表に従い、とにかく足を動かした。

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