第10話 次はキャッチャーだ

 次はキャッチャーだ。

「衣笠、こちらに来てくれ。それから、西山も」

「はい」元気よく答え、全速力でかけてくる。ほんとに素直な子たちばかりで助かる。いずれこの姿勢が、高く評価される日が必ずくる。

「さて、これからキャッチャーの講義に入るぞ。衣笠には悪いが、控えのキャッチャーを考えている。肩がいいからな」

「はい! 私、肩がいいんだ」

「そうだぞ。で、キャッチングだが、大野、俺に向かって全力でボールを投げてくれ」

 俺のはめているグローブは、守備練習用の小さく、折りたためないグローブだ。そのグローブで衝撃を吸収し、腕をくるっと回し、落とさずに取る。

「これが、できるようになるように頑張れ。手を傷めずにキャッチングできるようになるぞ。それから、西山と衣笠に女性ならではのリードを伝授する。ボールを左右に投げ分ける二次元投法、そして、高低を投げ分ける三次元投法、緩急をつける四次元投法があり、大野と川口は四次元まで行ってもらうつもりだが、練習試合を予定している一か月やそこらでは、せいぜい緩急だけだろう。

そこでだ、前にも言ったが、女性は男性に比べて観察力が高い。これはオスとメスの生殖リスクの高さの違いから来ているらしいんだが……。 そのおかげで、女性は察する能力が異常に高い。つまり、女性は嘘を見破るのが得意なんだ。ところで、西山や衣笠は彼氏がいるか?」

「はい、いまーす。でも、監督も好みでーす」

 二人とも彼氏もちだ。後の言葉は聞かなかったことにしよう。

「それじゃ、こちらが色々サインを出しているのに、彼氏君がまったく察しなくて喧嘩になったことはないか?」

「あるある、なんで、監督わかるんですか」

「いや、男女の脳の働き方の違いだ。男は観察力が低く、「察すること」に重きを置いていないので、その結果、まったく察することができない」

「野球ではよくスクイズを外したりしていますよ」

「それは、経験則の中で選択肢が限られているからだ。情報分析して後は勘だぞ。でも、女性は人に対して様々なセンサーが働くんだ。だから、予備動作から作戦を見破ることができるのではないかと思っているんだ。二人で俺の仮説を実証してくれ」

「「はい」」

「よし、これから、俺の資料のDVDを渡す。このDVDには、色々な攻撃パターンのビデオが撮られていて、まずはどんな攻撃の選択肢があるか? また、動作に予兆があるか? 二人で意見を出し合い勉強してくれ」

「「疲れそうですね」」

「二四時間三六五日野球漬けでも、甲子園の夢がかなうやつは一部だ。

 それから、これからの練習試合で、相手チームは早い球と遅い球どちらかに絞り込んで狙ってくるから、予備動作でどちらを狙っているかを観察して裏をかいてくれ」

 さあ、俺の仮説が正しいか正しくないかは、これから西山と衣笠が実証してくれる。

 ちなみに、生殖リスクの違いから、男女間では男性が相手の欠点を見ないようにし、女性が相手のあら捜しをするようになった結果、観察力に違いが出たらしい。

 生殖リスクの違いとは、子孫を残すのに男は数打つ必要が、女は優秀な子孫を残さなければならないために優秀な遺伝子を見分けるため。それに、生まれた赤ちゃんは物も言わず、育てる女性が異常を察する必要があったためだと考えられているようだ。


後は、高校野球で大事なバント練習だ。

 俺は、簡単にはアウトをやらない主義なので、作戦として使うことはほとんどないと思う。しかし、非力な女の子、場合によっては使う場面も出てくるだろう。

 それに、バントに関しては一律に教えている指導者が沢山いる。

「緒方、高橋、黒田、菊池、川口、君たちはつま先重心のタイプだから、バントする時の構えは、投手側の足に重心を置き、クロス気味に構える。

 それで、バットに添える手は、指先で持ち、バットコントロールは投手側の足の屈伸で高さを調整する。

 前田、山本、衣笠、正田、西山、大野、君たちはかかと重心タイプだから、バントする時の構えは、捕手側の足に重心を置き、オープン気味に構える。

 それで、バットに添える手は手のひらでしっかり持ち、バットコントロールは捕手側の足の屈伸で高さを調整するんだ。そう、体の動かし方のタイプによって構えからして違うのだ」

 それに、バンド練習は目を馴らすにはちょうど良い。

 ピッチングマシンを一四〇キロに設定する。

「確実に当てろよ。転がす方向は手のひらの向きでコントロールしろ、最初は一塁側でいいぞ」

 みんな、怖がらずによくやっている。それぞれのタイプのビデオをしっかり真似ていて、体の使い方は十分対応できている。

 ビデオには、バンドのシーンがほとんどなかったから指導してみたが、基本はみんなしっかりできている。これは、イメージを大事にする右脳効果のせいなのか?

 後は、恐怖心を克服するだけだ。


 恐怖心克服と本来やりたい作戦を兼ねて、バスターやプッシュバンドの練習を始める。 一旦、バットと引き再び出す。この体重移動のタイミングをしっかり体で理解する。バットがボールを捉える瞬間の体の使い方は、バントの時に近い体の動きができている。 バスターをするような場面で、長打は必要ない。強い打球で内野に転がればOKだ。

 相手がバント守備体形を取れば、それだけヒットゾーンが広がり、ヒットやエラーの確立が上がる。

 今は、ストレートだけだが、本当にバントが難しいのは変化球だ。ボールがよく見えるボールの見方を伝授する必要がある。周辺視を使ったボールの見方だ。

「ボールを待つとき、投手の顔あたりを視野の中心に固定して、投手の後ろに焦点を合わせてぼんやりと全体を見るんだ」

 みんな、バスターを綺麗に決め始めた。

「監督、なんか球筋がよくわかる。速くってもついて行けるようになった」

「そうだろ、俺も初めて知って、やってみると見やすくなって驚いた。これで変化球の球筋も分かりやすくなるぞ」

 やはり、この周辺視は右脳派の女性の方がすぐできるようになった。俺が始めたときは、どうしても動くボールに焦点が合ってしまったものだ。

 そこに、木庭さんが陸上部の指導を終え、野球部のグラウンドにやってきた。

「なんか、色々やっていますね」

「まあ、ほとんど、出し尽くしたのであとは練習あるのみです。走塁練習をお願いします」

 いつものように、ファーストからリードして、頭から帰り、セカンドスライディング、また、ファーストに戻り、リードして頭から帰り、サードまで行ってスライディング、また戻ってきてホームまでいってのスライディング。用は、スタートをいかに早く切るかの練習である。もちろんバッテリーもつけてやっている。盗塁あるいはランエンドヒットの練習だ。

 木庭さんがつくづくという顔をしていった。

「このタイプ別本当に面白いわね。リードから右足が一歩めからスッと出るタイプ。それから、右足が十センチほど戻って、ためてから、左足を踏んでドーンと出るタイプと、指導者からしたら最初のスッとでるほうを指導したいところだけど」

「そうでしょうね。でも、ランニングスタイルって、ピッチ走法とかスライド走法とかあるでしょ。タイプにあった走り方があって、ピッチ走法は前にでる足で体を引っ張り素早く足を捌く走り方、スライド走法は後でける足で地面をグングン押すように走るんだけど……。

 指導者が自分の成功事例しか知らないで、生徒本来のタイプと違うタイプの走り方を押しつけると不幸ですよね」

「はーい。気を付けます」

 野球もいっしょだ。もし、理想的なバッティングフォームが一つしかないなら、プロ野球選手のバッティングフォームはみんないっしょになっているはずだ。

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