幼馴染み





「豆小夜さん、古満に白粉おしろいして貰えませんか」


 昼休みも半ばに学校を抜け出し、子供みたいに手を繋いだまま家へと帰ってきた俺と芳乃を見て、祖母は何も言わなかった。それほど俺は酷い顔をしていたのかもしれない。


 二階に上がって、姉さんたちの化粧部屋をノックする。そこに座って、雨曝しの物干しを見つめていた小夜姉さんに芳乃は低い声で言ったのだ。

 俺に、この街の女の、夜の化粧をしろと。


「なんや。学校サボって舞妓の真似事かいな」

「すんません。俺、着物持って来ますんで。お願いします」

「うちのやつ好きに使うたらええよ」

「おおきに。でも……、じゃあ、帯揚げだけ」

「なんや。決まってるんやったら早うそう言いよしな」


 小夜姉さんと芳乃が何を言っているのかわからない。二人の顔を交互に見つめる俺を放置して、芳乃は部屋から出て行ってしまった。それどころか、大富屋から出て行ったようなのである。


「さあて。芳乃くん戻って来るまでに仕度しよか」

「姉さん……?」

「古満ちゃんアンタ、ほんまに豆斗満まめとまさん姉さんに似てはるなあ」


 豆斗満。母の芸妓としての名前だ。


 服を脱いで、真っ赤な肌襦袢を着て。顔に鬢付け油と白粉を塗ったくられながら、ふっと息を吐く。


「姉さん。もし、俺が女やって、舞妓になってたら、売れたやろか」

「どうやろ。内娘やし、べっぴんやし、そこそこ売れたんちゃう?」

「その方が幸せやったやろか」

「どうやろなあ。しんどいんちゃうか。家の名前も女将おかあさんの名前も、斗満とまさん姉さんの名前もぜーんぶ背負って座敷に上がるんや。重うて身動き取れへんかもしれへんわ、うちやったら」

「姉さんそんな可愛らしいタマちゃうやろ」

「黙りよし」


 ぺし、と白い粉を叩いていたパフで頬を叩かれた。

「目ェ、おつぶり」言われるままに目を瞑る。紅を含ませた筆が目尻を、眉を、なぞっていく。


「生まれは変えられへんよ、古満ちゃん」

「わかってる」

「あんたはもう、大富屋の息子として生まれてしもたんよ。でも、あんたはええ時代に生まれたわ。寺に出されることも無ければ、捨てられることもない。それに……、」

「それに?」


 目、開けてええよ。そう、軽く頬を叩かれて目を開ける。

 鏡の中から、母にそっくりな男がこちらを見つめていた。とてつもなく似ているけど、全然違う。当たり前だ。俺は男なのだから。


 杉浦古満という、十八歳の男なのだ。


 窓の外で自転車の止まる音がした。若者が乗るようなロードバイクじゃない。この街の男たちが乗り回す、やたら荷台の大きなママチャリである。ああ、さすが。ちょうどや芳乃。


「芳乃です!」


 玄関の戸が開くと同時に響いた低い声に、姉さんと二人、小さく笑った。


「来たで。あんたご自慢の、幼馴染み」




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