第32話 T付属高校との練習試合が始まる

 いよいよT付属高校との練習試合が始まる。

 この試合は、県大会が始まる一週間前の試合で、実質、大会前の最後の練習試合になるだろう。それは相手も同じことで、ここで調子を崩され、不調に陥りたくないのがお互いの本音のところだ。

 さらに、うちのチームは、さすがにしっかりあれの日の調整ができていて、この試合に限っては、誰ひとりいないこともハンデになりそうだ。


「ステータスオープン」

 相手チームの情報をステータスでみると、オールレギュラーで投手ももちろんエースが先発だ。さすが、県大会を視野にいれた本気モード全開だ。

 ツイテいるのは、二番、ツイテないのは、六番か。

 一方こちらのチームは、ツイテいるのが、六番桃、ツイテないのが五番梨沙だ。


 投手の光希と雪乃は、ここ最近、ストライクゾーンを四分割で投げ分けるコントロールが身に付き、指の弾き具合でスピン量を変えることができるリリースと合わせて、高めは、スピン量を増し、浮き上がるようなストレート、低めはスピン量を減らし、沈むようなストレートという具合に、高低で投げ分けるようになっている。

 ここまでコントロールが付いて初めて、スピン量の調整が生きて来る。スピン量の少ないストレートが高めに入れば棒球となり、ホームランボールになることは間違いない。

 さあ、T付属校はどういう攻撃を仕掛けてくるか。

 今回も当然、先攻を取ったうちのチームは、一回表、陽菜がストレートを打って、セカンドゴロ、美咲もストレートを打って、サードゴロ、京もストレートを打って、センターフライに倒れた。どれも苦手コースだ。

 相手のエースは、ステータスを見る限り、左投手で一四〇キロ半ばのストレート、キレのいいスライダー、カットボール、スプリット、チェンジアップと超高校級だ。

 しかし、一回の投球はストレートのみ、しかも、選手の苦手コースもしっかり調査しているようで序盤は、この攻めで行けるところまで行く予定なのだろう。

 さすが、ゴルフボールの特訓で、速球に対する恐怖心を克服して、目も慣らしてきただけはある。ボールもよく見えており、果敢に踏込みタイミングもあっているが、苦手コースに一四〇キロがくれば、そうそう打てるものではない。

 しかし、この時代に、県外のチームのデータも集めているとは、さすが、名監督だ。

 ということは、光希と雪乃のデータもかなり集めているか?


 警戒するが、一回裏、相手チームは先発の光希の球を早打ちに来ており、早々に打ち取られ攻撃を終えている。変則投法なので、最初はじっくり見てくると思ったがどういうことだ?

 そこで、ステータスに監督の指示が表示された。

「ストレートに絞って、ゾーンに来たのを打って行け」

 なるほど、そういうことか。変則投法に翻弄されて、追い込まれてから無駄に力が入っている状態で、ボール球を打ちに行って調子を狂わされる前に、自分のストライクとタイミングでミートすることに徹するということか。

 ボールに食(くら)いついて、無理して打ちにこない訳か。

 どうやら、先の県大会を見越して、選手が調子を落とすことを懸念しているらしい。

 しかし、向こうの計算外は、光希が今まで見せていない浮くストレートと沈むストレートを習得していることだろう。

 キャッチャーの汐里も、あえて、狙われているストレートを餌に芯を外して打ち取っている。

 

 試合はこう着状態のまま回が進む。どちらも守備が鍛えられていて、鋭い打球は飛んでいるのだが、好守に阻まれヒットが出ない。

 相手チームも投手のリズムに守備がちゃんと乗っている。どちらかがこのリズムを崩ずす時が、この試合の動くときだ。


 そして、迎えた四回裏、一番打者に光希が投じたアウトローに沈むストレートを、バットの先でひっかけた打球は、嫌なバウウンドで、猛然と突っ込んだサードの梨沙のグローブを弾き、内野安打になった。

 今のような展開でリズムを崩すのは、ああいう当たりなんだよな。嫌な予感がする。

 二番打者は、打席でバントの構えをしている。ツイている二番だ。どんな攻撃をしてくるか?ほんとにバントなら助かるんだが。

 汐里は気配からバントと読み、内野もバントシフトをとり、光希が投球と同時にファーストとサードがダッシュした。しかし、二番打者は投手とファーストの間に、強くプッシュバンドして打球を転がす。一塁に入ろうとした桃が慌ててボールを取った。

 それを見て、葉月が一塁に戻るが、その間に二番打者は一塁を駆け抜ける。そして、一塁にいたランナーは、三塁に誰もいないのを見て、猛然と三塁に滑り込む。ボールを持ったまま桃は何処にも投げられない。

 隙を突かれて、あっという間にノーアウト一塁三塁になった。ツイてない梨沙が狙い撃ちされたみたいだ。

 さすが、常勝監督、こういった嗅覚も優れていると感心してステータスを見ると特にそういった指示は出ていなかった。

 憧れもあり、ちょっと買いかぶりすぎたか。

 そして、三番打者はこちらのバッテリーの注文通り、中間守備を敷いていたショートに沈むストレートをきっちり打ってダブルプレー。

 しかし、その間に三塁ランナーはホームに帰り、一点を取られた。

 結局、内野安打とプッシュバントであっという間に一点取られた。この間、たった三球の出来事だった。

 相手の攻撃のリズムに巻き込まれ、打者を打ち取ろうとして、焦ったために与えた一点のような気がする。

 この一点は、こちらの選手が思っているより重くなる一点になりそうだ。

 向こうのペースにすっかり乗せられ、いつの間にかストレートを投げさされていた。変化球を主体にじっくり守る方法もあったのに。これは甲子園に向けて良い反省点ができた。


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