世界の終わり、あるいは、愛の告白まで後5分

味噌わさび

第1話 彼と彼女の5分間

「……後5分か」

 俺はタイマーを眺めながら思わず呟いてしまった。

 部屋の外では警報が鳴り響いている。というよりも、今俺がいる部屋以外は危険すぎて誰もいないはずである。

 世界は……確実に滅亡に向かっていた。

 それが一体いつ起きたことなのか、何が原因なのか、どうしてそうなってしまったのか……俺にはわからない。おそらく、偉い立場の人間は理解したのだろうが、とっくにそんな人間はこの世にいない。

 俺はそんな世界でひたすらに後処理を任せられる立場だった。わけのわからない怪現象、どういう経緯で生まれたのかわからない生物……それを鎮圧し、処置する仕事。

 俺は懸命に仕事をしてきたが、結局は世界の運命を変えることはできなかった。で、結局、拠点に戻ってきたわけだが、戻ってきた拠点も既に崩壊状態、安全なシェルターに逃げ込んだのは良いのだが……拠点の自爆スイッチが作動していた。

 この拠点の自爆スイッチが作動しているということは、既にこの世界には人間という種族が存続できる可能性がないと判断されたということだ。

 といっても、俺と……もう一人まだ生き残っているのだが。

「……たどり着くのがこの場所で、隣にいるのがアナタだなんて、良い結末とは言えないわね」

 明らかに不機嫌そうな表情でそう言う女性は俺の同僚だ。今までコンビを組んで様々な任務に当たってきた。

 しかし、どうにもお互い性格が合わないのか、俺は彼女といつも喧嘩ばかりしていた。彼女の方も俺のことが気に入らないらしく、何かと文句を言ってくる。

「……あぁ。俺もまさか君が隣にいるなんて、何かの冗談だと思いたいよ」

 俺がそう言うと彼女は鋭く俺を睨みつけてくる。といっても……後5分でこのシェルターも拠点ごと爆発する。そう考えると、なんだか彼女に対して怒りを覚えるのも馬鹿らしくなってきてしまった。

 しばらくの間、俺は黙って表示されているタイマーを見つめていた。数字は少しずつゼロへと近づいていく。

「ねぇ、アナタって、誰かと付き合ったことあるの?」

 そんなことをしていると、急に彼女が俺にそんなことを聞いてきた。聞かれた方の俺もまさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったので、思わず答えに戸惑ってしまう。

「……いや、ない」

「でしょうね。誰とも付き合ったこと無いって感じの顔をしているわ」

 馬鹿にした笑みを浮かべる彼女。といっても、彼女が誰かと付き合ったことがあるかどうかも、俺もよくわからないのだが。

「……そういう君は、どうなんだ?」

 気になって俺がそう訊ねると、彼女は少し目を丸くして俺のことを見る。

「あら。興味があるの?」

「興味というか……単純に気になっただけだ」

「そう。じゃあ、アナタはどう思う?」

 どう思うって……別にどうも思わない。俺は本当に気になっただけなのだ。仮に彼女が誰かと付き合ったことのある経験があろうとなかろうと、俺にとってはどうでもいい。

「……ないだろう? 一度も」

 俺がそう言うと、彼女はさらに目を丸くする。それから、また馬鹿にしたように軽く微笑む。

「ええ、ないわよ」

 てっきり間違ったかと思ったが、どうやら当たっていたようだ。だからなんだという話だが。

「そうか。お互い寂しい人生だったな」

「そう? 確かに私は誰とも付き合ったことはないけれど……好きな人ならいるわよ」

 そう言って彼女はそのまま黙ってしまった。俺も……その次になんと言えば良いのかわからない。

 ……今、どうして急に彼女はそんなことを言い出したのだろう。俺は単に誰かと付き合ったことがあるか、と聞いただけだ。好きな人がいるかどうかなんて聞いていない。

 そうなると、俺が次に聞くのはその好きな人とは誰だ、ということだ。しかし、なぜか俺はそれを……聞くことができなかった。

 いや、別に期待なんてしていない。むしろ、俺は……怖かった。もし、彼女が万が一にでも……眼の前にいる俺に対してそういう感情を持っていたとして、どうなる? もうすぐ世界は終わるのだ。

「……アナタって、好きな人はいるの?」

 そう言われて俺は困る。俺に好きな人……確かに俺も誰かと付き合ったことはない。

 だが……好きな人がいないかと聞かれれば答えはNOだ。俺だって好きな人くらいはいる。

 問題は……それが今、このシェルターの中にいる彼女その人だということだ。

 生憎なことに、俺は彼女が好きだ。しかし、いつ終わるかわからない世界で、そんなことを彼女に言うのは迷惑だと俺は思っていた。

 だが、ついに世界に終わりが来た。だとすれば……もはや迷惑だなんて考える必要はないのではないか?

 一瞬、俺は自分の好きなのは君だと、彼女に告げようかと思う。

 しかし、すぐに思いとどまる。それは……タイマーを見たからだ。

 まだ、あと3分程残っている。もし、仮に俺が彼女に告白して……彼女が俺の告白を受け入れてくれなかったらどうなる?

 俺はあと世界が終わるまでの時間を、大変な後悔と、気まずさを抱いて過ごさなければならない。仮にあと世界が3分だとしてもそんなのとても耐えられない。

「あー……まぁ、いなくはないかな?」

「へぇ。それって、誰?」

「誰って……君が、先に誰を好きなのか言ってくれたら、俺も誰が好きなのか教えるよ」

 なんとも苦しい返事だったが、彼女は少し意外そうな顔をしたあとでまた黙ってしまった。

 ……待てよ。ここで彼女がもし、好きな人を言ったとしよう。それが仮に……俺じゃなかったらどうする?

 例えば、任務の途中で亡くなった同僚とか、俺の全然知らない友達とかの名前を挙げられても、俺は困るし……とても悲しい気分になる。

 今までバディを組んできたのに、一方的に俺だけが片思いをしていたということになる。それはそれで、世界の終わりの迎え方としてはあまりにも悲惨である。

 しかし……心なしか、彼女は俺の方をチラチラと見ている。これは……大丈夫なんじゃないか? どう考えても彼女が好きなのって……俺なんじゃないか?

 だが、俺は慎重な性格だった。さすがにこれで俺の方から「君が好きなのって俺だろ?」なんてことは言わない。むしろ、彼女の性格からして俺がそんなことを言えば違うと言ってくる可能性だってある。

 俺は今一度タイマーを見る。あれ……いつのまにか後1分しかないじゃないか。つまり、後60秒弱でこのシェルターもろとも爆発し、後には何も残らない……正真正銘の世界の終わりってことか?

 そう考えるとにわかに焦ってきてしまった。もはや、後悔がどうこうとか、恥ずかしいとか言っている場合ではない。もし、ここで確認もせず、告白もしなければ俺は何もわからないまま世界と運命をともにすることになる。

「わ、私の好きな人は――」

「あ、あのさ!」

 ……最悪だった。最悪のタイミングだった。彼女が今まさに好きな人が誰か言おうとしていたのに、それ邪魔してしまった。

「え……どうしたの?」

 しかも、彼女の発言を遮ってしまったばかりに、今度は俺が何か言わなければならなくなった。俺はちらりとタイマーを見る。

 後30秒……もう覚悟を決めなければならない。

「あ……え、えっと……その……」

 しかし、また別の問題が発生した。言葉が……出てこないのだ。

 当たり前だ。誰かに告白したことなんて一度もない。いきなり告白の言葉が出てくるわけないのである。

 彼女は不思議そうな顔で俺を見ている。俺は慌てすぎてタイマーを見る。

 10秒……! もう何かを気にしている暇はない。

「す……好きです!」

 余りにもお粗末だったが、俺は彼女に向かってそう言った。彼女は目を丸くして驚いていた。

 タイマーは……残り、4、3、2……

「えぇ、私もアナタのことが好き」

 彼女の答えが聞こえたのは、残り1秒だった。最期に俺が見たのは美しい彼女の笑顔……これが最期に見る顔なら悪くないかな……そう思った。

 そう思った……思ったのだが……まるでシェルターが爆発する気配がない。

 タイマーは残り1秒で止まってしまっている。警報も鳴っていない。

「……止まったのかしら?」

「……止まった、みたいだね」

 俺がそう言うと彼女と俺はどちらからでもなく、シェルターの扉に向かっていく。扉は勝手に開き、俺達は拠点の廊下に出た。

「………もしかして、助かったのか?」

「おそらく、そうでしょうね……」

 俺と彼女は思わず顔を見合わせる。そうなると今度は……恥ずかしいという感情が蘇ってきた。

「えっと……その……さっきのは、あれで……良かったのかな?」

「良かった? 何が?」

「え……だから、さっきの……」

 俺がそう言うと彼女は少しいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「えぇ、私はアナタのことが好きよ。別に助かった今でもそれを撤回するつもりはないわ」

 彼女の毅然とした対応に、少し驚いてしまった。むしろ、恥ずかしがっていた俺が情けない気分になる。

「さて、いつまでもここにいても仕方ないわ。拠点から出ましょう」

「外に出るのか? だけど、外に出ても……」

 と、俺がそう言うと彼女は呆れ顔で見てくる。

「そんなのわかっているわ。でも、ここにいても何も変わらない。外に出ればもしかしたら何か変わるかもしれない……私は確率の高い方に賭けるわ」

 彼女にそう言われると確かにそうだとも思う。

「それとも……アナタは自分が好きな女の子を一人で危険な外の世界に行かせるのかしら?」

 彼女は不敵な笑みを浮かべてそう言う。俺は苦笑いで返すしかなかった。

 彼女には敵わないなと思うと同時に……二人ならなんとかなるかもしれないと思えてしまうのであった。

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