5.『屍人のいけにえ』
ひとまず用件を済ませた俺達は、ディアナ博士の研究室を後にして、遊戯室にあずけたジニーを迎えにいくことにした。
「やぁ、タカマルくん。久しぶりだね」
遊戯室に見知った顔があった。
爽やかな笑顔を浮かべる二十代中盤くらいの男性。
星騎士修道会副会長のランディさんだ。
彼は何故か四つん這いになり、背中の上にジニーを乗せていた。
「あ、タカマルさん。それにシスター・アーシアとフィオーラも。こんにちは」
眼鏡の少年星騎士ジョンも一緒だった。
「ディアナ博士に用事があってきたんですけど、遊戯室の人手が足りないみたいで。少しお手伝いをしていたところです」
ランディさんを怪訝な表情で見る俺達にジョンが説明してくれた。
「最近、みんな忙しいものね」
フィオーラが言った。
「……アドラ・ギストラと邪教徒、それにエリシオン様の件でいろいろと動いてるのよ」
フィオーラが俺にそっと耳打ちする。
あー、なるほど。そっちに人手が割かれてるのか。
「ランディ副会長、お母様ならちょうど手の空いたところですよ」
アーシアさんが言う。
「そうか。だったら、僕達もそろそろ行こうか」
「そうですね」
ジョンがランディさんに跨ったジニーを床におろしながら答えた。
馬の順番待ちをしていた他の子供達が不満そうな声が上がる。
子供達は、世話係のシスターに、二人はこれから大事なお勤めだから、と言われると渋々ながら納得した。
「そういえば、イーサンが見当たらないけど?」
「イーサンなら芝居小屋に行ってますよ。今日は非番なんで」
芝居小屋か……。
確か、異世界ゾンビパニックのリバイバル公演をしてるんだよな。
「興味があるならタカマルも行ってみれば? どうせこの後は暇なんでしょ?」
「え、いいの?」
「構わないわよ。ジニーの面倒はこっちで見るし」
「そうですね。夕食の時間までに宿舎に戻っていただければ、問題ありませんよ」
「フィオーラ、アーシア。わたしアイス食べたーい。チョコミントのやつー!」
ジニーが両腕をバタつかせながら、いい子に留守番していたご褒美のアイスを催促する。
「えーと……今から向かえば、次の公演に間に合いますよ」
懐中時計を見ながらジョンが言った。
「そっか……。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「タカマル様、場所は分かりますか?」
「はい。迷いそうになったらその辺の人に道を訊きます」
俺は神殿を出ると小走りに芝居小屋に向かった。
☆ ☆ ☆ ☆
俺は異世界産のゾンビパニック映画……じゃなくて演劇が気になり過ぎていた。テラリエルに召喚されてからそろそろ一週間だ。ぼちぼち体がホラー映画や小説を求める頃合いだ。まぁ、アンデッドモンスターとはダンジョンで散々遭遇したし、なんなら体の中に居候してるけど、
「そこの少年。ちょっと待ちたまえ」
大型高級百貨店を通り過ぎたところで、男の声に呼び止められた。
くたびれたジャケットを着た中年男性だ。無精髭と眠そうな垂れ目。猫のように曲がった背中をしていた。手には紙の束を持っている。なんだか怪しさ大爆発のおっさんだった。
「……なんスか? 俺、急いでるんスけど」
「そんなに警戒するものではない。これをあげよう」
おっさんは手に持っていた紙を一枚、俺に押し付けた。
「ふむん……。我輩はこれにて失敬させてもらう」
おっさんは芝居がかった仕草で満足そうに頷くと、俺のことを無視してさっさと行ってしまった。
『主はおかしな人間と縁があるな』
ザックの声が頭に響いた。
「大きなお世話だよ」
反射的に受け取った紙は、これから向かう芝居小屋のチラシだった。
これを入り口で見せると料金が割引になると書いてあった。おお、こいつはラッキー。
でも、なんであのおっさんは俺が芝居小屋に向かっていることを知っていたんだ?
「ただの偶然か……?」
『どうだかな。主よ、覚えておくといい。人間に偶然と必然を峻別する方法はない。これから起きることは全て偶然であり、既に起きたことは全て必然なのだ』
「なんか、セイドルファーさんも同じようなことを言ってたけど、流行ってんのか?」
『ふん、これは我が姫君の箴言だ。それはそうと、急がなくてもいいのか?』
おう、そうだった。俺はチラシをズボンのポケットに突っ込むと芝居小屋に急ぐ。しばらく小走りに進むと見覚えのある建物が見えた。
そんなわけで、芝居小屋に着いた。時間を確認したら、次の公演まで十分ほど余裕があった。俺は昼飯を食べてないことを思い出した。近くの屋台でホットドッグ……っぽい惣菜パンと瓶入り果実水を買って立ち食いした。
そうこうしているうちに、時間が近付いてきた。俺は入り口でチラシを見せて割引料金でチケットを買い、芝居小屋の中に足を踏み入れた。「小屋」というよりかはミニシアター風の内装だ。そもそも、建物の外観からして美術館や百貨店と同じ現代的なセンスだった。客の入りは八分ほどだろうか。席に座ってしばらく待つと、開演のベルが鳴った。
☆ ☆ ☆ ☆
結論から述べると、異世界のゾンビパニック演劇『
物語の半分くらいはゾンビ禍から逃れるため領主の城に避難した農奴達と先に避難していた貴族達の対立に裂かれていた。常に暗く重いムードが漂っているのだが、ヒロインである農民の少女と地下牢に幽閉されていた召使いのゾンビ(領主の奥さんの愛人。生前は菜食主義者で人肉を食べないため僅かに理性が残っている)の交流が、一服の清涼剤になっていた。
深刻化する農奴と貴族の対立の中、少女は非業の死を遂げる。直前に地下牢から解放されていた召使いのゾンビが少女の凄惨な最期に怒り狂い城の跳ね橋を降ろすと(その程度の知性は残っていた)、外の屍人の群れが城内になだれ込み、物語は怒濤のクライマックスを迎える。
それまでの鬱屈を晴らすようなゴアシーンの連べ打ちは力の入った特殊効果と演出の冴えもあって負のカタルシスに溢れていた。
最終的に城の人間達はすべて屍人の
「メチャクチャ面白かったな」
『ふむん。存外、悪くない演目だった』
「もっと、素直に褒めろよ……」
俺は物語の余韻に浸りながら、チラシ裏に記載されたスタッフクレジットに目を落とした。そこに書かれたある名前を見て思わず悲鳴を上げそうになった。
チラシ裏のスタッフクレジットには、監督&脚本アーチボルト・テイラーと書かれていたからだ。
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