第33話 まだ試合が決まったわけではない
しかし、まだ試合が決まったわけではない。たぶん、T付属校の持っている過去のデータではこれで試合は決まりだろう。しかし、こちらも、あれから一五〇キロの速球に対応すべく努力をしているのだ。
その後の試合展開も、それまでと同様の流れで、試合が進む。相手の投手は五回から変化球を使いだし、苦手コースに変化球を決められ、こちらも、チャンスらしいチャンスが造れない。
そして、七回裏、雪乃に代わった代わりぱな、警告音がステータスから発せられ、投じた一球は、相手の四番打者にホームランを打たれた。二対0だ。
高めに浮くボールのストレートを大根切り宜しく振り切ったバットにジャストミートして一発を喰らったのだ。
代わりっぱなのストレート、タイミングだけを計って狙い打った出会いがしらとしか言いようがない。しかし、撃たれた雪乃は相当のショックだろう。
俺は、Reメンタルボタンを押し、「まだ試合は決まっていない」と伝令を走らせる。
ここで、雪乃も落ち着き、変化球を駆使して、後続を打ち取る。相手の勢いをついてない六番で切れたことも大きい。やっと相手チームの呪縛から逃れ、自分たちの野球ができ出した。
Reメンタル効果も大きいが、汐里が試合のテンポに乗せられ、ポンポンとストレート勝負でいった結果取られた二点だ。
女の子相手に卑猥な表現になるが、まさに、嵌めたつもりが嵌められていたようだ。
いよいよ最終回、こちらは今まで三安打しか打てていない。
一番の陽菜からだ。こういう場面で一番頼りになる天然少女だ。なにが、天然かって?
陽菜は苦手な高めのアウトコースストレートを綺麗に打ち返し、レフト前にヒットを放つ。
そう、陽菜の低め好きは、打てばゴロになりやすいから。一塁まで駆け抜けることを最重要目標に掲げ野球に取り組んでいる彼女らしい。しかし、左打者の外角高めは捌くような打ち方の陽菜タイプの打者にとって一番ヒットになりやすい球なのだ。しかも、高めに変化球を要求するバカなキャッチャーはいない。ただ、ストレートを待っていればいいのだ。
今日初めて塁に出た陽菜は走る気満々で、塁上でサインを出す。
うちのチームと相手チームの力関係が逆なら、最終回二点ビハインドで送りバントもありうる。スコアリングポジションにランナーを置いて、プレッシャーを掛ければ、格上相手の勝利目前のプレッシャーを受けて、相手チームの自滅も期待できる。
しかし、今の力関係はそうではない。逆に、相手チームには勝てる相手に追い詰められたギリギリのプレッシャーがかかる展開にしないとダメだ。
俺は、初めて「走れ」のサインを陽菜に出す。
ピッチャーがセットポジションに入り、素早い牽制を投げてくる。逆を突かれた陽菜が慌てて頭から一塁にダイブする。
「セーフ」
塁審が手を大きく横に開く。
危なかった。このピッチャー牽制も上手いぞ。それでも行けるか陽菜?
ここで、ステータスから警告音が鳴り響く中、予想外のプレーが出た。
再度、スタートを早めに切った陽菜に対し、ピッチャーがプレートを踏んで牽制を入れた。
ところが、陽菜はすでに二塁に向かって走っている。牽制を取ったファーストが慌ててセカンドにボールを投げたが、ボールが三塁側にそれて、陽菜はセーフになった。
左投手、目の前でまさかの盗塁で慌てて、ピッチャーは、プレートを外すことができず、1塁に投げてしまったのだ。プレートさえ外せば簡単な挟殺プレーなのに、慌てたためプレートを外せなかったのだ。ボークになる一塁への偽投をしなかったのは、さすが強豪校の投手だ。
T付属校の監督がすかさず、タイムを要求し伝令を走らせる。
その間に、美咲と陽菜を呼び作戦を伝える。
ステータスから警告音が鳴ったということは、相手はいまだ浮き足立っている。
そして、うちが勝つということだ。後はどう料理するかなんだが……。
陽菜の足を警戒し、ショートはセカンド寄り、バントに備えてセカンドは一塁寄り、一塁手はベースの前で前進守備だ。
そして、美咲はバントの構えから、投手が3塁側に前進し、一塁手が前進してくる大きく開いた一、二塁間にプッシュバントで転がす。セカンドがボールを取ったが、一塁には誰もベースカバーがいない。
どこにも、投げることが出来ず一塁、三塁オールセーフだ。
俺が常勝監督の作戦を真似しないわけがない。そこまで、あの監督も読めなかったみたいだ。慌てて、相手チームは二度目のタイムを取った。
まだまだ、流れはこちらにある。
そして、三番京は、浮き足立ち投げ急ぐ投手の甘い球をライト前にヒットを放ち、一点を返して一塁二塁だ。
ここは、今日ヒットを打っている麗奈にバントをさせる。ワンアウト二塁三塁、一打逆転のおぜん立てができた。
ツイテない梨沙に代わって、
「代打、桜! 」
もし、桜のデータがあれば、相手は困るだろう。何せ、悪球打ちだ。あの常勝監督はどう出る。キャッチャーが立った。
敬遠か? 最終回、一点勝っている場面で、いくら得体の知れない桜といえど、この作戦は一般的にはないか。さすが、名監督、桜と桃を比べて桃の方がアウトを取りやすいと考えたか。欲を言えばホームゲッツーも視野に入れているか?
だが、こちらの次の打者は、今日ツイテいる桃だ。願ったり叶ったりだ。
桃が四球の後の球を狙っているのを警戒したのだろう。スクイズも考えスプリットで初球は入ってきた。ところが、ホームベース上でバウンドする大暴投になって、それぞれ、ランナーが進み、労せずして同点になった。
やはりツイてる。相手が勝手に警戒して自滅した結果だ。
そして、桃は2ボール2ストライクから甘くなったスライダーをスクイズして逆転したのだった。1ボール1ストライクの後、ウエストが有って、その後、ストレートのストライクを見逃し、スクイズは無いと相手バッテリーが判断して、打ち取るために決め球を投げたところに、完全に配球を読んで決めた見事なバントだった。
これも、桃のツキが呼び込んだ相手のミスだ。
そして、九回裏相手は、ストレート狙いには変化球、変化球狙いにはストレート、カットに対しては、最後宜野座カーブで三振に取ることで、雪乃、汐里のバッテリーは手堅く攻め、ランナーさえ出さず0点で抑えた。最初からこうすればよかった。狙い球で釣るのはやはり危険が伴う。
はあー、勝った。しかし、例の日の子がいないのはさすがにキツイ。何か考えないと甲子園の長丁場は乗り切れない。
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