4.ミステリウム
「お母様、タカマルが怯えてるわよ」
フィオーラがテンションおかしくなってるディアナ博士をたしなめる。
「あら、嫌だわ〜。少し興奮しすぎちゃったわね〜。恥ずかしいわ〜」
博士はそう言うと、小さく舌を出しながら自分の頭を軽くグーで小突いた。かわいいつもりか?
「えーと……なんですか? その事件ファイルってやつは」
「私が個人的に集めてる怪奇事件ファイルのことよ〜」
「か、怪奇事件ファイル? どうして俺がそこに収まるんですか?」
ディアナ博士が何を言ってるのかちょっとよく分からない。
「セイドルファー様って謎の多い女神なのよね〜。神話で言及される回数も少ないし。死を司る冥府あるいは異界の支配者、ということくらいしか分かってないの。まぁ、ゆかりのある
言われてみると、図書館で借りた神話の本には、ほとんどセイドルファーさんのことが書いてなかった。そうゆうものかと思ってスルーしてたけど、疑問を抱く人もいるんだな。
「神話を語り継ぐ過程でセイドルファー様にまつわる記述が欠落したのかもしれないわね〜。理由は分からないけど〜。で、そんな頭にドが付くマイナー女神の加護を受けた異世界からの不死の英雄なんて、信じられないほど変わってるでしょ〜!? だから、キミは私の怪奇事件ファイルにふさわしい存在なのよ〜!」
うーん。どうなんだろう。
理解できるような、できないような理屈だ。フィオーラも首を横に振ってるし。あと、厳密に言うと「不死」ってワケでもないしなー。
「タカマル君、テラリエルに召喚されたとき、セイドルファー様に会ったりしてない〜?」
あー、どうしたもんか。
その話をすると、アーシアさんの英雄召喚の儀式が実は失敗していたことを説明する必要があるんだよな……。俺があの神殿に転送されたのは儀式の結果じゃなくて、ただの偶然なワケだし。
まぁ、セイドルファーさんは偶然と必然をはっきりと区別することは不可能だし意味がないと言ってたけど……。
「みなさーん、お茶のお代わりを持ってきましたよ」
キッチンからティーポットを持ったアーシアさんが出てきた。
本当のことを話したら、アーシアさんを傷付けることになるのかな……?
アーシアさんの哀しむ顔を想像したら、なんか胸のあたりがチクチクしてきたぞ。
「召喚されたときのことって、あまりよく憶えてないんですよね……」
「あらあら、そうなの〜? それは残念ね〜……」
「期待にお応えできなくてサーセン」
嘘でごまかすことに罪悪感はあったけど、それ以上にアーシアさんの哀しむ顔を見たくないと思った。自分でもよく分からない気持ちだった。最近、こんな気持ちになることが多い気がする。
「えーと……。それで、ディアナ博士の怪奇事件ファイルって他にどんな事件が収められてるんですか?」
少し強引だけど話題を変えよう。
「ふっ、ふっ、ふっ……。よくぞ聞いてくれました〜」
ディアナ博士が怪しげな笑みを浮かべる。眼鏡のレンズがギラギラと輝いていた。え、何このヤバそうな雰囲気。
隣に座るフィオーラの表情を確認して、俺は自分の失敗を悟った。
フィオーラの右目が死んだ魚のようになっていたからだ。
☆ ☆ ☆ ☆
博士が語ってくれた怪奇事件は以下のとおりだ。
未婚の女性ばかりを殺害しその死体を塩漬け肉にして販売した地獄の精肉店主、ベッドの下やクローゼットの中に潜んでいる悪魔、物見の塔から地上に向けて自分が射殺されるまで矢を撃ち続けた狂気の狩人、意識を城ほどある巨大な自動筆記装置に転写して終わらない物語の中で生きることを選んだ魔術師、鏡の向こうから手を伸ばして子供を中に引きずり込む黒い妖精、砂漠の片隅で生活する魔術実験で作られた歪な人造生命体・
「事件」というよりかは、俺の世界の都市伝説やネット怪談に近いものが多い。
一応の解決を見せた「事件」もあれば、謎を残したまま曖昧に幕を閉じた「事件」や、そもそも現実のできごとなのか判然としない「事件」もあるそうだ。
個人的には結構興味深い話だった。ホラー趣味と重なる部分もあるし。
とはいえ、自分がこの中に加えられるのは若干複雑な心境ではあったけど。
胡散臭い話に付き合わされたフィオーラがゲンナリとした表情を浮かべていた。
アーシアさんはお茶を飲みながら笑顔で母親の話に耳を傾けている。
遊戯室のジニーがそろそろ寂しがる頃だから、というフィオーラの言葉で、博士の怪奇事件語りはお開きになった。ジニーを言い訳に一秒でも早く母親から解放されたいのがバレバレだったけど、俺は何も言わないでおいた。……ディアナ博士もアーシアさんも気付いてなかったみたいだし。
俺の確率的ゾンビ状態に関しては、現状できることは何もないようだった。女神の加護である以上、人間側から干渉することは不可能らしい。少なくとも俺の健康状態は良好だし、ザックの存在も併せて、肉体や精神に害を与えるものではないので、当面は経過観察ということになった。
安心したような、拍子抜けしたような、複雑な気分だった。
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