2.アーシアさんの祈り

 フィオーラとアーシアさんに血の繋がりはない。それどころか、エンシェント家でフィオーラだけが他人。


 ううむ。

 俺は突然の告白に面食らった。

 でも、言われてみると、確かに二人は姉妹の割にあまり似ていなかった。

 アーシアさんにフィオーラを紹介されたとき、そう感じたのを俺は思い出した。


「……へぇ、そうなんだ」


 俺はつとめて軽い調子で言葉を返す。あまり深刻に受け止め過ぎるのも、なんか不自然だと思ったからだ。


「まぁ、いろいろあるよな……」

「そうね。いろいろあるのよ」


 そうつぶやくフィオーラの右目はどこか遠くを見ているようだった。


「そうだ! 俺も灯りライティングの魔術くらい習ってみようかな!」


 空気がおかしくなってきたので、俺は強引に話題を変えることにした。


「何よ、急に」


 フィオーラは白けたよう表情を見せるが、とりあえず話に乗ってくれた。


「夜に外で本を読みたくなったとき、毎回ランタンを用意してもらうのも悪いし」

「気にしなければいいでしょ。タカマルは英雄としてテラリエルに召喚されたんだから、大人しく世話されてなさい。あなたが望むなら、本当は贅沢だってし放題なのよ。こっちには断る権利なんてないわけだし」

「マ、マジっスか……?」

「そうよ。まぁ、どうしても習得したいなら、街の魔術ギルドにでも行けば? 授業料を払えばあっさり習得できるから」

「へぇ……。そんなに、簡単なのか?」

灯りライティングに限った話じゃないけど、生活魔術は魔術適正がよっぽど低い人でもなければ、一日で習得できるわよ」


 ほーん、なんか原付の免許みたいなノリだな。


「なるほど。憶えとくわ」


 授業料はこの前もらったお小遣いで足りるかな?


「それじゃ、わたしは部屋に戻るわね」


 フィオーラは椅子から立ち上がるとそう言った。


「俺はもうちょっと本を読んでから部屋に戻るわ」

「風邪をひかないでね? そろそろ寒い季節になるし」

「おう。フィオーラも気を付けて帰れよ。……って、お前の強さなら心配ないか」

「そうね。でも、ありがと」


 フィオーラは小さく微笑むと、庭の暗がりの中に消えていった。

 


 ☆ ☆ ☆ ☆



 翌朝――。

 異世界生活五日目。


 俺は食堂でサンドイッチと玉子と野菜スープの朝食を食べていた。デザートの果物もあるのでなかなかのボリュームだ。最近、やたらと腹の減るので食事の量が多いのは助かる。

 食堂の入りは七割くらいで、なかなかの賑わいだ。

 アーシアさんは他のシスターと一緒に、テキパキと食堂の利用者に給仕をしていた。


「おはよう」


 聞き覚えのある声にスープの皿から顔を上げると、フィオーラが隣の席に座っていた。


「おはようさん……」

「今日も面白い顔ね」

「朝イチで煽られたんだが!?」

「フィオーラ、タカマル様に失礼でしょ」


 妹の不躾な発言をたしなめながら、アーシアさんが手際良く朝食の皿を並べていく。

 

「冗談に決まってるでしょ。姉さんは真面目なんだから」

「もう、フィオーラってば……。申し訳ありません、タカマル様」


 姉に謝罪をさせておきながら、フィオーラは悪びれた様子もなく、涼しい顔で朝食を食べている。


「いや、大丈夫っス。気にしてないんで」

「そうですか……?」


 俺の言葉にアーシアさんが申し訳なさそうな顔で言う。


「シスター・アーシア、少しよろしいですか?」


 他のシスターに呼ばれたアーシアさんは「失礼します」と断ってから、俺達のテーブルを離れた。


「フィオーラはこのあと星騎士修道院に行くのか?」

 

 俺の質問にフィオーラは首を横に振った。


「行かないわよ。今日は非番だし」

「ふーん……」

「これを食べたら神殿に行くわ。朝のお祈りがあるの」

「お祈りねぇ……。そういえば、アーシアさんが一日十回祈りを捧げるとか言ってたけど、マジなのか……?」

「この前みたいに、ダンジョンに潜ってるとかでもない限り、それくらい祈ってるわよ。私とお父様、それにお母様は、朝昼晩の三回ね。神星教はこの一日三回のお祈りを信仰生活の中心としてるの」

「へぇ……。別に、十回祈らないとダメとかじゃないんだな」

「そうね。でも、観想的信仰の教徒は、それこそ時間の許す限りお祈りしてるわよ。姉さんもわたしと同じ活動的信仰の教徒だけど、宿舎や神殿で職務に当たるころが多いから、時間を見つけては、わたし達の分までお祈りをしてるのよ」

「え、人の分まで祈ってるのか?」

「ええ。利他的精神ね。姉さんや観想的信仰の教徒達が、沢山のお祈りをエリシオン様に捧げることで、地上で生きる多くの生命いのちに等しく加護がもたらされるの」

「なるほど……。あのさ、俺もお祈りに行った方がいいのかな? 神星教団ここで世話になってるわけだし」

「昨日の夜も言ったけど、別に気にする必要はないわよ。英雄なんだからドンと構えてなさい。でも、興味があるなら一度くらい行ってみれば? 信徒以外の参列者や見学者も歓迎してるから」


 フィオーラはそう言うとお茶を一口すすった。

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