第13話 司令官訪問

  自動的に横滑りして開く扉に驚きつつ部屋を出て、廊下にでる。

 そこは継ぎ目の無い、金属とも陶器とも違う物質で出来た建物だった。

 随分と大きい建物のようで、左右に部屋がいくつもあり、どこまで言っても天井にある光源により明るかった。


「そう言えば、あなたの名前は?」


「私ですか? 内務参謀部衛生課課長のニャル中佐です。ニャルより前の部分は所属する部署と役職を。『チューサ』は階級を表します。ああ、細かい言葉の意味は後ほど。ニャル、で構いません」


 先を歩く美女に聞くと、やはり無感情に答えた。


「ニャル……か。素敵な響きだ……海向こうの言葉でも、美女の名は美しい意味を持つな」


「製造順に適当につけた名前にそんな事を言ってくれたのは殿下が初めてです……私の前後のSSなんて、ニャリとニャレでしたからね。まあ、光栄に思っておきましょう」


 海向こうでも褒める、という事の有用性は変わらないようだ。

 しかし製造順……えすえすとは何か? 


「のう、ニャ……」


「さあ、ここです」


 疑問を呈する前に、ミルシャがいるという部屋についた。

 外から見た限りは他の部屋と変わり無い、自動で開く扉があるだけの部屋だ。

 そうしていると、ニャルが部屋の扉を開けた。


 その部屋は先程の半分程の大きさの部屋だった。

 寝台が一つと机が一つ。

 部屋の隅に上着などを掛けておく空間が設けられている。

 装飾の無い単純な造りで、こじんまりとしているが客間のようだった。

 その寝台に、先程の少女と同じ格好の二人組に押さえつけられているミルシャがいた。

 両手両足を布で縛り付けられ、猿ぐつわをしいる。

 泣いていたのか、涙で頬が濡れていた。


「ミルシャ!」


 グーシュは叫びながら駆け寄った。

 寝台の隣に立っていた二人の少女は、疲れ切った顔とグシャグシャに乱れた服装だった。

 二人はこちらに振り向くと、ニャルに向かって手のひらを額につける仕草をした。 グーシュはそれを横目で見つつ、ミルシャに駆け寄る。

 それをよそに、二人の少女が何やら報告を始めた。


「課長……さきほど鎮静剤が聞いてきて眠った所でした……あと二時間は……」


えんかー殿下ー!」


「えぇ……目覚めた……」


「ここの人間って一体……」


 呆然とする少女二人には構わず、グーシュはミルシャに駆け寄ると、手足の拘束と猿ぐつわを外した。

 幼子のように抱きついてくるミルシャを抱きしめてやると、ミルシャは泣きながらグーシュを抱きしめ返した。


「橋が……落ちた……あと……隊長や兵士達……が私達を抱きしめて……川の尖った岩から……」


「そうか……あの者たちが……」


「そ、そうしていたら……この者たちが見たことも無い空飛ぶ乗り物で……助けてくれたのです。ですがその後殿下をどこかに連れて行ってしまって……」


 ミルシャがそういって恨めしげに背後にいるニャルを睨むと、ニャルは両手を上げて弁解した。


「グーシュ殿下を治療するためには仕方なかったのです。頭を強く打っている可能性もあったので、早急に検査する必要もありました。ところがその方が暴れたり、殿下を連れて行くなと騒ぐもので……ここに拘束したのは確かに乱暴でしたが、ご了承ください」


「で、ですが……でんかぁ……この様な得体の知れない相手に殿下を委ねるなど……殿下が死んでしまわれたら……」


 グーシュはよしよしとミルシャをあやしてやる。

 しかしこうなると疑問が次々と湧いてくる。

 一緒に落ちた兵士たちの事……一体何が起きたのか……空飛ぶ乗り物とは……なぜあの状況で自分たちを助けることが出来たのか……ここはどこなのか……。


「助けて貰ったのだ。許すも何も、こちらとしては感謝してもしきれぬ。ただ、童としてはいろいろと聞きたいことが多すぎてな。そろそろ詳しい説明を聞きたいのだが?」


「勿論です。ですが、私にはお話する権限がありません。司令官の所にご案内しますので、こちらにいらしてください」


「司令官というのは、子爵から連絡があった甲冑を着た貴人のことか? 」


「甲冑……まあこの世界で言えばそうなりますか。それに交渉を行う責任者という点では間違いではありません」


 そう言って部屋の外を促すニャルについていこうとすると、ミルシャがクイッとグーシュの服を引っ張った。


「殿下、貴人の方と会うにはこの服装ではまずいのでは? 」


 ミルシャに言われて見ると、たしかにその通りだった。

 素肌の上にひらひらとした薄い服を着ただけの格好では、流石にはしたない。


「ニャル、服を持ってまいれ」


 グーシュが命じると、ニャルは一瞬あきれたような表情を浮かべたが、すぐに元の冷静な顔に戻った。


「……仰せのままに……」


 グーシュには、何がまずかったのかわからなかった。


 しばらくしてニャルが持ってきたのは、伸び縮みする不思議な布でできた服だった。

 下着も随分と機能的で、着心地がいい。

 寝具といい、海向こうは繊維関係が進んでいるのかもしれない。

 ミルシャも感想は同じようで、しきりに感心していた。

 しかしよくあの乳が入る下着があったものだ。


「ではご案内します」


 促されニャルについていく。後ろからは二人の少女がピッタリとついてくる。


「お主ら、名前は?」


 後ろの少女二人に声をかけると、少し戸惑ったようにニャルの方を見た。

 ニャルは小さく頷いた。


「第四四歩兵師団第三工兵大隊ルニ宿営地造成隊所属、ミラ一等兵であります」


「同じく、ルニ宿営地造成隊所属、クシー一等兵であります」


 緊張した様子で名乗る二人。横目で観察しながら言葉をかけようとするが、ふと気になる単語に気がついた。


「ルニ……宿営地? ではここはルニ子爵領なのか?」


 前を向いてニャルに問うと、彼女はこちらを見ずに答えた。


「そうです。ルニ子爵に許可を得て、街より三キロ……こちらの言うところの二ミロー離れた丘に宿営地を造成中です。ここは丘の中心部にある本部施設になります」


 その言葉に思わずミルシャと共にグーシュは周りを見回した。


「すごい……そなたらが来てからまだ十日と経っておらんのに、こんな大きな建物を……」


「そんな馬鹿な……この石材はどこから? 子爵領に石切場があるなど聞いたことがありません」


「それは、司令にお聞きになってください」


 ピタリと足を止めて、ニャルは目の前にある扉を示した。

 この大きな建物の代表の部屋にしては随分と質素な扉だ。

 というか他の部屋の扉と変わりない。

 白くのっぺりとした横開きの扉があるだけだ。

 いや、少しばかり縦も横も大きく、扉の端に四角くて黒い硝子が取り付けられているところが他とは違う。

 

 グーシュが観察していると、ニャルがその扉の横にある硝子に手をかざした。

 するとピッという音が鳴り、その硝子から女の声が聞こえてきた。


「衛生課長。お連れしたのか?」


 ミルシャが驚いて悲鳴を上げる。

 「扉が喋った」と小声で呟いていた。

 ニャルはそれには反応せずに、硝子に向かって言葉を返す。


「はい。後はお願いしますね。それでは殿下、どうぞ」


「……なるほど。部屋の中にいる人間に来訪を伝え、会話できる装置か。上役の部屋にあれば便利かもしれんな」


「か、壁が喋ったのではないのですか? 」


「ここは不思議な物が多いからな。もしかしたら本当に喋る壁かもしれんぞ?」


 怯えるミルシャを励ますように手を繋いでやると、慌てたように「大丈夫です」と背筋を伸ばし、後ろに控えた。

 その様子を見て、すっかり安心したグーシュは扉の前に進んだ。

 そして扉が軽く音を立てて開いた。


 部屋は先程の客室の倍ほどの大きさがあった。

 入り口近くには応接用と思しき豪勢で、柔らかな革張りの長椅子と硝子で出来た机が置かれている。

 グーシュは、こんなに艶やかで美しい黒い革張りを初めて見た。


 入り口の脇にはニャルと同じくらいの身長の女が立っていた。

 他の女たちと変わらず美人だ。

 ルーリアトでは見たことのない銀色の短い髪が印象深い。

 服装は上下ともに黒い服だった。折り目のついたきれいな股引ズボンに、胸元が開いた上着。

 そして上着の下には白い服を着込み、首から帯状の緑色の紐の様な物を吊り下げていた。妙な服装だった。


 しかし豪華な長椅子よりも、豪華な室内よりも、豪華な服装の女よりも目を引く存在が、部屋の奥にある執務机の前に立っていた。


それは確かに甲冑を着込んだ人間に見えたが、明らかに人間では無かった。

 全身が黄色掛かった白く艶の無い金属で構成されてはいるが、両足の付け根は明らかに人体が中に入る様な構造をしていない。

 まるで鎧と鎧を細い金属の棒で接合したような形になっている。

 腰の部分もやたらと細く、人間が身につける様な形状には見えなかった。

 それでいて肩はやたらと大きくせり出していて、ゴテゴテと何かの部品が取り付けらている。


 一番甲冑らしからぬのが顔だ。

 通常視界を確保するスリットがある場所には、薄く曇った硝子がはめ込まれている。

 その硝子の奥には何やら丸い部品が据え付けられていた。

 しかもその丸い部品は、キュイキュイという妙な音を立てて、部屋に入ったグーシュとミルシャを目のように追ってきた。


 すると、その甲冑を着込んだ者は、手のひらを額に充てる仕草をした。

 先程のニャルと少女たちのやり取りを見ていたグーシュは、『敬礼』だととっさに悟り、拳をみぞおちにあてる騎士団式の答礼をした。

 それを見て、ミルシャも慌てて拳をみぞおちにあてた。


「ようこそいらっしゃいました。グーシュリャリャポスティ皇女殿下」


 手を下げると、流暢なラト語で甲冑もどきは喋った。

 声色は男の物で、年は二十から三十くらいの若い声……意外なことに見た目に反して、ニャル達とは違い、随分と人間味のある声だった。


「いや、助けていただいた上にこの様なもてなし……感謝しかない。帝国皇女として、この事は正式にお礼申し上げる」


「いやあ、皇女殿下にジャージなど着せて申し訳ない……サイズが合う服がそれしかなかったのです」


 じゃあじ。耳慣れない単語だ……流れからすると、どうもこの着心地のいい服は、あまり公的な場にはふさわしくない物のようだ。


「大変よい着心地に、付き人のミルシャ共々喜んでおりました。お気になさらずに」


 グーシュの言葉を聞くと、甲冑もどきはどこかホッとした様な動きをする。

 そしてこちらに向かって一歩近ずくと、長椅子に座るように促した。

 動きは滑らかで、それが甲冑を着慣れたグーシュには逆に不自然だった。

 あのサイズの甲冑を着込んでいれば、どんな大男でもあんな歩き方は出来ないだろう。


「ああ、申し遅れました。私はあなた達の認識で言うところの、海向こうから来た使節の現地指揮官をしている者です。地球連邦軍異世界派遣軍第049機動艦隊所属、第44歩兵師団師団長、一木弘和いちぎ ひろかず代将と申します。グーシュリャリャポスティ皇女殿下、こちらに来た経緯はあまり良いものとは言えませんが、我々はあなた達を歓迎いたします」


 そう言って一木という甲冑もどきは、手を差し出してきた。

 とてつもなく大きい手だが……なんのつもりだかグーシュには分からない。


「司令、この国に握手の習慣はありません……」


 一木の隣に移動していた女が小さく呟くと、うろたえた様な仕草を見せる一木。グーシュは困惑する。

 全権大使のグーシュ相手に随分と隙のある態度だ。

 思わず海向こうの意図が読めず、迷いが生じる。

 どうするべきか……。

 海向こうはなんの”利”がほしいのだろうか。


「いやー、申し訳ない。これは握手という我々の故郷の習慣で、お互いに手を握り合うという信頼の挨拶でして……」


 しどろもどろになって弁解するこの甲冑もどきを見て、グーシュは元気が湧いてきた。

 海向こうの者たちは恥らい、褒めると喜び、失敗すれば慌てるこちらと同じ存在のようだ。

 たとえ空を飛ぼうが気味悪いほど美人揃いだろうが、指揮官が甲冑もどきのお化けだろうが、心の内が同じなら何とかなる。

 グーシュは一木の大きな右手を、しっかりと両手で掴んだ。


「イチギ代表、ルーリアト帝国第三皇女、グーシュリャリャポスティである。以後よろしく頼むぞ」


 そう言って顔にある硝子の向こうにある丸い部品をハッキリと見据え、笑顔を向ける。

 この笑顔は数多の官司や兵士を骨抜きにしてきたたのだ。


「こちらこそよろしくお願いします」


 そういってグーシュの手を握り返す力は、まるで小鳥を触る時のように優しく、弱かった。

 そして目元の部品はキュイキュイと揺れた。

 照れているのか? 随分と純情な男? のようだ。

 アクシュという挨拶を終えると、グーシュ達と一木は長椅子に座った。

 やはり座り心地はよかった。


「それでイチギ代表。私は詳しい情報を求めている。聞きたいことが山ほどあるのだ」


「ああ、ご安心ください。きちんと説明しますよ。とりあえず緊急を要することと致しましては、あなた達二人以外の兵士の方々ですね。それに関してはご安心、と言っていいかはわかりませんが、十二名の生存者を含む百五十名の方全員を収容しています。生存者の十二名はきちんと治療中ですのでご安心を」


「そうか……あなた達に感謝を。あの状況で遺体と生存者を救ってくださるとは……」


「気になさらずに。それでですね、詳しい説明の前に、ひとまず見ていただきたい物があります。シキ、例のものを」


「司令、私はマナです」


 部屋に冷たい沈黙が訪れた。

 聞いた限りでは、イチギが黒服の女の名前を間違えた方だが、それにしては随分とイチギの焦りが大きかった。

 派閥対立なのか、もしくは何らかの文化的なものなのか。

 グーシュはニコニコしながらも、ちきゅうれんぽうの隙を伺おうと必死に頭を働かせていた。


 そんなグーシュやイチギの焦りをよそに、マナという女は気にした様子もなく、二つ折りになった、まな板程の大きさの黒い板を持ってきて机の上においた。

 板を開くと、白く光る硝子がはめ込まれていた。

 なんだかわからずに、困惑するグーシュとミルシャ。

 一方で、イチギはマナへの謝罪の言葉を口にしていた。


「本当にごめん……」


「司令、お気になさらずに。殿下、こちらを」


 二人の関係性が今一つつかめず、グーシュはそちらに気を取られながら、目の前の板を見つめた。


「これは?」


「今からここに、音と動く絵が映し出されます。私達の事を口頭で説明するのは難しいので、一旦こちらを見ていただきたいのです」


 一木の言葉とともに、硝子にラト語で文字が映し出される。それとほぼ同時に、女の声で文字が読み上げられる。


『これを聞いている方へ。これは映し出されている物の中に人間がいるわけでもありません。これはずっと前に喋った声を機械で記録して、再び聞かせているだけです。同じように、動いている私の姿も、以前に記録されたものを映し出しているのです』


 話しているのは若い女だった。

 部屋にいるマナという女に似た服装の、中肉中背の女だった。

 隣ではミルシャが呆然としていた。


 グーシュの手をしっかりと握り、理解の範疇を超えた物を見ていた。

 もっともそれはグーシュも一緒だった。

 ただ、グーシュの場合驚きよりも歓喜が勝っていた。

 今、自分はとてつもない未知に接している。

 その気持ちが、驚きや恐怖を凌駕して、心をざわつかせた。


「では、こちらをご覧ください」


 女の声とともに、驚くほど精巧なルニ半島の地図が表示される。

 普段城で官吏や騎士が用いる物とは精度が違った。

 まるで、空から地上を見ながら書いたかのようだ。


「これが現在あなたがいる地域の地図です。これをさらに拡大します」


 言葉と共に、どんどん表示される地図の範囲が広がっていく。

 半島。

 帝国中部。

 それに北部と南部が加わり。

 属国地域のある東部が入り、人類の居住可能域全てが映し出される。

 

 だが、それでも止まらない。


「そんな……嘘だ! こんなの……」


 ミルシャが思わず叫びだす。

 無理もない。

 地図の範囲は帝国全域を超え、人類未踏の大陸東部をも映し出していた。

 南方蛮地の大森林の遥か南まで映し出されている。


 地図によると東部には広大な森林と、ルニ半島がすっぽり入るほど巨大な河川が入り乱れていた。

 南方蛮地の南には、大陸を東西に二分する中央山脈と、巨大な湖があった。

 

 いずれも、人類史において確認されたことのない情報だ。


「落ち着けミルシャ。彼らは海向こうの人々だ。我々が知らない大陸の事をしていてもおかしくはない」


 唖然とするミルシャを落ち着かせようと、グーシュは平静を装って言った。

 だが、すでに取り繕うのが困難なほどグーシュは興奮していた。

 人生を賭けなければ得られないような情報を、あっさりと手に入れることが出来たからだ。

 むろん、この地図が本物ならばだが。


 しかし一木とマナはそれには答えない。

 続きを見ろという意味だと解釈したグーシュは、ミルシャの肩を抱いて、動画の続きに見入った。


「これがルーリアト大陸の全体図です。これをさらに拡大します」


 地図はさらに範囲を広げていく。

 しかし、当然ながら大陸以外は海ばかりだ。

 そしてそれは絵の動きが止まってもそのままだった。

 海向こうの陸地は、ついぞ出てこない。


 そのことをグーシュが言おうとした瞬間、女が先に口を開いた。


「このようにルーリアト大陸が浮かぶ海には、ごく小さな小島以外に陸地は存在しません。ですが、世界を本来の形に戻したうえで、さらに広く見てみましょう」


 その言葉と共に、ルーリアト大陸の浮かぶ大海原の地図がぐにゃりと変形して、球体の図となった。その形は、まさしくアイムコが書いた説話に出てくる、球状世界そのものだった。


「この世界は、このような球状の大地の上にあるのです。そして……」


 青い球体からさらに絵が引いていくと、太陽と思しき光る球体を中心にして、その周囲を回る七つの球体が映し出された。

 ルーリアト大陸のある球体もその一つだ。


「このように、大地とは球体の上にあり、また夜空に浮かぶ星々は全て同様の球体で出来ています。太陽ですらそうです。そしてこの、太陽を中心にしてその周囲をめぐる星々の集まりを、恒星系と呼びます」


 この段階で、ミルシャは話についていけなくなりつつあった。

 無理もない。

 似たようなことはグーシュも以前から言っていたが、それにしても帝国の一般常識からあまりにも乖離していた。

 大地は平らで、星は半球状の空に描かれているという認識が一般的な帝国人の認識なのだ。


 その一方で、グーシュにとっては堪らない情報の宝庫だった。

 長年追い求めていた未知。

 それが、瞬く間に満たされる快感に、グーシュの心は溺れそうだった。

 と、溺れかけたグーシュの思考が、あることに気が付いた。


「そうか……海向こうが存在しないのに、いったいどこからそなたたちが来たのか……合点がいったぞ」


 グーシュの呟きと同時だった。

 大陸のある星の月。

 その裏側のある部分に、小さな丸い点が表示される。


「約一か月前。この地点に、遥か彼方にある別の恒星系へ通じる”門”が開かれました。その恒星系にある、第三惑星こそが、地球という星です。そう、我々地球連邦とは、星々の浮かぶ星の海を越えてきたのです!」

 

 演技掛かった女の叫びと共に、聞いたことのない楽器による、聞いたことの無い音楽が流れ始める。

 絵の右下には、曲名『美しく青いドナウという川』とラト語で記載されていた。


 演出がうまくいったからなのか、一木とマナが満足そうに茫然自失のグーシュとミルシャを見ていた。


「星辰の民……星の海向こうから、来た……」


「グーシュ殿下?」


 グーシュの尋常ならざる様子に、ミルシャが不安そうに名を呼ぶが、グーシュの耳には入らなかった。

 ただ、自分がこの先”未知”に不自由しないことが分かり、そのことに歓喜していた。目からは、だくだくと涙が流れ出してきた。

 見ると、先ほどまで自慢げだった一木とマナが少し困惑していた。

 

 なぜ困惑するのだろう? こんなにも、わらわの願望を満たしてくれたのだ。

 もっと堂々としたらいいのに。


 そんな事を思い、グーシュは勢いよく立ち上がった。


「ああ。よく来てくれた一木殿。わらわの願いをかなえてくれて、本当に、ありがとう……ようこそ! 地球連邦殿! ルーリアトにようこそ!」


 少し引いた様子の一木の硬い手を、泣きながらグーシュは両手で強く握った。

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