第34話 相手監督と別れ際に少し話したが
相手監督と別れ際に少し話したが、この試合が明日のない本選なら本当にどうなっていたか分からない。
「いやあ、そちらのピッチャー本当にいいピッチャーですね。この県でも屈指の投手じゃあないですか? 下手に難しい球に手を出して、調子を狂わすわけにもいかず、見え見えのストレート狙い。粘りがないあのような攻撃になったのは許してもらいたい。
それでも勝てると思っていましたが、そちらは浮き足立つことがなく、逆にこちらが浮き足立ってこの結果ですわ。もう一度、精神面からやり直させんと。
もし、甲子園で戦うことがあれば、九回裏からの続きということになるでしょうな。」
「こちらは、T付属校の胸を借りるつもりで無我夢中でやってますから、勝とうとする欲も無くて、いい方に転がった結果です」
そう言って、別れるしかなかった。確かに全力だったが本気ではない。そのおかげで勝ちを拾ったようなものだ。
しかし、うちのバッテリー、作戦が読める分どうしても決め打ちになるところがある。前の狙い球外しのときも、速球カット、スローボール、ヒッティングに引っかかり、今日も、バントと思って気軽に攻めて、プッシュバンドで裏を斯(か)かれた。
しぐさから気配を感じ取るのはいいが、その先にある作戦はまだまだ読み取ることができない。試合後ミーティングで課題としてあげておこう。
試合後すぐにミーティングするのは、今日は、自分たちの専用グラウンドであること。それから、夕方から、近所の店を借り切り、父兄会の激励会が開かれるためだ。
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ミーティングと練習を終え、予約の店に全員集合する。
挨拶を促されたので、
「本日はこのような激励会を開いていただいてありがとうございます。まあ、高校野球の甲子園大会はやっている当事者以外は祭りです。周りはどんどん盛り上がってもらって結構です。今後、このバカ騒ぎが、いい思い出になるよう生徒たちをフォローしてあげてください」
そのあと、キャプテンとして汐里がお礼の言葉を述べる。
そうやって始まった激励会は、和気あいあいと時間が流れるが、お酒がまわり出したら、俺に色々お願いする保護者も出てくる。
「古場監督、うちの葉月、もっとテレビに出してください」
「うちの桜もお願いします」
「「「「うちも」」」」
はあ、「試合に出してくれじゃなく」ってか。あんたら、野球の事はどうでもいいのか。
「せっかく、天翔女子学園の女子だけの野球部に入ったんだから、もっと注目されてもいいと思うのよね」
「そうそう、優勝候補の一角とか言ってテレビに出るのはいいけど、光希ちゃんや雪乃ちゃんばかりで」
野球をやって有名になりたいのか? プロでも目指しているのか?
この世界、確かに俺のいた世界より、野球が盛んで人気も高い。プロ野球も、特定のチームだけでなく全体に人気があり、どの試合のテレビ中継の視聴率も30%を超えているのだ。
「あわよくば、野球で人気者になって、テレビ局のアナウンサーかスポーツキャスターになって、プロ野球選手のお嫁さんになるのが、女の子の将来なりたい者ランキングの一番なんです」
ああ、そうですか。ひょっとして、将来なりたい職業も三食昼寝付のお嫁さんが一位なんでしょうね。少子化の問題も無くて何よりです。
「ああ、その件なら、お任せください。実は、某テレビ局でこのチームのドキメンタリー番組を制作中で、公開された暁には、全国で感動の嵐でしょう」
「そうなんですか。うちの子、その番組には? 」
「もちろん、出ています。みんな公平にハイライト場面のオンパレードです」
「よかった」
こちらもよかった。まさか、いやだったテレビの取材が父兄会の揉め事を避ける切り札になるとは、内容はどんなものか未だわからないが、あとは、テレビ局の編集を悪者にすればいいだけだ。
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