PM 11:19

 じっと文面を見つめてから、立石が口を開く。

「字が急いでる感じするからさ、多分急ぎのメモ書きだと思うんだけど。ちゃんとしたメモ用紙じゃなくて、レシートに書いてるぐらいだし」

 私も軽く頷く。

 字は読めないと言うほどではないが、横へ横へと繋がっていく感じから見て、どうも書き手は急いで書いたようだ。


「普通に解するなら、『月下でコーヒーを飲む』って意味だよな? 『月の下で』の後は何も書かれてないけど」

「まあ、そうだね」

 コーヒーは飲むもの、と大方の相場は決まっている。


「このメモの書き手は月見しながらコーヒーを飲みたくて、それを忘れないようにメモした、ってことか?」

「でも、曇ってさえなければ、月なんていつでも見られるよね」


 メモに残すということは、重要度は問わないにしても、忘れたくない、及び忘れては困る事柄が書かれていると考えるべきだ。

 しかし、今日のような曇天でなければ、月なんていつでも見られる。一日ぐらい逃したとて何ら問題はないのに、わざわざメモする必要はあるのだろうか。


 立石がぱん、と手を叩く。

「あ、じゃあ!

 満月を見ながらコーヒーを飲みたくて、その日にコーヒーを買い忘れないようにメモした、ってのは?

 別に満月じゃなくて、三日月とかでもいいけど。この書き手は、特定の月夜にコーヒーを飲みたかった。それなら、日付が限定される」


「でも、だとしたら、その月の形が何月何日に現れるのか、ぐらい書いてないとおかしくない?」

 その月がいつ見られるのか。それを書いていなければ、メモとしての意味はあまりなさそうだ。


 立石が苦しげに呻く。

「うぅ……確かに。ちょっと雑すぎるか。どんな状態の月かも書かれてないし」


 初っ端手詰まりである。ということで、私達はレシートのおもて面から、メモの書き手の人物像を調べるこにした。何かメモを解読する手がかりがあるかもしれない。


 ———————————————————————

 トキウマート

 古坂南店 〇〇県広野市古坂3-3


 電話:×××-×××-××××   レジ#2


 20××年6月30日(木) 08:02 責019

       領 収 書


 銀谷 汗拭きシート メントール      298

 紅茶好きのための紅茶 無糖       165

 ふわふわ蒸しパン 紅茶味        121

 進藤 エナジーゼリー マルチビタミン  195

 ———————————————————————



 レシートの上部にある古坂南店というのは、今私達がいる店舗である。ということは、メモの書き手は、普段からこの店舗をよく利用するのかもしれない。


 二人してじっとレシートを見つめた後、私は口を開いた。

「この銀谷の汗拭きシートって男性用だよね」

 銀谷の汗拭きシートはよくコマーシャルで見るが、いつも男性の俳優が起用されていた。それに、パッケージも銀色一色だったはずだ。女性を狙っている商品ではないだろう。


 私の言葉に、立石も頷く。

「おう。ってことは、この文を書いたのは男性か。

 こういう汗拭きシートを使うイメージあるのって、高校生だよな」

「まあ、確かに……いや、でも待って」

 自分でストップをかけてから、この辺りの地理を思い浮かべる。


「この辺の高校って、コンビニここから自転車でも30分以上掛かるよね」

 あっという顔をする立石。気づいたらしい。

「高校生が平日のこの時間にコンビニここにいたら、始業に間に合わないってことか。

 つーことは、この近くに勤める社会人か、時間割に余裕のある大学生?」

「かな」

 私は軽く頷いた。


 ちなみに、この辺りに小中学校はあるものの、登下校の最中に寄り道を許されていないので、小中学生は最初から除外だ。


 立石はレジの横に置いてある、要らないレシートを捨てる箱から、適当にレシートを1枚取り出す。青い制服の胸ポケットからボールペンを抜くと、その裏面に「男性 社会人か大学生」と書いた。

 レシートの話をしている最中に、もう一枚レシートが出てくるとはややこしい。


 書き終えたボールペンを手で回しながら、立石が例のレシートを再度覗き込む。

「あと、紅茶好きそうだな、この人」

「うん」

 飲む紅茶に、紅茶味の蒸しパン。相当な紅茶好きと見た。

 ちなみに、この『ふわふわ蒸しパン』というのは、トキウマートの看板商品だ。プレーン、いちご、チョコ、紅茶、コーヒーの5種類あり、私はプレーンといちごを食べたことがある。味はそれなり。


 沈黙が落ちる。

 どうやらこれ以上の進展は見込めなさそうだ。立石も同じ思いだったらしく、立石は黙って例のレシートを裏返した。


 再度、じっと見る。そこで、ふと違和感に気がついた。

「何で漢字なんだろう」

「漢字?」

 立石が首を傾げる。私は『珈琲』の辺りを人差し指でとんとんと示した。


「ああ『珈琲』のこと?」

「うん。普通カタカナで書かない?」

 問いかけると、素直に立石は頷いてくれた。


「確かに。『珈琲』って何気なにげ漢字むずいし、そうでなくてもカタカナで書く方が画数少ないから、早く楽に書けるし。

 急いでるっぽいのに、何でわざわざ漢字で書いたんだろう」

 少し考えてみる。漢字でなければならなかった理由。


 私は人差し指を立てた。

「じゃあさ、こんなのはどうかな。

 このメモの書き手、仮にAさんとするけど、このAさんにとって、漢字の『珈琲』は特別な意味を持ってる単語だった」

「特別な意味?」

「Aさんにとって、漢字の『珈琲』は、飲むコーヒーとは違う意味を持ってたってこと。何か別のものを表す単語だった」


 そこで、ついさっき聞いた話を思い出す。

「あ、それこそ、あれじゃない? 駅前の和菓子屋さんで売ってる、コーヒー味のお菓子を意味してるのかも。あのお店、明治時代感出すために、漢字で商品名を付けてるんでしょ?」

 友達がコーヒー味の羊羹とどら焼きを食べたと言っていたから、コーヒー味のお菓子を売っているのは確かだし、あり得ない話ではない。


 さらに思いついて、付け加える。

「あのお店、店名が長いよね。何らかの理由から急いでいたAさんは店名を書く暇が無かったから、『コーヒー』を漢字で書くことで、あの和菓子屋さんのものだと表した」


 立石を見ると、黙りこくっている。私はもう一押しするために、説をまとめた。

「Aさんは、満月だか三日月だかを見ながら、駅前の和菓子屋さんのコーヒー味のお菓子を食べたかった。だから、買いに行こうとしてたのかも。で、買いに行くのを忘れないようにメモした」


「コーヒー味のお菓子を?」

「そうだね。コーヒー味のお菓子を買いに……」


 そこまで言って、自分で止めた。

 つい先程、Aさんは紅茶が好きそうだと分かったばかりだ。ふわふわ蒸しパンもコーヒー味があるのに、紅茶味を選んでいた。友達から聞いた感じだと、駅前の和菓子屋さんにも紅茶味のお菓子はあるはずだし、あえてコーヒー味を選ぶとは思えない。


 むう……と唸ると、さらに立石が追い討ちをかけてくる。

「それに、どっちにせよ、さっき高橋の言った『月』が抽象的すぎる問題は解決されてないよな」

「うっ……」


 こうしてまた振り出しに戻った。

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