第36話 帰りのバスの中では
帰りのバスの中では、その話題で持ちきりだった。
「監督、あの留学生、監督の知り合いなんですか? 監督が教えてくれたことを試合中に実践していました」
美咲が一番に口火を切る。
「いや、まあ、俺がアメリカに留学していた時の知り合いだ」
「監督、あの子と付き合っていたんですか。監督が大学生の時、彼女は、中学生ですよ。どうやって知り合ったんですか? 」
桃、お前、鋭いところをついてくるな。
「待て、あの子は、俺が見ていたチームメイトの妹なんだ」
「よく、監督の野球について知っていますよね」
汐里、お前もよく知っているだろう。
「兄貴といっしょに俺の話を聞いていたからな」
色々質問攻めにあって、俺はそのたびに嘘を重ねる。本当のことを言う訳にはいかない。
しかし、それが裏目に出た。そう彼女たちは嘘を見抜くことが上手い。かえって疑惑を広げる結果になり、俺と彼女たちとの間に少しずつ亀裂が生まれる。
いままで、自分たちは特別だと信じていたのに、裏切られたと顔に書いてある。しかも、俺とサラとの関係をすごく疑っている。でも、俺とサラ、前世ではメアリーだが前世を含めて付き合ったことは一度もない。
一方、彼女たちは……、
監督は、絶対なにか隠している。彼女の実力は私たち以上だもの。それに彼女、絶対、監督に好意を寄せている。
二人の間に何かあったのかわからないけど、過去に付き合ったことがあったなら、監督は最後、私たちを裏切り、彼女に勝たせるはず。そんな監督についていくことなんてできないよね。
あの開会式以来、天翔学園女子野球部の面々の様子がおかしい。必要最低限の会話はするが、ミーティングでの発言がなくなり、マッサージ希望者もいなくなり、トレーナーとしては開店休業状態である。
練習においても、覇気が感じられず淡々とこなすだけになった。
それでも、一回戦は、それほど強くないチームに当たっているので、先発は左の雪乃を使い、途中で桜を代打に使い、七回コールド、七対0で勝った。
いつもなら、盛り上がる帰りもバスの中も、お通夜みたいに静かで気味が悪い。
さらに、彼女たちは寮から頻繁に外出するようになり、木庭さんが心配するようになった。
「彼女たち、他校の男子生徒たちと遊び歩いているようですよ。甲子園に行くまでは恋愛ご法度なんて言っていたくせに」
「それで、木庭さんにはなんて言っているのですか」
「それが、監督が彼女を作ってイチャイチャしているから、私たちも青春を取り戻すとか言っていて」
「俺、彼女なんか作っていませんよ」
「でも、あの城西高校のサラとか言う子とこっそり会っていたでしょ」
確かに会っていた。別に恋愛云々ではなく、彼女のこの世界に転生した後の話を聞き、俺も少しこの世界での生活を話したに過ぎない。ちょっとサラが俺の手をにぎったり、腕を組んで歩いたりしたが、これは外国人特有のスキンシップだと思っていた。
「監督、あのサラって子、監督に好意を持っていますよ。監督、気が付いていないんですか。彼女たち監督を取られると警戒しているんですよ」
「ええー、そうなんですか? 早く彼女たちの誤解を解かなくては」
「監督、監督が彼女たちに本当のことを言わないと、誤解を解くなんて絶対に無理。でも、話せない理由があるんですよね? 」
「そうですね。誰にも真実は話せないです……」
「まあ、私は大人だからそういう事情もわかりますが、彼女たちまだまだ子供ですからね」
これはどこかで、俺が転生者であることを彼女たちに話す場面が出てくるかもしれない。
俺が転生者であることを言ったらどうなるんだ。そこのところを野球の女神からは何も聞いていない。それによっては、転生者である裕木やサラに迷惑がかかるかもしれない。
やはり言うことはできない。俺は頭を抱えた。
それでも、予選は進んでいく。2回戦は光希を先発にして試合に臨む。
彼女たちは試合の勝ち方をよく知っている。光希と梨沙は打者を的確に打ち取り、打線もいつもの通り、チャンスを作り、点を重ねる。しかし、一旦作ったチャンスも点を取った後は、ちぐはぐな攻撃でチャンスを潰す。その為か、今度は、守りでミスを重ねて得点を与える。
例えば、ワンアウト一塁三塁から、ヒットで得点するも、一塁二塁から簡単にショートごろを打ってダブルプレーになるなど、また、チャンスを作るつなぎのバッティングができない。
ノーアウト一塁で、折角送りバントをしてくれたのに二塁に送球し、フィルダーチョイスをしてみたり、その後、ファインプレーが出て得点を許さなかったと思ったら、ランナーが飛び出した一塁に暴投を投げて、結局、点を取られたりしていた。
そういう訳で、実力通り、終始うちのチームが押していたが、結局、試合結果は七対三で、コールドにできす、雪乃も投入する羽目になった。
予選の序盤戦では体力を温存したい。何せ、うちのチームは選手全員で11人しかいない。得点を重ねるケースも、抑えるケースもありながらのおおざっぱな試合になってしまった。
何か精神的な支柱があやふやになったような、やるべきことをせず結果を出そうとして焦っているような、そんな危うさがチームに蔓延している。
俺への信頼感がなくなっているのが原因だな。
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