第三章 少女・キクロプス

1.エンシェント姉妹

 ダンジョン探索から帰還した日の夜——。


 俺は宿舎の食堂で食後のお茶を飲んでいた。

 アーシアさんとガリオンさん、それにフィオーラも一緒だ。


 食後のお茶はオレンジみたいなすっきりとした甘さのフレーバーティーだった。

 お茶受けと食後のデザートを兼ねた一口サイズのスコーン……みたいな焼き菓子もある。


 ダンジョン探索の報告書レポートは、既にランディさんが作成してガリオンさんに提出したそうだ。


 俺はダンジョンから宿舎に戻ると、風呂にも入らず夕飯の時間まで寝て過ごした。

 ちなみに、帰りの馬車(近くで待機していた神星教団の人が迎えにきてくれた)で爆睡こいてた俺を、ランディさんがベッドまで運んでくれたらしい。後でお礼を言わないとな。


 ランディさんは俺をベッドまで送り届けると、そのまま星騎士修道院に戻って、報告書の作成を始めたらしい。なんというタフネス! さすが、星騎士修道会副会長だ。


 夜まで寝たおかげで、疲れはだいぶ取れた。怪我らしい怪我はしてないので、治療の必要はなかった。


 昼飯を抜いたから、メチャクチャ腹が減っていた。猛烈な勢いで夕飯を平らげる俺を見て、アーシアさんが慌てておかわりを用意してくれた。今日の夕飯は肉と野菜のブラウンシチューだった。ちなみに、具材の肉はなんの肉か知らない。まさに謎肉。


 リッチキングのザックに続いて、アンデッド自動召喚装置ことカースドレギオンとも契約を結び、俺は死霊術士として着実にレベルアップしている。……ような気がする。霊視と霊聴の常時発動も収まり、ザックの魔力を武装化することで直接戦闘能力も獲得した。自分の体質——「確率的ゾンビ」の原理もなんとなく分かってきた。これは、いよいよ、死霊術で無双ができる日が近付いているのかもしれない。しれない?


 いいことばかりではなく、気になることもある。

 アドラ・ギストラと邪教徒のことだ。

 ダンジョンの高位アンデッド——ダークスペクターの発生事件には邪教徒が関係していた。これは間違いない。

 カースドレギオンが何か知っているかもしれないと思ったけど、ザックの工房から引っ張り出されてすぐにあのダンジョンに配置されたようで、記憶メモリーからこれといった情報は引き出せなかった。


 大広間の祭壇にアドラ・ギストラの魔力が残っていたことはガリオンさんに伝えた。

 あとで、再度、調査団を編成して大広間を調べるそうだ。

 神星教団としては、さすがにザックの言葉を鵜呑みにはできないようだ。


 アドラ・ギストラと邪教徒は、神星教のシスターを介して、エリシオンの残りの力を得ようと考えている。各地のアンデッド大量発生事件は、神星教のシスターを誘き寄せるためのエサである可能性が高い。他の神殿のシスターにも注意を呼びかけた方がいいだろう。


 致命的な事態になる前にこちらから打って出る必要があるけど、敵の本拠地が分からないのでは、動きようがない。どうしても後手に回ってしまう。


 さてと、どうしたものか。


 俺達はティーカップを傾けながら、そんな話をしていた。



 ☆ ☆ ☆ ☆



 食後のお茶が終わると、アーシアさんは夜のお祈りがあるらしく、宿舎の自室に戻った。ガリオンさんは星騎士修道院で仕事の続きをやっつけるそうだ。


 俺は図書館で借りた本と灯りライティングを封じ込めたマジックランタンを持って、庭の四阿で読書をしていた。


 読んでいるのは、テラリエルの歴史について書かれた本だ。司書さんおすすめの一冊だった。


 四阿はテーブルに置いたマジックランタンが放つの柔らかな光に包まれている。強過ぎず、弱過ぎず、読書にちょうどいい光量だった。


「タカマル、ちょっといい?」


 庭の暗がりからフィオーラが声をかけてきた。

 左目に蝶の眼帯をした銀髪の少女は、俺の返事も聞かずに対面の椅子に腰をかける。


「ダンジョンで姉さんのことを守ってくれてありがとう」

「おおう?」

「みんなが離れ離れになったとき、姉さんの手を握ってくれたでしょ。それに、カースドレギオンだっけ? かなりヤバそうなヤツとも戦ってくれたじゃない。姉さんから聞いてるわよ」

「ああ、その話か。手を握れたのは、アーシアさんが俺の名前を呼んでくれたからだよ。そうじゃなきゃ、反応できなかったと思う。カースドレギオンと戦ったのは……まぁ、やるかやられるかの瀬戸際だったからな。たまには、英雄らしいこともしないと」


 まぁ、俺だけならなんとか逃げられたかもしれないけど、まさか、アーシアさんとランディさん達を置いていくわけにはいかなかったしな。あそこは戦う以外の選択肢はないだろ。


「あら、臆病で痛がりなのに頑張ったのね」

「……褒めるか貶すかはっきりしろよ」


 俺の苦情にフィオーラはクスクスと楽しそうな笑い声を上げる。


「ねぇ、タカマル。憶えておいて。人間はね、名前を呼んだからといって、必ずしもその人に手を握ってもらえるとは限らないのよ」

「ふーん……。そうなのか?」

「そうよ。だから、ありがとう」


 そう言って、フィオーラは微笑んでみせる。

 サファイア色の右目が、ランタンの光に照らされ、優しく揺れている。

 どうして、フィオーラがそんな表情をするのか、俺にはよく分からなかった。


「そうだ。フィオーラも気を付けた方がいいぞ。邪教徒は神星教のシスターを狙ってるようだし」

「わたしはシスターじゃなくて星騎士だもの。関係ないわ」

「アーシアさんの妹ってことは、召喚の儀式を受け継ぐ由緒正しい血筋なんだろ? 狙われる可能性がゼロとは言い切れないぞ。用心した方がいいんじゃねーの?」


 俺の言葉に、フィオーラは小さくため息をついた。


「その心配もないわね。わたしと姉さんは血が繋がってないから。お父様とお母様ともね。わたしは養子なのよ」

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