第31話 九回裏相手の最後の攻撃

 そして、九回裏相手の最後の攻撃、2アウトランナーなし。八番打者に、3ボール2ストライクの一球ファールのあとから投げた七球目、シンカーが右打者の膝もとに沈み、打者は見送る。

「ストライク! 」

 最後は、きわどいところを取ってくれた。やっぱり、八番打者はついてない。

 相手チームの監督がこちらのベンチ、いや、俺の顔を見ているのか。

「よく点を与えず、じわじわプレッシャーを掛け、相手を追い込んでいく古豪のやり方を克服した。まったく焦ることもなく大した精神力だ。おまけに腐らずプレーして、最後は審判を味方につけてH校に勝ちよった。完敗だわ」

 と、その目に言われたような気がする。

「俺も、この試合は勉強になりました。チームに芯が入っていてまったくぶれない。戦略や戦術がころころ変わるようでは、強豪校にはなれても伝統校にはなれない。長い年月、基本を積み重ねての伝統校だということが良くわかりました。だからこそ、高校野球ファンに長く愛されているんですね」

 俺は、そう心の中で答え、帽子を取り頭を下げた。


 帰りのバスの中、一試合するために、往復五時間のバスの旅、みんな疲れ切っていると思ったら、「監督、次のサービスエリアで名物のデミカツ丼が食べたい。お願い。みんな楽しみにしていたの」と美咲が提案する。

 疲れた顔をしていたのは、腹が減っていただけなのか。

「よし、俺も興味がある。奢ってやるからみんなで食べよう! 」

「「「「やった! 」」」」

 サービスエリアでバスを降りると、けっこう周りを取り囲まれる。日本代表のレプリカのジャージを着ていて目立っているし、最近はテレビでも時々俺たちのチームが話題になっている。

「今日は試合か? 」

「そう、H校と練習試合して、勝ったよ」

 周りの人に話かけられ、生徒たちが答えている。

「そりゃすげえ。頑張って甲子園に行けよ!」

「応援してるから!」

 そういう訳で、俺たちもそれなりにネームバリューが出てきたようだ。応援してくれる人も何人もいる。


 ところで、この異世界の高校野球にも、保護者会が存在する。今年、発足したばかりでOB会が無いのが楽なところではあるのだが。

 しかし、この天翔学園野球部、資金は割と豊富にあり(理事長、木庭さんありがとうございます)出入り業者も、俺に色々アドバイスを受け、試作品と称してほとんどの野球道具を無料で配布してくれている。そのため、保護者が負担する部費も少額であり、部員数も一一人と少数、すべて同学年で、異なる学年間でおこる忖度(そんたく)を含めたし烈なレギュラー争いもない。

 そういう訳で、いままで、保護者会で内外を含め、特に揉めることはなかった。

 たぶん、他の高校ではこうはいかないのだろう。


 その親たちが、県大会予選に向け、子どもたちの激励会を開きたいと言ってきたのだ。

 本当は、予選まで一か月足らず、さらに練習試合を組み、万全の態勢で臨みたいのが本音なのだが……。この世界でも梅雨があり、練習試合が流れることも多々あるのだ。

 その場合は、室内練習場で秘密の特訓をしているのだ。この特訓、始めた当初と比べ、ゴルフボールを打ち返す生徒が何人も出てきて、慣れとは怖いと感じていたのだ。

 その分危険が増していて、そろそろ普通の硬式ボールに変えようと考えている。

 話が逸れたが、その激励会、強豪校との練習試合の後ということになってしまったのだ。

 この強豪校、俺が考える中で一番の強敵になると考えている。

 この試合の後、激励会をするとなると、その試合の批判がいろいろ出そうでいやになる。

 しかし、日程がそこしか取れないため了承する。

 この試合、天翔女子学園のグラウンドでするため、保護者もみんな見に来るんだろう。まったくほかに心配ごとが増えた。


 さて、次の甲子園常連高校との練習試合だが、最近、甲子園で台頭してきたT付属高校だ。大学のネームバリューと付属ということで、中学生の有望選手を集めやすい。監督も優秀な監督を招集し、しかも結果を出さなければすぐに首を切られるため、出し惜しみなしの最新の指導をしている場合が多い。

 まさに、監督を中心に統制されたチームだ。

 こういうチームは、野球で求められる力や役割が決まっていて、チームの中でそのポストを実力で奪い合う、良くも悪くも監督が主導する合理野球の体現者だ。

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