第1話 少女との出会い
レクア・クリストラーは色んな国を旅しているどこにでもいる旅人だ。レクアは今、世界で最も人気のある観光地、セントラ―城下町を訪れている。彼がここを訪れるのは初めてだ。
「ここがあのセントラ―城下町か」
「そんな所で突っ立っていないで、さっさと歩きなさいよ!」
レクアが立ち止まって辺りを見回していると、肩に乗っていた小さな妖精が怒り出した。
「分かってるよ、シェリー。うるさいから耳元で怒鳴らないでくれ」
「ふん。あんたがそんな所で突っ立ってるからよ」
彼女はシェリー、レクアの旅のパートナーだ。シェリーは何事も誰にでも厳しい。
レクアによく怒るが、実は彼の事を常に心配している。
「とりあえず、宿を探して一旦休もう。流石に歩き疲れた」
レクアはそう言い宿屋を探した。セントラ―城下町はとても賑やかな街だ。それに色んな人がいる。例えば、綺麗なドレスを着て優雅に歩く婦人や仲睦まじく並んで歩く老人夫婦、路地裏では小さな子供達が集まって秘密の会議をしている。
しばらく歩き、宿に着いたレクアは受付を済ませ部屋に向かおうとした時、宿主に呼び止められた。
「兄ちゃん、ちょっといいかい?」
「なんですか」
「実は1ヶ月ほど前にね、サルトア第一王子が暗殺されちまってねぇ。城下町は大丈夫だが、セントラー城の方には近寄んない方がいいよ。城の者達、凄く警戒してるから・・目、付けられるよ。全く、国王様も王妃様もお亡くなりになられて、そんなに経っていないというのに・・」
サルトアはセントラ―王国の第一王子だ。気さくで国民にも優しいと評判の高い人物だ。
彼には婚約者がいるという噂があるようだ。
「は?サルトア王子が殺されたって、いったい誰に?」
「詳しくは分らんが、噂では王子の従者らしい」
「なんか不吉な時に来てしまったな」
「王族を殺すなんて、よっぽど恨んでたのかしら」
シェリーは呆れたように呟いた。宿主は呼び止めて悪かったねと言い、自分の仕事に戻った。
レクアは何とも言えないような顔をしながら部屋に行き、ベッドに倒れこんだ。
「あー、疲れた。足もげそう」
「男のくせに体力無いわね。そんなんじゃ、見くびられるわよ」
「うるさい。お前は疲れないだろ、人の肩に乗ってるだけだし」
嫌味を込めて言ったが彼女には聞こえなかったらしい。レクアはこれ以上言っても無駄だろうと、諦めて枕に顔を埋めた。
それから少しして小さく寝息が聞こえてきた。
「ねぇ、レクア・・って寝たの?もぅ、本当に世話の掛かる奴ね」
シェリーは文句を言いながらもブランケットを引っ張ってきて、レクアにそっと掛けた。そしてレクアの頬に軽くキスをして、自分も眠りについた。
次の日の朝、先に起きたのはレクアだった。
「ふぁあ、寝落ちしてしまった。ん、これって・・」
掛けられているブランケットを見て隣で寝ているシェリーを見た。いつもは口うるさいのに、たまに優しい彼女にレクアは軽く笑みを浮かべた。
それからレクアは軽くシャワーを浴び、お気に入りのベージュのパーカーに着替えた。今日はどこへ行こうか。そんな事を考えながら銃の手入れをしていた。
「ねむぅい・・あら、おはよう」
「あぁ、おはよう」
シェリーは眠い目を擦りながらひらひらと飛びレクアの肩に乗った。彼女は人の肩に乗る事が大好きだ。
「今日はどこへ行くの?」
「そうだな、少し散歩がてら歩くとするよ。なにかいい店があるかもしれないだろ?」
「あたし、美味しいパンが食べたいわ」
シェリーはニコリと笑った。きっと彼女の我儘を聞いてあげられるのは、レクアだけだろう。例えるなら、我儘お嬢様と召使だ。
支度を終え、外に出ると周りは昨日と変わらず賑やかだ。宿主に聞いたところ、パン屋は噴水広場の側にあるらしい。
「フランスパンにメロンパンでしょう、それにクロワッサンも食べたいわ」
「お前の小さな体にそんな量、入らないだろ」
「うるさいわね、あたしの楽しみの邪魔をしないで頂戴!」
こいつは・・・。と思いながらレクアは足を進めた。するといきなり前から走ってきたフードを被った男とぶつかった。
「おっと、悪い。前を見てなくて」
「ってぇ・・いや、大丈夫だ」
レクアが謝って男を見ると、ぶつかった拍子に男の被っていたフードが取れてしまった。黒と銀のツートンカラーの綺麗な髪に、尖った耳が特徴の男だった。
「あ・・悪いっ。み、見なかったことにしてくれ!」
男はそう言いまたフードを被りながら走って行ってしまった。誰かに追われているのか?そんな事をレクアは思った。
「綺麗な髪色だったわね。あたしと一緒の銀色だったわ」
「あぁ、そうだな。もしかしたらあいつは・・」
「なによ、彼の事知ってるの?」
「いや、知らないよ」
レクアは走っていった男の方を見て目を細めたが、すぐに顔を逸らした。
「行こうか、もうすぐ着くし」
「そうね。早く行きましょ」
噴水広場に着くと色々な店があった。シェリーが行きたがっていたパン屋さんもあるし、綺麗なアクセサリーを売っている店もある。レクアには似つかない、女の子が好きそうな店ばかりだ。
「まぁ、素敵なお店ばかりね」
「わぁ、妖精さんだぁ!」
シェリーがレクアの肩から降りひらひら飛んでいると、少女が物珍しそうに話しかけてきた。
「こんにちは」
「こんにちはぁ!あのね私、妖精さんって絵本でしか見た事無かったの!」
「ふふ、そうだったのね。今日はきっといい夢が見られるわよ」
そう言いながらシェリーは少女に近づいて頬に軽くキスをした。少女はくすぐったそうに小さく笑いながら母親の方へ走って行った。
「珍しいな、お前が妖精のキスをするなんて」
「別にいいでしょう?子供は純粋だから、可愛いのよ」
妖精のキスとは、妖精からキスをされるといい夢を見られるという、いわばおまじないのようなものだ。シェリーは普段あまりしないが、気分によってはするらしい。
「それよりパンを買いましょう。お腹減っちゃったわ」
「あぁ」
シェリーに急かされるようにパン屋に足を進めた。小さな木製のドアを開けるといい香りが広がった。店主であろう女性はレクア達を見てニコリと微笑んだ。
「いらっしゃ~い。あれ、見ない顔だね。旅の人~?」
「はい、そうです」
「そっかぁ、ゆっくり選んでねぇ」
店主は小さな椅子に腰を掛けコーヒーを飲み始めた。凄く自由な感じがするが、それがまたいいのかもしれない。
「レクア、このフランスパンがいいわ」
「ほんとに食えるのかよ、こんなでかいの」
食べれるわとシェリーが口を開いた瞬間、店の扉がバンッと音を立て開いた。店主とレクアは目を丸くして扉の方を見た。
そこには背が小さい金髪の少女が立っていた。どこかのお姫様のように可愛らしい少女だがどこかがおかしい。よく見ると傷だらけの裸足、手には鎖の付いた手錠が掛かっていた。普通に考えておかしいだろう。
「大丈夫~?どうかしたの?」
店主が少女に近づき顔を覗いた。すると少女店主の手を掴みバッと顔を上げた。
「お、お願いです!匿って下さい!!」
「え?どういう・・」
「お願いします・・助けて・・」
少女は振るえながら小さい声で呟いた。店主は溜息をつき、少女を奥の部屋へ連れて行った。レクアは状況が掴めないまま突っ立っていた。どうしようかとシェリーと顔を見合わせていると、深刻な顔をした店主が戻ってきた。
「悪いんだけど旅の人、ちょっとだけ彼女の話聞いてあげてくれない?」
「なんで俺が・・」
「お礼にパン、好きなだけ持って行っていいからさ~」
ね?と店主は微笑んだ。その言葉を聞いたシェリーは目を輝かせながらレクアの袖を引っ張り、奥の部屋に向かった。
レクアとシェリーが奥の部屋に行くと、椅子に座っていた少女がゆっくりと二人を見た。
「あたし、シェリーよ。貴方は?」
「サ、サラ・アルベリック」
サラはぽそりと呟いた。シェリーはあんたも自己紹介しなさいという目でレクアを見た。
「俺はレクア・クリストラー」
「よ、よろしくね。レクアさん、シェリーさん」
「それで、どうして匿ってなんて・・それにその手錠、なにかあったの?」
シェリーがサラの顔を覗きながら訪ねると、サラはビクッと肩を震わせた。
「し、信じてもらえないかもしれないけど、私は・・イーリス王国の王女なの」
「イーリス?あのイーリス王国の?」
「うん。サルトア王子が殺されたのは知ってる?」
「あぁ、昨日聞いた」
そう答えるとサラは表情を曇らせた。サラとサルトアは仲が良く、婚約までしたそうだ。だが、婚約の事をまだ公には公表していないらしい。
「私はサルトア王子の婚約者だったの。殺されたって聞いて、居ても立っても居られなくて・・。殺したのは、彼の従者って国民には伝えられているけど、本当は違うの・・」
「違うってどういうことだ・・?」
従者でないならいったい誰が?しかもそれを、隠蔽するほどの人物なのか。レクアはそんな事を考えながらサラを見た。
「彼は・・弟のルトセリック第二王子に殺されたの。ルトは私とサルトア王子が婚約するのが気に入らなくて・・自分が私と婚約したいという理由でサルトア王子を・・」
サラは涙を流しながら小さな声で話した。
「ルトが自分で言ったの、
なんて酷い事なの・・とシェリーは言葉を詰まらせた。確かにそうだ。想像もつかないような事が、城では起こっているのだから。
「馬鹿馬鹿しくなって、私は国に帰ろうとしたの。そしたら彼、豹変して、国には帰らせない、牢に入れておけって、従者に命令して・・」
「なんて奴なの!?そんなのが第二王子だなんて!」
シェリーの言う通りだ。そんな奴が国の権力者だと、国は終わってしまう。
「という事は、サラは牢獄されて逃げ出してきたんだな?」
「うん。城の人が隙を見て、逃がしてくれたの」
「そうか。それは怖かったな・・」
レクアは軽くサラの頭を撫でた。サラは涙を流しながら小さく頷いた。
これからどうすべきか、パン屋の店主に尋ねようと席を立った時だった。
「おい!ここに金髪の女が来ただろ!!」
突然男の怒鳴り声が店の方から聞こえた。金髪の女というのはきっとサラの事だ。レクアは扉に近づいて様子を伺った。
「突然大きな声出さないでよぉ、金髪の女?そんな子来てないよぉ」
「とぼけるな!確かにここに来たという証言があるんだぞ!」
「城の兵士さんが何の御用かなぁ、大体なんで金髪の女を探してるのぉ?」
城の兵士と聞き、サラは肩を震わせた。サラの事を連れ戻しに来たのだろう。
店主はとぼけながら、兵士に帰るように促すが、一向に帰る気配はない。すると、怒鳴っている兵士とは別の長身の兵士が現れた。
「急にすまなかったな、ところで本当に来ていないかい?」
「イケメン兵士さんもしつこいねぇ、あんまりしつこいとこっちも黙ってないよ」
店主はそう言いながら席を立ちニコリと微笑んだ。
「お、お前、兵士に対して戦うつもりか!?」
「ふふん、君達これを見てもまだそんな口を利けるのぉ?」
「は?何を言って・・」
店主はグイッと服を胸元が見える辺りまで捲った。兵士二人は顔を真っ赤にして目を丸めた。
だが、次の瞬間、瞳孔を大きく開き、店主の顔を見た。
「お、お前、その魔法陣は・・!!」
「あは、これを見ても帰らない~?早くしないとあたしの可愛い可愛い怪物ちゃんが、君達を襲いたくて疼いちゃってるよぉ?」
「っ・・行くぞ」
「団長!?いいんですか・・!?」
「不死の魔女相手に我々が勝てるものか・・」
団長と呼ばれた男は顔をしかめながら呟くとその場を離れた。その後を追うようにもう一人の兵士も走り去った。店主は何事も無かったかのように服を下ろした。
「不死の魔女かぁ、懐かしい響きだねぇ」
「お、おい。もう大丈夫か?」
しびれを切らしたレクアが扉から顔を出すと店主は微笑みながら頷いた。また追っ手が来ては面倒なので、サラとシェリーを奥の部屋に残しレクアは表に出た。そしてサラから聞いたことを店主に話した。
「ふっふっふ・・あはは・・」
「なにが可笑しい・・?」
レクアが苦笑いを浮かべながら尋ねると、店主はニヤニヤと笑いながら口を開いた。
「ごめんごめん、あまりにも予想外な事が起こってるみたいだから、ついつい可笑しくって~。あたしもう何百年も生きてるけど、こんな事初めてかもぉ・・」
「何百年だと・・どういうことだ?」
「ふふん、まぁ詳しい事は皆で話しながらにしようよぉ。あたしもちゃんと王女様に挨拶しなきゃだしぃ」
店主はコーヒーを持ったまま先早にサラ達のいる部屋に向かった。レクアは疑問を抱えながらも話を聞くために店主に付いていった。
ロルチデーア 竜胆アリス @lindou_0724
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