第9話 もうすぐ、入学式が始まる
もうすぐ、入学式が始まる。そろそろ、本格的にピッチング練習に入らなければならない。実は、大野と川口には、それぞれのタイプのピッチャーのビデオをしっかり真似させてネットに向かってピッチングをさせていた。
「大野、川口、西山ちょっと来てくれ」
「はい」大きな声で返事が返り、俺の元まで、全力疾走で駆けて来る。
「それじゃ、本格的にピッチングを始めようか。大野は西山と組んでくれ、川口は俺とな」
ブルペンで、向かい合って立つ。
「まず、立って三〇球、ミットに向かって投げてみよう」
それぞれのビデオを見せた効果は出ている。
どちらの投手も、体幹がしっかりしている。
そして、踏み出しから体を入れ替えるまで、体が正面を向かないで腕が体の後ろに残っている。そこから体を回転させた後、十分肘が引き出され、ボールを持つ手が遅れて出てくる。肩や肘の可動域の広さと関節の柔らかさ、そして、筋肉のしなやかさがなせる技だ。
パーフェクトボディコントロールが完璧だ。小さいころから、二人とも自分の演技を鏡でチェックする癖がついている。
二人をピッチャー候補にした狙い通りだ。
ボールの出どころが分かりにくい、ボールを長く持つフォームに仕上がっている。
しかし、ボールのスピードは一一〇キロそこそこで、出どころのわかりにくさ、ボールを長く持てることを考慮しても、最初は戸惑っても、慣れれば打たれるだろう。
さて、ここからが本番だ。
「二人とも、アンダースローのピッチングホームのビデオは見ているな。あと、連続写真と」
「はい」大野と川口から返事が返ってくる。
「じゃ、アンダースローで投げて見よう。いいか、今投げている投げ方の軸を横にするイメージで投げてみてくれ」
さあ、賭けに勝てるか? 腰を曲げながら軸がしっかりしていれば勝ちだ。
俺の考えは、オーバースローからアンダースローまで体の動きはほとんど変わらない。
変わるのは軸の傾きだけなのだ。
だから、体幹がしっかりしていれば、スピード、コントロールもそれほど変わらないはずだ……(自信がない)
ボールを数球投げさせる。俺の仮説が確信に変わる。さらにボールの出どこは、もともと体が開かない投げ方に加えて完全に体に隠されている。あと、ボールの軌跡が変わっているので見難さ倍増だ。
よし、あとは投げ込んでコントロールを付けるだけだ。あの体幹の鍛え方からすれば、二か月後には、ストライクゾーンを四分割ぐらいでは投げ分けることが出来るようになるだろう。
練習試合まで一か月足らずだから、それまでに緩急のピッチングができるようになればいい。
緩急のためにスローカーブのコツを伝授する。
「ボールの握りは、人差し指と中指を揃えて、縫い目が>>>なっているのが右投手の握り方、左投手は逆だ。そして、打者に向かって小指を向けたまま腕を振ってボールを抜く。
この時、リリースの瞬間、人差し指と中指に引っかかるように投げるのがコツだ。
さあ、やってみろ」
まあ、コントロールも切れもないが、ちゃんと曲がっている。投げた瞬間浮き上がり、ドローンと曲がって落ちて来る。
緩急だけはついている。練習試合までにコントロールが付けばいい。
「よし、まずは構えたミットを目掛けて、コントロール重視でストレートを一〇球」
ミットの音が響く。
「次、少し球速を上げて一〇球」
うーん、「弛緩」→「伸張」→「短縮」のリズムが悪い。力が全部出しきれていない。
まあ、指導者によっては「タメ」→「割り」→「閉じ」なんて言う人もいる。せっかく初動負荷トレーニングマシンを使っているのに。
よし、奥の手だ。
俺は、CDのスイッチを入れる。
軽快なハ長調のクラシックが流れて来る。女性は、もともと耳が男性よりもかなり聞き分ける力がある。それにふたつ同時に別々のことができる。これこそが新体操やシンクロナイトスイミングの美しさなんだ。
彼女たちをピッチャー候補にした理由、音楽に乗って演技ができる。もともと女性は見せ場に連なる筋肉の動きが「弛緩」→「伸張」→「短縮」となっているのはどのスポーツも同じなのだ。
それに、ピッチャーの持っているリズムが守備のリズムになる。ピッチャーと野手が一体となっているチームは強い。
ピッチャーは、そのリズムの中心なのだ。
大野と川口に笑顔が戻った。
「大野、川口、リズムが出てきたぞ。そのテンポを忘れずどんどん来い」
俺はミットを叩きながら声を掛ける。
でも、守っている時は相手チームのブラバンなんだよな。
そのリズムに乗る手もあるが、格上なら相手のリズムに合わせることになるからな。タイミングが合って、一発もらいかねない。
自分のリズムを徹底的に体に覚え込ませる必要がある。守備の時にもCDを流して、大野や川口のリズムに合わせるようにしないとな。
「ああ、やることが多いぞ」
でも、焦りは禁物。俺の考えるチームにしっかり形になってきている。
ちなみにチームのリズムは、チームで話し合い、パッヘルベルのカノンに決まった。俺的にはホルストのジュピターも捨てがたいのだがしかたない。そしてロック調にして、テンポアップしたカノンが練習時間に流れるようになった。
彼女たちのキャッチボールの時に、ボールの回転が変わるのを見て、聞いてみると、二人とも子供の時にピアノの英才教育を受けていて、指の力を相当鍛えていたらしい。
離す瞬間の指の力の入れ方で、ボールのスピン量を変えることができたのは驚きだった。
「フォルテにするとスピン量が増し、ピアノにするとスピン量が減るの」
「フォルテ? ピアノ? 何なんだそれ? 」
言葉の意味は解らないが、指先でボールを弾くようにリリースするらしい。
試合で使い何処を考えなければならない。俺の宿題がまた増えた。
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