第8話 そして、夜のミーティングだ

そして、夜のミーティングだ。

「みんなは、セイバーメトリクスって知っているか」

「サングラスとコートで、ワイヤ―アクションで飛び回るやつやな」

 正田、ここはボケる所ではないぞ。

「これは、アメリカで大リーグを経営するのに使われた理論だ。かなり理屈が多いが、簡単に言えば、野球は二七個のアウトを取る球技だということだ」

 みんな「あたりまえです」と顔に書いてある。

 見方が変われば、考え方がかわる。これからじっくり説明してやるか。

「監督、野球はいかに点を取るかのスポーツだと思います」

 前田が発言する。さすが求道者だ。お前は、自分のバッティングの事だけ考えていていいぞ。いいチームにはそういうやつが必ずいる。

「いいか。二七個のアウトをとる球技だと考えると見方が変わるぞ。まずアウトは誰からとってもひとつはひとつ。確実に取れるアウトを取れる相手から取る。別に全知全霊を賭けて強打者からアウトを取る必要はない。アウトを二つ貰えるわけじゃないしな。

 西山お前キャッチャーとして、打者を打ち取る時、何を考える? 」

「はい、監督、配球を考えます。どのボールで打ち取るかを逆算して、そのボールがより有効になるように配球していきます」

「キャッチャーとして百点の答えだ。よくいうよな。打者は六球かけて打ち取れって。でも、二七個のアウトを取るとなれば、目の前の打者だけでなくもっと視野が広がるだろう」

「はい、その通りです」

「それから、君たち女性は駆け引きに置いては、男性より有利なことがあるんだ」

「監督、それは、色仕掛けですか? 」

 高橋、お前がこのチームのムードメーカーなのは認めるから、話の腰を折らないでくれ。

「ちがう。女性は、会話中、男性のように左脳だけが動くのではなく、左脳と同様、右脳もよく動いているんだ。だから、男性は会話に耳を傾け理論的に考えるのに比べて、女性は会話の内容はそこそこに、話している人の雰囲気や気配等、全体を捉えてイメージ化している傾向がある。すなわち、女性は人に対して様々なセンサーが働く。だから、女性は浮気を見破るのが上手い」

「監督、最後の言葉、凄く説得力がありました」

 木庭さん、それ以上の追及は許してください。

「だから、女性の第六感を駆使して作戦を見破り、アウトを重ねてくれ。それに大抵相手チームには心配事があるとか、運が悪いとか、体調が悪いとか、試合を通じて運に見放されているやつが一人や二人はいる。そいつらから確実にアウトを取る。具体的なカモはこちらから指示を出す」

 確か、ステータス画面には、各選手の運の項目もあったはずだ。

「監督、攻撃はどうするんですか」

 衣笠、お前は攻撃特化型だな。

「逆に、攻撃する時は簡単にアウトを取られないようにする。泥汚くいくぞ。相手の嫌がることを見つけて、そこを突くのは女性の得意とするところだろ」

 みんながにやりと笑う。

 そうだ、この世界の女性は、前の世界の女性よりこういう特徴もきっと特化しているはずだ。この世界の男性はきっと苦労しているぞ。

「まあ、具体的な嫌がらせは試合中のケースバイケースで指示するとして、この女子野球部としての問題点を上げるぞ。まず、高野連に高校野球のチームとして登録してきた。女生徒だけのチームの登録は県下では天翔女子学園一校だけだ。そして、高野連としては、当然快く思っていない。審判も人間だ。しがらみがあれば敵に回る場合もある」

「それは、困りましたね」木庭さんがあごを付き申し訳なさそうにいう。

「幸い、観衆は俺たちの味方になってもらいやすい。女性だけのチームだからな。

 女性が頑張っていると男性は応援したくなる。それに野球には技術点アウトというものが存在する。

 いいプレーの後、微妙な判定はいいプレーをした方に傾きやすい。例えば、構えたところにボールが来ると外れていてもストライクとか、ファインプレーをすれば、セーフがアウトになったりする。例えば、センターから好返球がホームに帰ってきてきわどい時、審判は思わずアウトにしたりする傾向がある。

 だから、高校野球らしさを演じて観衆と審判の心証が良くなるようにする。次の約束は必ず守れ」

「いつも、笑顔でいろ!大きな声で挨拶をしろ! 省略するのは無しだ。道具を大切に扱え! ユニフォームは着崩すな! 攻守交代は全力疾走だ! 」

「「「「はい!!」」」」全員の元気な声が帰って来た。


 ◇◇◇


 昨日のミーティングの最中、彼女たちの会話を聞いていて気が付いたことがある。

 もともと女性とのコミュニケーションは苦手だったが、話があちこちに飛び会話に結論というものがない。確か、これも女性特有のホルモンによる行動原理だったはずだ。

 俺は彼女たちの生態を探ることにした。


「古場監督、何を読んでいるんですか」

 俺が読書に集中している時、木庭さんに声を掛けられた。

「ああ、これは「モテる会話はこれだ」っていう本です」

「監督、モテたいんですか? 」

「いや、彼女たち女子高生とどういうことを話せばいいかリサーチ中です」

「あ、監督、彼女たちの会話についていけないんだ」

「まあ、戸惑っています」

「まあ、男性と女性で会話の目的が違いますからね」

「会話の目的? 」

「そう、男性の会話では結論を求めるの。でも、女性の会話では共感を求めるの。結論はどうでもいいのよ。男性が理論的なら女性は感情的ね」

「だから、話があちこちに飛ぶんだ。俺なんてさっきの話はどうなったとかいつも思っていたもん」

 なるほど、共感が大事なのか。やはり、学問と違って実践はかなり難しい。 

「古場さん。何かヒントになりました」

「ええ、とても。これは女性の方が右脳と左脳のバランスがいいからですかね」

 そうだ右脳派だから周辺視野は広い。これからはミーティングの時、周辺視野トレーニングを取り入れよう。数字の羅列シートならゲーム感覚で楽しめるぞ。


 周辺視野と空間認知能力と共感、周辺視野で走者を目の端で捕らえ、空間認識能力で、各ベースの位置を目視することなく正確に掴み、まさに全体を上空から俯瞰(ふかん)するような鷹の目を持っていたとしても、居てほしい場所に味方がいなければどうにもならない。共感によってプレーに一体感がでる。

 これが上手くいけば、肩の弱い女性でも連携プレーは高校球児の上を行く可能性がある。

 塁間での送球なら、取ってから投げるまでと、投げてから到達するまでの時間は、実はそんなに変わらない。ノックの時にも感じていたが、とにかく、女性は体の柔軟さを生かして取ってから投げるまでが速い。

 俺は女性の可能性にほほを緩めた。


 ◇◇◇

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