第30話 そろそろ頃合いか

 そろそろ頃合いか。ここまですれば、主審にアウトコースのきわどい球は、ボールだとうちのチームは確信を持っていることが伝わっただろう。その上で取る作戦だが。

 五回グラウンド整備の合間(うちのチームはグラウンド整備に出ることが無く、相手チームの補欠がしてくれている)円陣を組む。

「そろそろこちらから仕掛けるぞ。バッターボックスのホームベース寄りいっぱいに立て。

 それで、アウトコースのボールゾーンを通過する球はすべてカットだ。いままでの練習を思い出せ。ファールゾーンに打つ感覚でいい。そして、インコースに投げてきたら……当たれ」

 陽菜ごめん。お前が当たる可能性が一番高い。また、マッサージとテーピングだ。


 六回表、一番の陽菜が、ベースにめいいっぱい寄って打席に立つ。

 そして、アウトコースはカットしていく。

 そうとう粘っている。一〇球はファールを飛ばしたか。

 ステータスから警告音が鳴り響く。そろそろインコースにくるな。キャチャーも内に寄っている。

 インコースきわどい球に、陽菜は踏み込んでいたために避けることができない。思いっきり体をひねり、投手側に背を向ける。そして、ボールがお尻にぶち当たる。陽菜は勢い余ってバッターボックスでしゃがみこみお尻をしきりに撫でている。

「デットボール! 」

 ボール自体は、きわどかった。当たらず避けていたら、ストライクの言われても仕方がないコースだ。指示通りワザとに当たる上手いよけ方だ。

 陽菜はコールドスプレーをお尻にかけてもらい、一塁に走っていく。

 俺は、ここでReメンタルボタンを押した。

「ピッチャー、女の子にぶつけたのは初めてだろうが、このくらいで心が折れるんじゃないぞ」

 そして、陽菜と美咲のサインのやり取りの最中、俺は初めて自分から一球待てのサインを出す。


 美咲もベースに寄って立っている中、初球のアウトコース低めのボールは、キャッチャーの構えていた所、ボール一個外れたコースに寸分たがわず吸い込まれた。よし、ピッチャー立ち直ったか。

主審は、一拍おいて、首を振り「ボール」のコールだ。

 キャッチャーが思わず不服そうに主審の顔を見た。

(よし、ついに公平なジャッジになった。それまでの判定に罪悪感をもったか。陽菜のデットボールは今までのいびつな判定のせいだからな。あそこに立たないとまともなスイングができないんだから。そして、今のキャッチャーの不服そうな態度。主審の心証を悪くするぞ)

 しかし、試合の流れは五分、ピッチャーは立ち直り、守備は固い。盗塁もバントもヒットエンドランも成功するイメージが湧かない。これが古豪のプレッシャーか!?


 陽菜と美咲もその気配を感じ取り、動けないまま無策でファールで粘り、最後はハーフスイングを取られ三振した。

 しかし、ここで今日ついている京だ。見逃し三振の鬱憤もたまっていたのだろう。アウトコースを見極め、少し内に入ったアウトコースのストライクを三ボール二ストライクから左中間に飛球を飛ばした。陽菜がスピードに乗ったベースランニングでホームを駆け抜けたが、正確な中継で、京は二塁どまりだ。

 くそ、スクイズの読み合いなら何とかなったのに、二塁ではヒットゾーンも広がらない。

 結局、四番麗奈、五番梨沙も打ち取られ一点どまりで六回表の攻撃を終えた。

 まあ、あそこまで徹底的にアウトコース低めに決められれば、いかに踏み込もうとも腕力で劣る女子、そうそう連打が出るものではない。

 そして、六回裏、雪乃はランナーを出したが相変わらずの送りバントで、結果無得点で抑え、危なげなく責任投球の一〇〇球を無失点で切りぬけた。


 そして、七回表、六番の桃がアウトコースを見極め四球で歩く。

 相手投手はアウトコースが見極められたため、初球インコースの高めで、七番の桜の胸を起こそうとする。桜にそれは絶好球だ。カウンターパンチよろしくライト横にライナーを飛ばし、ノーアウト一塁三塁を作る。そこでH校は前進守備を引かずダブルプレー体制の守備を引く。どこまでも、無難を信条とするか。

 確かに、ステータスから警告音が発せられない。

 ならば、こちらは、低めを叩きつけてゴロを打つだけだ。汐里はショートごろを打ち、ゲッツーになったがその間に、桃がホームを踏み二点差とする。

 そして、七回裏から光希にスイッチする。雪乃よりさらにコントロールがいいので、雪乃と同じように攻めても、安心して見ていられる。それに、代わってそうそうツイてない八番だということがさらに落ち着いて最初の打者に投げることができる。結果、八番、九番、一番を簡単に抑えて七回裏を終えた。

 そして、八回裏、二対0で、H校がついに動く。

 代打の投入だ。ステータスに表示された代打に出された指示は、「速球はカット、スローカーブを狙い打て」だ。

 この指示はうまい。狙い球がわかりにくい。すべての球に標準が合っているからだ。しかし、ここはあえて汐里に指示を出さない。打たれるのも勉強だ。

 初球、スローカーブでストライクを取りにきたところを綺麗に弾き返され、左中間をボールが抜けていく。ランナーを二塁に止めたがノーアウト二塁、ここから三番四番とクリーンアップが続く。しかも、この二人、打撃もそこそこ良く、懐までボールを呼び込んで打つタイプで、緩急が通用しにくい。

 ここは、シンカー、宜野座カーブを使って全力で抑えに行くべきだ。指示を出そうとして、汐里を見ると、汐里は意に介せず、すぐに光希に内角高めのストライクを投げさせている。

 作戦を読んでいるのか?


 そして、三番はサードに取らせるバントをする。ワンアウト三塁。なんで八回二点ビハインドの場面でクリーンアップに送りバントなんだ。

 あちらの監督を見ると、確信と自信に満ちた顔をしてこちらを見返している。

「そうか、あくまで自分たちの野球を貫くのか。さすが古豪まったくぶれない」

 この試合初めて、汐里が俺の顔を見た。どうするか迷っているようだ。プレシャーを感じるんじゃない。いただけるアウトは頂いとけ、阻止できないこともないがここはやらせろ。カウント次第で作戦がヒッティングに変わると試合の流れがどうなるか分からない。

 ステータスから警告音が鳴り響く。

 そして、今日、安打を打っている四番が初球、スクイズを決めて一点を取った。

 しかし、2アウトランナーなし、五番をシンカーでサードゴロに打ち取り、八回裏の攻撃は終わった。

 これで、試合は決まった。

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