第28話 まずは、野球道具を公開する

 そんなわけで、まずは、野球道具を公開する。

 独特のスパイクパターン、そして、それが体の使い方のタイプごとに違うこと。

 バットについては、アメリカ製で、素材はジェラルミン製で、アルミ製に比べて、バットがしなり反発力が高いこと。また、グリップテープについても通常より厚く弾力があること。

 バッティンググローブについては、手のひら側に、それぞれの体の使い方のタイプに合わせたバットのグリップを誘導するようにゴム製の凹凸(おうとつ)があり、バットを握る時、力を込めるのに理想的なパターンになっていること。

 グローブは、かなり軽量化されていることがビデオテープに収まった。

 これが、公開された後、高野連が規制するか、他のチームが真似して野球道具に革命が起こるだろう内容である。

 その後、宿舎内の鏡張りのレッスンルームに案内し、周辺視や動体視力強化のメソッドや、ビデオによるタイプ別のプロ野球選手のバッティングフォームのトレースなどの様子を取材させた。初動負荷トレーニングマシンについても同様だ。

 一部の秘密を公開することで強さの秘密をもっともらしく納得させ、本命の秘密はどこまでも隠すCIA譲りの隠匿方法だ。お前はいつ譲って貰ったんだという1人ツッコミは置いといて、いよいよ、ゴルフボールでバッティング強化メニューの練習開始だ。


 雨天練習場に、さらに目の小さいネットを天井から緩やかに張って、極力、跳ね返らないようにし、ピッチングマシンの周りも目の小さいネットで囲み、バッターボックスや周りはクッション性を高めた人工芝が引きつめられている。バッターは、全身防具で固めて打席に立つようにする。当然頭はフルフェースのヘルメット、顔も強化プラッチックでおおわれている。

 まずは、俺が打席に入る。一五〇キロ超のゴルフボールが俺に向かって飛んでくる。風を切る音がゴーッと鳴り、後ろのマットにドドーンと突き刺さる。

「これは無理。ボールが見えんわ。目が慣れるまでタイミングだけ計って、しばらくは手を出すな。あてずっぽうで振って当たった方が危ないし、バッティングフォームも崩してしまう」

 当初、一四〇キロに慣れさせるため、バスターをやらせたが、それよりもまだ鍛錬が必要だ。特に、空気抵抗が小さいため、初速と終速にほとんど差がなく、マジでボールが浮き上がっている。周辺視を使っても軌道が線で把握できない。

 もちろん、この雨天練習場は取材不可とし、マスコミには一切近づけさせない。練習の間に二人一組によるローテーションでこの練習場に籠らせている。

 何をしているかは、当然、内緒だ。


 そして、俺のお蔭で、将来的には大儲けできるだろう出入り業者が、また、甲子園常連校との練習試合を持ってきてくれた。

 今度の相手は、ここから高速道路を使って、二時間半ぐらいの場所にある古豪高校らしい。

 過去には何回も甲子園に出ているが、最近は頻度が減っている。もう同じ監督が三〇年以上教えていて、スタイルは古豪らしく基本に忠実、まさに高校野球を体現するチームらしい。

 実際には、ステータスでその辺の情報は手にいれることができる。

 偵察員がいらないのと、収集した情報を分析する必要がないので、俺の負担がないのがいい。ただ、わかるのが試合一〇分前というのがつらい。


 いまは、粛々と練習を反復して、さらに力を付けることが優先だ。

 一発勝負の高校野球、それまで無敗でも、途中で一つでも負けたらそこで終わりだ。逆に今までうちのチームに負けたチームも、県大会期間中負けなければ甲子園にでることができる。

 力が拮抗しているチーム同士の戦いは、一〇回やって一〇回勝てる保証はどこにもない。今日は勝てたが明日は負けるということが十分あるのが高校野球なのだ。


 ********************


 そして、いよいよ、古豪高校H高校との練習試合の日だ。

 遠征のバスの中で、俺は、考えを巡らせている。

 最近、ステータスの試合を決めるワンプレーの警告音がこちらのチームが不利で鳴ることがない。そのため、Reメンタルを押すことが無いのだ。俺が小細工しなくても普通に実力で勝てるチームになってきたということだ。

 そこで、うちのチームが勝てる試合を決めるワンプレーで、リセットボタンを押す。結果、うちのチームが負けても構わない。負けることも練習だし、そこから押し返せる力があるか興味があるところだ。


 試合場所である市営球場に到着すると、早速、準備体操を始める。

 俺は、バックネット裏の個室で、お茶を貰いながら、相手監督や審判の方と話す機会が設けられていた。

 俺はその話にはほとんど入らず、相槌を打ちながら心の中でツッコミを入れていた。

「野球は、やはり伝統高のユニフォームのようにシンプルなのがいいな」

「いや、まさにその通り、最近の派手なユニフォームには閉口します」

「それに、金属バットのお蔭で、やたらバットを振り回すチームも増えた。やはり、高校野球は教育の一環、自己犠牲の精神を尊重してもらいたいですな」

「まさに、その通り」

「野球はやはり、守備力が最後にはものを言いますな。千本ノックと毎日の投げ込み二〇〇球は欠かせませんな。そうでしょう。監督」

「うちはそこまでは、取れる球は取れるし、取れない球は取れないですし」

「それを、やり切ったという自信が大きいのですよ。やはり、女の子には千本ノックは無理ですかね」


 そこに話を持ってくるか。野球は日々進化しているんだよ。自分で勝手に高校野球を定義づけるのは勝手だが、それを人に、まして選手に押し付けるのは選手が可哀そうだ。

 まあ、ここで、それぞれの野球についての考えを議論するつもりもない。

「今日は、H校の胸を借りるつもりでやってきました。学ぶべきところはどんどん学びたいので、今日はよろしくお願いします」

 俺は、頭を下げて、個室を出ていく。

「お茶、ありがとう」お茶を入れてくれたマネージャーにお礼をいう。これは人間としての礼儀だ。お礼を言われたマネージャーが驚いた顔をしていたので、まだまだ、このチームの女性の地位は低いのだろう。

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