第22話 光希と雪乃に教える変化球はシンカー

 翌日、俺はブルペンにいた。

 光希と雪乃に教える変化球はシンカー。アンダースローの伝家の宝刀とも言える変化球だ。

 ボールの握りは2シームの握りで、人差し指と中指で挟むように、薬指でボールを支え、親指は添えるだけだ。そして、リリースは、肘の内旋回を利用しながら、薬指の外側から抜くように投げるのが秘訣だ。

 そして、変化はシュートしながら、手元で沈むボールで、この落差が大きければ大きいほど打ちにくい。

 最初から、余り期待していなかったが、投げ込むうちにだんだん変化するようになってきた。やはりこの二人、指先の感覚がかなりいい。これはピアノ効果なのか。そして、手首の柔らかさなのか、大きく変化する。

 まあ、あまり変化球を続けて投げると肘を痛める。一旦休憩し、肘、肩の違和感がないか光希と雪乃に確認しながら、肘と肩をマッサージする。

 そうなのだ。このスキンシップが出来るほど親しくならないと、聞く違和感と実際に触った肘や肩のこわばりや張りの状態が一致しない。

 違和感を違和感で終わらせないために、トレーナーたる俺がいるのだ。

 すると、雪乃が俺に訪ねてきた。

 投げている時からずっと考えていたのだろう。

「監督、もし、これをこう引っ掛けてこう抜くのってどうなの? 」

「お前、そ、それは! 雪乃、お前、そうやって投げられるのか? 」

「たぶん、できるよ」

「俺がキャッチャーするから、ちょっと投げてみろ」

 そして、投げさせると、その変化は、一旦、ボールが浮いたように見えた後、するどくボールが落ち、さらにスライドしながら、もう一段大きく沈み低めに決まる。

 これは宜野座カーブか? 宜野座カーブとは、俺の居た世界で二〇〇一年の春の選抜で、二一世紀枠で出場しながらベスト4まで進出した沖縄県立宜野座高校で生み出されたという変化球のことだ。

 このカーブ、投げ方が独特で、手の甲が完全に捕手方向を向いている状態から、手首を一八〇度以上反転させるように内側から外側向けてに強く捻ってリリースする。その際、人差し指でボールを強く切ることで、シュートやシンカーの手首の使い方でボールにカーブ回転を与える投げ方である。

 腕を柔らかく使うことが必要で、無駄な力が入っていると柔らかく使うことが出来ず怪我の原因になり、肘を傷める変化球と言われている。

 彼女たちのやわらかい関節と筋肉なら大丈夫だと思われるけど。

 雪乃は女性特有の手首のやわらかさとばらばらに制御できるピアノで培った指先で克服したようだ。

 これで、同じ投球フォームから、シンカーと宜野座カーブという二つの変化を手に入れた。しかも、今までのドローンとしたスローカーブと違って、どちらも鋭く手元で変化する。球の出どこが見にくいフォームと合わせてこれは打ちにくいはずだ。

 ブルペンでの投球練習では、球数制限をして、尚且つ毎日彼女らのマッサージの必要性が出た。忙しくなってきたが、これで、甲子園常連校と対等に戦える。

 それから、出入り業者にスパイクの数種類のパターンを考案した後、試作品が一週間後に届いた。この試作品、出来は上々でチームのみんなには大好評だった。

 特に陸上をやっていた陽菜は、野球のスパイクでは、滑りそうで思い切り地面を蹴ることが出来なかったが、今回の試作品は陸上のスパイクのパターンに近く、しかも、かかとのパターンでしっかり止まれると大好評だった。

 それと同時にこの業者、隣県の甲子園常連校、確か今春の選抜でもベスト8のM高校との練習試合を持ち込んでくれた。

 

これは例の転生者の高校との練習試合のついでに、うちと練習試合を組んでくれたのだ。

 転生者君、県外の強豪校に引っ張りだこで、招待されて北へ南へ遠征、そして、地元から甲子園出場チームをと大歓迎ムードで、市を上げて協力体制で市営球場も貸切り状態だ。

 しかし、漏れ聞こえてくるのは転生者君とチームメイトの不仲説だ、そりゃ、高校生で一人だけ注目されれば周りは面白くないだろう。俺の思惑通り、このままこの騒ぎが県大会まで続いて疲労困憊で夏の県大会に突入してもらいたい。

 それより、M高校との練習試合まで二週間、バッティングで一四〇キロの球を打ち返せるように仕上げなければならない。


 ◇◇◇


 今日は甲子園常連校との練習試合だ。第一試合目が転生者のいる城西高校と甲子園常連校のM高校だ。

そして、二対一で城西高校が勝った。M高校は、エース温存で控えを出したらしい。控えと言えど素晴らしい投球だったが、守備陣と呼吸が合わず、四球、エラーから牽制悪送球とワイルドピッチで二点を取られ自滅した感じだ。

 俺から見ると、控え投手はボールが多く自分勝手な間合いのため、守備陣に無駄な緊張を強いているようだった。

 転生者の方は、力押しでストレートは時々打ち返されたが、要所で、変化球を投げ得点を許さなかった。しかし、転生者が自軍の守備が信用してなくて、好き勝手に走りまわられ、力づくで三振を取りにいった変化球を当てられ、内野安打で一点を取られたけど、M高校の攻撃はそれが精一杯のようだった。

 どちらのチームも力押しで策らしい策がない。特にM校は俺の世界では数十年前の打撃特化のチームだ。エース温存は、単純に手の内を全部見せたくないためのようである。

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