第41話 こちらが攻撃の間

 こちらが攻撃の間、光希をマッサージしながら色々話をしたが、光希たちは、寄宿舎を抜け出し野球の練習をしていたようなのだ。誰だ、男友達と遊び歩いているといった奴は。

「監督、私たち宿舎を抜け出して、雪乃と私は、ずっーとロードワークに出ていたの。みんなも一緒、筋トレとか、素振りとか、トスバッティングとかしていたみたい。

 ただ、みんな、中学校で強豪にいた美咲や梨沙のアドバイスを貰いながら練習していたの。休憩なしで、重いバーベルを挙げたり、マスコットバットを全力で振ったり、トスを打ったり」

「そうか、無駄に力が入る内容で、筋肉に乳酸がたっぷりたまる練習だな。疲れが抜けてないはずだ。必ずしも間違いだとは思わないが、それを闇雲にやるのはどうかな。余分な力が入ることで、今まで身に着けたバッティングフォームが少しずつ崩れていっていると思う。

 素振りで目先を変えたいなら、少し軽くてもいいから、長い竹やバットをヘッドスピードを上げることを気にしながら振る練習も同時にしたほうがいいな」

「そうなんだ」

「例えば、陸上で、坂道ダッシュとかするだろ。負荷をかけて体力をつける分にはいいけど、実際タイムを上げるとなると、だらだらと続く坂道を全力で下(くだ)る練習の方が、タイムが上がるぞ。体がそのタイムを出すための動かし方を習得するんだ。

 これは、パーフェクトボディコントロールができることが前提だと思うけど」

「なんか私たち色々間違っていたみたい」

「いや、必ずしも間違いではないぞ。体力をつける練習としては必要だ。ただ、お前たちの柔らかい筋肉が必要以上に固くなるのは困るな。それがお前たちのメリットでもある」

 とまあ、こんな話をしながら、こいつら、決していい加減な気持ちで野球をやっている訳ではないことが良くわかった。


 ◇◇◇


 帰りのバスの中は、前回と違って、大いに盛り上がった。

「京と麗奈って、公式戦で初めてのホームランでしょ。いいよね。今日はニュースでテレビ放映されるよ」

「それから、桜のバク転、かっこよかったよね」

「これが空手なら、あのバク転の途中で相手の顎にカウンターの蹴りが入るのよね」

「そうそう、相手が居なくてよかったね」

「監督、今日の試合の総評は? 」

「そうだな、今日の勝ちは麗奈のさようなら2ランによるところが大きいと、みんなも思っているだろう。

 しかし、あのホームランが出たのは、七回からみんなでバント攻撃をして相手の投手の体力を削り、コントロールと球のキレがなくなるように仕向けたからだぞ。だから、あのホームランはみんなの手柄だな。

 うちの投手もアップアップだったけど、その素振(そぶり)を最後まで見せなかったこと、情報を通じて、このチームは強力な二枚看板であることを相手チームにアピールしていたことだな」

 俺の話を聞いて、サヨナラホームランを打ってテンションの上がった麗奈が口火を切り、みんなが続く。

「今日も、私たち全員の勝利だよ!」「「「おう!!」」」

「それから帰ったら、全員、マッサージを受けにくるように。明日一日休みが入るが、その後、三試合連続になる。今日までの疲れをほぐして、明日以降疲れを残さないようにしよう」


 宿舎に帰ると、俺は、ひとりひとりに三〇分以上かけて、マッサージをしてやり、特に疲れがたまっている光希と雪乃は、今日、明日はノースローで、明日もマッサージすることを伝えた。

 そして、宿舎のレッスンルームでは、また、音楽と素振りの音が聞こえだし、室内練習場では、打撃音が鳴り響くようになった。

 

 一日の休暇は、ローカルテレビで準々決勝二試合を観戦した後、ミーティングをして軽い練習に入る。

 二人の転生者が率いる城西高校が、今年の選抜でベスト8まで行った山城高校に四対〇で勝って準決勝に名乗りを上げていた。転生者の裕木は、味方のエラー一つだけで、9回をノーヒットノーランで抑えている。

 もう一人のサラは、一回二ランを放ったあと、全打席を敬遠されていて、これが、それほど点差が開かなかった要因である。

 サラのリードも冴えていて、省エネピッチングにも関わらず、相手の読みを的確に外し、体力を温存しながらの完投劇であった。

「俺たちは、あの裕木を打ち、サラを押さえ、必ず甲子園に行く。山城高校もきっと裕木に備え、一五〇キロのマシンを打ちまくって来ただろうが、あのボールの伸びはマシンでは再現できない。

 だが、俺たちは違う。ゴルフボールの特訓であれ以上の伸び、そして、キレのあるボールを打ってきたんだ。

 明日以降の、準々決勝、準決勝は軽く蹴散らし、決勝でも城西高校を破って甲子園にいくぞ」

「「「「はい」」」」

  彼女たちも俺に対する信頼を取戻し、気持ちに迷いがない。そろった返事を頼もしく思いながら、俺はみんなを見回し頷いていた。


 そして、迎えた準々決勝、彼女たちの疲れはほとんど取れていた。もともと、女性は持久力があり、筋肉の回復が早い。もちろん、この異世界特有の優位性が働いていること、それまでの指導により、そういった柔らかくしなやかな筋肉に、さらに磨きがかかっていること、例の日の最中であることも大きいみたいだ。

 準々決勝の相手、蔵園大学付属高校は、豊富な資金力と大学付属という知名度で、全国から有力な中学生を集め、この県の甲子園常連校である。

 しかし、俺から見れば、監督は中学生のスカウトに勤しみ、練習はコーチ任せ、気にいった選手を使いつぶし、個々の力だけで野球をやっている典型的なダメ監督だ。

 ずらりと並んだ四番候補者の打線は線ではなく点であり、破壊力は脅威であるが、勢いに乗せなけば、各打者に集中できるバッテリーにとってはやり易い打線である。

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