第6話 後はピッチャーを誰にするかだが

後はピッチャーを誰にするかだが、俺に考えがある。

 高校生に一日一〇〇球以上は投げさせるわけにはいかない。一試合一五〇球として最低二人は必要だ。 その二人の候補はバレエの大野と新体操の川口だ。

 バレエや新体操は演技を披露するわけだから自己顕示欲は強いだろう。きっと性格はピッチャー向きだ。それにどちらも全国大会経験者、本番に強いタイプだろうし、容姿も重視される競技なため悪くない。

 いや、顔ではなく手足の長さのことを言っているのだ。

 そしてあの柔軟さ。高校野球を勝ち抜くには、二パターンあって、絶対的な本格派を擁するチームとトリッキーな変則フォームで投げる投手を擁するチームだ。

 女性に剛速球を要求できないから、変則フォームで投げてもらうようになるだろう。

 もっとも木庭さんなら、一五〇キロの剛速球を投げられるかもしれない。

 あと、さすがに姿勢がよくて体幹が鍛えられているのがよくわかる。体幹はピッチャーのコントロールの根幹だと考えている。

 だんだんチームとしての構想が出来上がってくる。

 ゴールデンウィークまでにはチームの形を作り上げて練習試合がしたい。野郎相手にどこまでこのチームが通用するか楽しみだ。

 

 そんな、事を考えながら練習をすれば、時間が経つのも早い。

 一人一〇〇球も打てば、日も暮れだす。そろそろ練習も終わろう。全員を集合させ、クールダウンのため、キャッチボール、ベースランニング、柔軟をこなし一旦集合する。

 木庭さんが全員に寮生活に係る伝達事項を伝えたあと言った。

「今日は、野球部全員がそろった記念すべき日だから、全員主役の歓迎会をするわよ。七時に食堂に集合ね。野球クイズも準備しているから、最下位の人は罰ゲームも用意しているからね」

「先生、罰ゲームって何をするんですか?」正田が質問する。

「そうね、お風呂で監督の背中でも流してもらおうかしら?」

「えー、私、男の人の裸は苦手なんです」

 だから、緒方冗談だって。

 そうか、歓迎会か。あれをみんなに渡すいい機会だ。幸い、宿舎の押入れには、向こうの世界で収集した俺の大学や留学先での研究資料がすべて入っている。

「よし、俺もみんなに渡すプレゼントを用意するぞ。期待してくれ! 」

 歓声とともに初日の練習を解散する。


 ◇◇◇


 俺は自分の荷物から、DVDを取り出し、ダビングしていく。一枚当たり最大三枚だ。

 歓迎会集合時間の七時の五分前にやっとすべてのダビングが完成した。半分は木庭さんに手伝ってもらったのだ。

 歓迎会に集まると、みんなはすでに席について待っていた。

 木庭さんがジュースを注いだグラスを持って音頭を取った。

「みんな集まったわね。それでは、今から天翔女子学園野球部の歓迎会を始めます。

 まず、最初に古場監督挨拶をお願いします」

「それでは、挨拶を、これから野球部の歴史が始まるわけだが、みんなはどこを目指して野球をするんだ」

「もちろん、甲子園です」全員が口を揃える。

「甲子園の道は、はるかに遠くて険しいぞ。二四時間三六五日野球漬けで、なおかつ、到達できない人の方が多い。まして君たちは女性だ。目標を定めて努力をしたり、競争して雌雄を決するというのは本来苦手だろう」

「そんなことは有りません、甲子園に出たいです」前田が力強く言う。

「まあ、そのことも考慮して、楽しみながら練習をしようと思うが、みんなスポーツを究めようとしているアスリートだ。どれだけ理由づけしても、スポーツは勝たないと本当の楽しさを得ることはできない。だから、みんな、勝利を通じて、野球を楽しもう。みんな付いてきてくれ」

 女の子は目標を重視するより、共感とか協力することを重視するのだ。上手く楽しめるよう指導することが肝要なんだ。

「「「「はい」」」」

 みんな素直に返事をする。

「さあ、料理もあるし、ジュースもあるからみんな親睦を深めてね」

 木庭さんが料理を運んでくる。生徒たちもお手伝いをしている。

 みんなワイワイガヤガヤやって、それぞれ、中学校時代の話なんかをしてお互い親しくなっている。女の子が親しくなるのは相手を知ることから始まるはずだ。

「そうだ、監督、プレゼントは?」

「おお、みんなにあるぞ。緒方と正田と川口は、A選手のビデオ、川口は合わせてB投手。高橋と黒田と菊池はC選手、前田と西山はD選手、衣笠と山本と大野はD選手、大野は合わせてE投手のビデオ」

「監督、これは? 」

「これは、まあこの人たちは実在してないが、さっきの4タイプの体の使い方のタイプ別のプロトタイプだ。君たちにあった体の動かし方をしている野球選手のビデオだ。色々な角度から取っているから、穴の開くまで見て真似してほしい。パーフェクトボディコントロールができるかどうかの見せ所だぞ」

 まずは、理想的な体の動かし方を学んでもらいたい。女の子は理論的に考えるのは苦手だが、イメージでとらえることは得意なはずだ。

 

この歓迎会のあと、学生寮には一面が鏡張りになったレッスンルームができ、就眠時間まで、野球部の部員がビデオと鏡に映る自分とを見比べながら素振りする姿が見られるようになったのは驚きだったのだが……。

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