第37話 いよいよ、三回戦
いよいよ、三回戦で勝てばベストエイトだ。しかもここからは日程が詰まってくる。勝てば、一日休暇を挟み、三連投になる。あちら側は予定通りシード校の興隆高校が勝ち上がっている。
私立の新興高校で最近野球に力を入れ出した高校だ。有望な中学生を集め、三年間びっちり鍛え上げ、甲子園の初出場に最も近いと城西高校や天翔学園が出てくるまでは言われていた高校だ。
そんな強豪相手に対しても、このチームはまったく俺の指示を仰ごうともしない。
先発には雪乃を指名して、俺はいつもの通り、ベンチの端でステータスを開く。
こちらは、ツイているのが京で、ツイていないのが葉月と光希か。逆にあちらは一番がツイていて、八番がツイていない。
興隆高校の監督は興隆高校に招聘される前、甲子園に三度出場している名監督で、この地区大会も老獪な作戦で成果を上げてきたらしい。そして、エースは一四〇キロを超す速球が持ち味でプロも注目している投手だということだ。
こちらは、初めて後攻めになり、一回の表の守備に就いている。試合の流れは早くも興隆高校に傾いている。みんな緊張しているな。気持ちで負けている。高校野球のような一発勝負に置いては勝ちたい気持ちの強い方が勝つんだぞ。
こういう時は、決め球から入るんだ。
「やれるという気持ちをみんなに持たせるんだ!」
しかし、俺の心の声は届かない。初球、様子見で外角に外し気味に沈む速球を投げ込んだ。
打ち気の一番打者はひっかけて大きく弾むサードゴロになった。でも、サードの梨沙の動きが固い。ダッシュするが一塁は間に合わずセーフだ。
足が速い! しかも、最初から転がすために低めに絞っている。汐里はそれを読んで誘うようにボールにしたが、当たりが悪すぎて内野安打になってしまった。
二番打者は、バントの構えからバスターを繰出し、ファーストの葉月の頭を超えるフライがライト陽菜の前に落ちヒットになった。そして、その間に一塁ランナーは三塁に達していて、ノーアウト一塁三塁だ。
汐里はバントと読み、浮き上がるストレートで飛球を打たせようとしたが、逆にバスターで内野の頭を超えられた。
そして、三番への監督の指示は、「ストレートはセカンドに転がせ、スローカーブなら外野フライを狙え」だ。
どちらにしても、一点を手堅く取るつもりだ。
そして、汐里はやはりストレート狙いに引っかかり、当然速い球に合わせてストレートのタイミングで待っていながらスローカーブも頭にある三番にスローカーブを打たれ、レフトに外野フライを打ち上げられる。三塁ランナーがタッチアップして一点を先取された。
しかもレフトの京がダイレクトでバックホームして一塁ランナーも二塁に行かせてしまった。
みんな初めての後攻で浮足立っている。すべて裏の裏をかかれて掌で遊ばれている。
さすが、甲子園の常連監督だ。高校野球ではいかに先取点が大きいかを知っている。また、適材適所に選手をちりばめ、采配を振るってくる。
選手の役割をきちんと見極めスカウトしてくる。高校野球での打線の意味もよく知っている。決してずらりと四番打者を並べた打線ではない。
先取点を取られ、初めて汐里が俺の顔を見ている。俺はタイムを取り、桜を伝令としてマウンドに行かせた。
桜がマウンドに行き俺の伝令を伝える。
「「まだ、一点だ。お前たちの力なら、あの投手からなら四点は取れる。雪乃、汐里、全力でここを押さえろ。決め球の連投だ」だって。それからね。監督、この試合勝ちたいみたい。私たちの事心配そうに見てたよ」
「そうだよね。私たち勝ちたい気持ちがないわけじゃない。野球をすることと、監督を信用しないのとは別よね。割り切らないと……。野球に関しては監督、いつも正しいもの」
美咲がみんなに声を掛ける。
「そういうこと。監督の指示どおりに全力でね」
桜が笑顔でベンチに帰ってくる。
そして、ワンアウト二塁のピンチで、四番五番を大きく変化するシンカーと宜野座カーブを駆使して三振に打ち取った。
この変化球、初見で捉えることができるほど甘い球ではない。雪乃と光希の努力の結晶なのだから。
みんなにこにこしながらベンチに帰ってくる。やっと緊張がほぐれたか。
「監督、人間性は信用してないけど、野球に関しては監督を信用します。だって私たち勝って甲子園にいきたいから」
麗奈がみんなの気持ちを代弁するように俺をまっすぐ見て言った。
この際、人間性は二の次である。勝てばなんでもいい。俺たちは頷き合った。さすが、全員あの日なだけはある。もし、女の子的は考え方ではここまで割り切れなかっただろう。
「よし、反撃開始だ!」
こちらの一回の裏の攻撃は、一番陽菜が、アウトローをうまく流し打ったが、サードが横っ飛び抑え、間一髪一塁でアウトになった。くそー、三遊間を狭められていた。コースに応じて守備位置を変えてきている。
二番美咲は、センターライナーで2アウト。美咲は基本に忠実にセンター返しのバッティングだが、当たりが良すぎてセンターの定位置まで飛んでしまった。
三番京は、今日はツイテいる日だ。内角高めをコンパクトに肘をたたみ、最後、右手でグリップを引き戻しフォロスルーをコンパクトかつ鋭く振りぬく。
カキーン。するどい打球音を残して、打球はライトスタンドに吸い込まれた。同点だ。
それにしても、京の奴、サラのバッティングを完コピしている。さすがセンスの塊だ。
相手監督も驚いている。先取点を取られた後、すぐさま取り返したのはおおきいぞ。きっと、相手監督は、ゲームプランのやり直しを考えているだろう。
伝令が入った後、四番麗奈は、スライダーで空振り三振に切って取られた。
やはり、変化球でじっくり攻める方針に転換したか。しかし、それはこちらも同じことだ。
お互い、初回に一点を取り合ったあと、五回までは、ランナーを出すものの要所を変化球で締め0行進が続く。
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