4.異世界転移チョコミン党

 フィオーラは俺とアーシアさんを置いて一人で宿舎に戻ってしまった。


 帰り道はアーシアさんと二人だった。俺は黒猫の姿を探したけど、見つからなかった。会話はほとんどなかった。隣を歩くアーシアさんは少しぼんやりとした表情だった。妹のことを考えているのかもしれない。


 宿舎に戻るとアーシアさんは自室に戻った。これからは、神聖な読書の時間になるそうだ。エリシオンの教えが書かれた経典を読んで、その理解を深める大事な日課らしい。それが終わったら、昼食の準備を始めると言っていた。


 俺も二階の自室に戻ることにした。

 窓から庭を眺めると他のシスター達がシーツや洗濯物を干しているのが見えた。四阿の椅子に腰をかけたおじーさん達が談笑をしているのも見える。のどかで平和な風景だ。


 不意に、アーシアさんの妹を見つめる顔が脳裡に蘇る。

 彼女はどうしてあんなやり切れない表情をしていたのだろう。そもそも、フィオーラのあの態度はなんだったのか。炊き出しに並ぶ人達と過去に何かあったのか。それはエンシェント家の複雑な事情と関係があるのか。


 俺はアーシアさんとフィオーラのことが心配だった。

 数日の付き合いでも二人がしっかりした人間なのは分かる。他人の俺が必要以上に気を揉むことはないんだろうけど……。


 考えてもらちがあかない。

 俺は机の前に座って、本を読むことにした。

 司書さんがおすすめしてくれたテラリエルの歴史の本を今日中に読み切ろうと思ったのだ。返却期限もあるしな。


 ……。

 ……。

 ……。


 ダメだ。内容が頭に入らない。まったく集中できん。

 仕方がない。こうゆうときは素直にあきらめよう。

 俺は本を閉じてベッドにダイブ。

 やっぱり、アーシアさんとフィオーラのことが気になる。俺に何かできることはないだろうか……。

 そんなことを考えているうちに、俺は睡魔につかまり意識が遠のいていくのを感じた。



 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



「タカマル、お昼ご飯よ! いつまで寝てるの!」


 俺は部屋の戸を派手に叩く音で起こされた。


「ん……。今行く」


 俺はモゾモゾとベッドから起き上がる。


「本当に寝てたの?」


 戸を開けると呆れ顔のフィオーラが待ち構えていた。


「まーな……」

「寝る子は育つって言うけど、それ以上大きくなってどうするの?」

「俺の身長は170ちょっとだからそんなにデカくないんだが? あと、もう5センチは欲しいと常日頃から思ってるぞ」

「はいはい。そうですか。そんな話はいいから早く行くわよ。わたし、お腹空いちゃった」

「そんなに腹が減ってるなら先に食べてればよかったのに」

「わたしはそのつもりだったけど、姉さんがタカマルを呼んできてって言うから……」


 フィオーラの様子はもう普段通りで、朝の態度が嘘のようだった。

 俺は思わずフィオーラの顔をガン見する。


「どうかしたの?」

「……顔にフェイスハガーが貼り付いてますよ」

「フェイス……何?」

「いや、なんでもない。気にすんな」

「何それ。まぁ、いいけど……」


 二人で一階の食堂に向かう。


 食堂は朝に続いて結構な賑わいだった。

 例によって、アーシアさんと他のシスター達が忙しそうに給仕している。


「美味しい腸詰め肉が手に入ったからボイルしてみましたよ」


 アーシアさんが俺とフィオーラの前に昼食の皿を並べる。

 皿には三段重ねのパンケーキが載っていた。付け合わせは、茹でたての腸詰め肉ウインナー、カリカリに焼かれたベーコン、目玉焼きだった。


 どこからどう見ても完璧なパンケーキランチだ。サラダと果物の小鉢も付いて女子受けしそう。


「パンケーキはおかわりできるので、沢山食べて下さいね」


 笑顔でアーシアさんが言う。こちらもおかしな様子はない。いつも通りの表情だ。


「ありがとうございます。最近、腹が減って仕方がないんでマジ助かります」

「タカマル様は英雄なのですから、遠慮する必要はありませんよ」


 アーシアさんは俺に一礼すると、他のテーブルの給仕に向かった。


「……お茶、飲むだろ」

「あら、ありがとう」


 フィオーラのカップにティーポットでお茶をそそぐ。

 爽やかなミントとほの甘いチョコレートの香りが鼻を抜けていった。

 今日のお茶は、世にも珍しいチョコミントフレーバーのお茶だった。

 心の落ち着く匂いだった。チョコミント好きなんだよなぁ。まさか、異世界でこの食べ物に出会えるとは。俺はテラリエルの食文化が現代日本とほとんど変わらないことに改めて感謝した。


「このお茶、いいな」

「そうね。この前の任務の帰りに買ってきたの。姉さんのおつかいでね。人気のフレーバーだから並ばないと手に入らなくて」

「へぇ」

「あなたの世界にも、このお茶はあったの?」

「お茶というか、お菓子だな。アイスとかケーキとかクッキーとか」

「ふーん……。それならテラリエルにもあるわよ。最近、流行はやってるのよねこれ。タカマルって元の世界では流行に敏感だったの?」

「うんにゃ。全然」


 チョコミントのお菓子くらいコンビニに行けばいくらでも買えたしな。

 俺が敏感だったのはホラー映画や小説、その周辺情報くらいだった。

 それにしても、本当に濃い人間や、年季の入ったファンには及ばなかったけど……。


「午後の予定は決めたの? 時間があるなら街にでも行ってみたら? せっかくテラリエルに召喚されたんだし、この世界の文化に触れてきなさいよ」


 街の散策をしたい気持ちは確かにあった。

 午後の予定は特にないし、フィオーラのすすめに従ってみるのも悪くないか。


「そうしてみるかな……」

「だったら、オレ達が案内するよ」


 近くのテーブルから聞き覚えのある声がした。

 声の方に視線を送るとそこに星騎士のイーサンがいた。ジョンも一緒だった。

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