6.事件は続く
夕食の時間。場所は宿舎の食堂。俺はうんうんと唸り声を上げていた。
芝居小屋のチラシ裏に載っていたアーチボルト・テイラーの名前が、あまりにも衝撃的だったからだ。まさか、転移先の異世界で大好きなホラー映画監督の名前を見るとは。こんなん考慮しとらんよ。ましてや、俺はその監督の最新作の試写会に向かう途中で、事故に遭い異世界転移することになった。なんの因果だよこれは……。
「タカマルくん、お腹痛いのー?」
ジニーがスプーンを口に運ぶのを止めて、心配そうな顔で訊いてきた。
「あー、いや、大丈夫。心配かけて本当にすまない」
俺の言葉に満足したのか、ジニーはニッコリ笑いながら食事を再開した。
「料理の味が落ちるからよそでやりなさいよ。その変な呻き声」
「フィオーラ、タカマル様に失礼よ」
アーシアさんが妹の暴言を嗜める。
アーシアさんとフィオーラには、既にチラシ裏の件は知らせてあった。
当然のように、二人とも驚いた。凄い偶然もあるものだ、と。
ちなみに、ガリオンさんはまだ仕事中なので、報告は後回し。
「姉さんはすぐにタカマルの肩を持つわねー」
「私は、タカマル様付きのシスターとしての仕事をしているだけです」
「ねぇねぇ、アーシアはタカマルくんのことが好きなの?」
俺は、思わず口に含んだスープを噴くとこだった。
な、な、な、な、何を言ってるんですかこのキッズは!? なんという早熟! なんというマセガキ!!
「好き、というか、尊敬ですね」
尊敬、か。この世界を救う(予定)の(一応)英雄に対する感情としては至って真っ当なものだろう。
……何か、動揺した俺がバカみたいじゃん。恥ずかしい。
「……なんだよ」
フィオーラがニヤニヤした表情を浮かべている。
「べっつにぃ〜〜?」
だから、何なんだよその顔は。
もういいわ。フィオーラよりもチラ裏の話の方が優先だ。
「アーチボルト・テイラーって、テラリエルでもよくある名前なのか……?」
「この国では、そこまで珍しい名前ではないと思います。名も姓もそれなりに見かけますし」
「少なくとも、タカマル・カミナリモンよりはありふれた名前よね」
思いっくそ日本人ふうの名前だからな。西洋ファンタジーふうの世界じゃ確かに浮くだろうよ。
「海を越えた大陸にはありそう名前ですが……」
へぇ、アジアっぽい国でもあるのかね。ヤーパンとかワの国とかそんな感じのが。
「単なる、同姓同名じゃない?」
「まぁ、そう考えた方が自然なんだろうけど。それにしても同じような映画……芝居の監督と脚本までやってるのは出来過ぎた話なんだよな……」
「不思議な一致ですよね。ここは、お母様に相談した方がいいのでは? こういった不思議な出来事の専門家ですし」
「どうかしらね。面白半分に弄られて終わりじゃない?」
「もう。お母様に失礼でしょ! きっと、お父様もお母様に相談した方がいいと考える筈よ」
フィオーラとディアナ博士は血が繋がってない。というか、フィオーラはエンシェント家の養子だ。フィオーラの態度は一見するとけんもほろろだが、本当にディアナ博士と仲が悪いワケではない。あの言葉は、一瞬の憎まれ口なのだろう。証拠に、アーシアさんも本気で叱ってる感じではない。小言を漏らしながらも、普段どおりの笑顔を浮かべていた。エンシェント家の人達には、長い時間をかけて培った独自の距離感があるのだろう。
しかし、この調子でいくと、俺はまたしてもディアナ博士の怪奇事件ファイルに登録されるのか。
複雑な気分だ。
チラ裏にあったアーチボルト・テイラーの名前は本当に偶然なのか。
セイドルファーさんとザックは言っていた。偶然と必然を峻別することは出来ないと。
だったら、これは必然なのか。仮に必然だとして、何の意味があるんだ? 微塵も検討が付かない。
「あー、タカマルくんがまたお腹痛くしてるー」
再び唸り始めた俺を指差しながら、ジニーがケラケラと楽しそうな声を上げる。キッズの笑いのツボはイマイチよく分からんわい。
ジニーとは逆に、ザックは
「つーか、ジニーこそ大丈夫なのか? さっきアイス食べたばかりだろ? そんなにドカ食いしてたらマジで腹壊すぞ」
「甘いものはベツバラだから平気へっちゃらなのー」
いや、それはデザート食うときのセリフでは? まぁ、いいけど。
そういや、ジニーはいつまで親元を離れてここに居るのだろうか。スラム暮らしで、いろいろ難しい事情のある子供なのは聞いているけど……。
ジニーは、結界に閉じ込められたとき、俺の戦う姿を目撃した。それが、教団預かりになってる理由の一つでもあった。俺の存在は、まだ市民や教団の一般信徒には公表されてないからだ。情報漏洩を恐れて目撃者を囲っている、というのが実情だろう。
「そうだ! タカマルくん、あれやって!」
「あれ?」
「がうがううががーってやつ!」
ひょっとして、ゾンビの真似か?
「いいぜ。夕飯食ったらやったるわ」
「わーい!」
「ちょっと、タカマル! ジニーにおかしな遊び教えないでよ!」
フィオーラは孤児院でもゾンビごっこに引いてたっけな。ゾンビの良さが分からないとは可哀想なやつだ。憐憫の視線でもくらえ!
「フィオーラはやらないの?」
「わ、わたしはちょっと……。あと、タカマルは変な目でこっちを見ない!」
「えー、それじゃ、アーシアは?」
「そうですね。夕食の片付けが済んだら少しご一緒しますね」
アーシアさんの言葉にジニーが満足そうな笑顔を見せた。
☆ ☆ ☆ ☆
「タカマル殿、どうしたのかな? アーシアまで揃って……」
宿舎のリビングでゾンビごっこに興じる俺とアーシアさんとジニーを見て、ガリオンさんが何とも言えない表情をしている。
「お、お父様。お帰りなさいませ……」
アーシアさんが顔を赤くしながら言う。
「えーと、夕食は……」
「大丈夫だ。ディアナのところで済ませてきた」
ディアナ博士のところに寄ってたから、帰りが遅くなったのか。
「フィオーラも……いるね。少し厄介なことが起きたので三人に伝えておきたい」
「ジニー、ごめんなさい。少しだけ、食堂で絵本を読んでいてもらえますか?」
「えー、もっとゾンビごっこするー」
「わりぃな。また後で付き合っちゃるからさ」
「……うーん、わかったー」
ジニーは、手隙のシスターと一緒に食堂にさがっていった。
「で、話って何?」
フィオーラが先を促す。
「ふむん。ロブ・イモータンという名前を憶えているかな? お前とタカマル殿を結界に閉じ込めたゴーレム、それと酷似したオブジェの制作をした人物だ。彼が、今日、アトリエで死体になって発見された」
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