10.屍体蒐集にはうってつけの夜
俺は右手の
轟、という音とともに発生した衝撃波が、前方のゾンビ達をまとめて吹き飛ばした。
これが魔力の武装化か……。なんちゅー破壊力や……。俺は心の中で感嘆する。
「ア、アーシアさん、巻き込まれないように気を付けて!」
「だ、大丈夫です! 防御していますので!」
アーシアさんは魔術の盾を展開して、既に防御態勢を取っていた。
俺はそれを横目で確認すると、大鎌を二回、三回と振り抜き、周囲のゾンビを次々と薙ぎ払う。
音に反応したゾンビの群が、ターゲットをアーシアさんから俺に切り替える。
ゾンビどもを引き付け、大鎌を水平に構えたまま俺はその場で一回転。
不死者の群れが、人間ミキサーと化した俺に斬り刻まれる。
その肉片は、俺の体をマントのように覆う黒い炎に触れると、焼けた鉄板に水をかけたような音をたてながら消滅した。
うし、これならイケるか!? と思った矢先。
祭壇の近くに空間の歪みが発生した。俺はそれを知覚する。
ザックの力を身に纏った影響で、魔術的な感知能力が向上しているのだ。
そして——。
ゾンビ達が呻き声を上げる。
まるで、その「何か」の降臨を祝福するように。
そいつは、巨大な球体だった。
赤、橙、緑、紫、青、灰、黒……。不気味な明滅を繰り返しながら、表面をマグマのように煮えたぎらせている。
時折、そこに、人間の顔のような模様が浮かび上がる。
その表情は、悲しんでいるようにも、苦しんでいるようにも、誰かを憎んでいるようにも見えた。
そいつが。
自分の体から、ボロボロと大量のアンデッドモンスターを産み落としている。
無数のゴーストにゾンビ、スケルトン、ミイラ男、
あの球体型のモンスターが、このダンジョンで発生した
「アーシアさん、討伐目標の高位アンデッドって……!?」
「
目の前のモンスターは、確かにゴーストに見えないこともない。ないのだけど……。
「ですが、暗黒怨霊に他のアンデッドを産み落とす力があるだなんて話、聞いたことがありません……」
やっぱり違うようだ。アーシアさんが光の盾の向こう側から、困惑の声を上げている。
『あれの名は、
「く、詳しいんだな!?」
俺はカースドレギオンとやらが産み落とすアンデッドの群れを、片っ端から大鎌で切り裂きながら聞く。
『当たり前だ。あれを作ったのは私だからな。体内に小型の
ザックの突然の告白に俺は思わず絶句する。
「ど、どうしてそんなもん作ったんだよ!?」
『なに、不死の研究の一環としてな。新しい命の在り方として作成してみたのだ。おそらく、
「使用料とかセコいな!?」
脳内でザックにツッコミを入れながら、目の前のデュラハンが振り下ろす大剣を横っ飛びでかわす。
そこに、スケルトンとミイラ男が襲ってくる。
俺はミイラ男が伸ばしてきた包帯を大鎌で切り裂く。
スケルトンが自分の頭を取り外し、ボールのように投げてきた。なんだ、そのギャグ漫画みたいな攻撃は!? 俺は鎌を前方で回転させ、すっ飛んできたスケルトンの頭を防ぐ。
「タカマル様、後ろ!」
アーシアさんの声。
俺は背後から襲ってきたゾンビを後ろ足で蹴り飛ばす。
「さすがにキリがないぞ……! ザック、自分で作ったならアレの対処法は分かってんだろ!?」
『簡単だ。体内の門をぶった斬れ。稼動に必要な魔力もそこから供給している』
「異界の門って斬れるものなのか!?」
俺はデュラハンの大剣を今度はジャンプで回避。身体能力飛躍的にが向上しているので、図書館のフィオーラみたいな無茶な動きが可能だった。
空中の俺に、亡霊達が突撃してくるが、とっさにマント状の黒い炎を翻して防御。炎に触れた亡霊は消滅した。
『封印の扉の時と同じ発想で問題ない。複合呪怨体は一方通行の出口だ。主が自身を入り口であると定義すれば、位相干渉の要領で消去できる』
「でも、おかしくないか? デュラハンから発生した門は、俺が触れても消えなかったぞ」
俺は地面に着地すると、ダッシュでゾンビ群に突っ込み獲物を振り回す。
ゾンビとスケルトンが派手に吹っ飛んだ。
『それは、主が自身のあるべき形を定義しなかったからだ。あの時は混乱してそれどころではなかっただろ? 主は入り口であり出口であるが、自己を定義しない限りは、そのどちらでもない』
確かに、アーシアさんの手を握るのが精一杯で、細かいことを考えている余裕はなかった。あまりに突然のできごとだったからだ。
「図書館で触手の攻撃を受けた時は完全に不意打ちだったけど!?」
『それは我らが姫君の加護だ。即死級の攻撃は主が意識しなくても自動的に防御が働く』
「なんかメッチャ便利な能力だな!? まさにチートスキル!」
『どうかな。例えば、不意打ちで手足を斬り落とされ、そのまま治療できなければ失血死するぞ。頭や心臓ならともかく、手足への攻撃は即死級とは言えんからな。そして、異界の門そのものに害はない。当然、自動防御の対象にはならん。今後は、似たような
俺はザックと脳内会話を繰り広げている間も、カースドレギオンが吐き出す大量のアンデッドを大鎌で捌き続けている。もう、自分が何と戦っているのか分からなかった。それぐらい無我夢中だった。
武装化がいつまで保つか分からない。ザックのことだ、いきなり魔力切れとか言い出す可能性もある。早いとこ決着を付けないと……!
複合呪怨体がアーシアさんに向かって大量のアンデッドをけしかける。
これはヤバイ! 魔術の盾で凌ぐにせよ、ターンアンデッドを使うにせよ、数が多過ぎる! 百鬼夜行を通り越した、アンデッドモンスターの大海嘯だ!!
俺はまとわり付いてくる雑魚を蹴散らしながら、アーシアさんの元に急ぐ。
『……主よ。あいつと契約を結べ。屍体蒐集も死霊術士の仕事のうちだ』
アーシアさんの元に走る俺は、ザックからの急な提案に面食らった。
「このタイミングでそうゆうことを言うのか!?」
『今しかチャンスがないのだ。邪教徒どもはまだ主の存在に気付いてない。複合呪怨体はアンデッドだ。アドラ・ギストラによる契約妨害の術式が組み込まれる前なら、主の死霊術で契約できる。戦力としても申し分ないぞ』
「……理由はそれだけ?」
『自信作なのだよアレは。材料費も手間も掛かった。このまま滅ぼすのはもったいない』
「マジでセコいな……。でも、味方が増えるのはいいことだ! で、契約の仕方は? お前の時みたいに言葉でやり取りできる相手とは思えないけど……」
『死者を想え。その無念、嘆き、悲しみ、怨嗟の声に耳を貸せ。同時に、その声に飲み込まれるな。地上に留まる死者の呪いを、穢れを、飼い慣らし、使いこなしてみせよ。それこそが、死霊術士の存在意義なのだから』
俺はアーシアさんの前に躍り出て、カースドレギオンから彼女の身をかばう。
「タカマル様……!」
俺はアーシアさんの方に振り返ると、笑顔で親指を立てた。
「おいこらそこの怨霊野郎! アーシアさんじゃなくて俺を見ろ!!」
俺の言葉に反応して、球形のアンデッドに浮かんだ無数の顔が一斉にこちら見る。
俺はその視線を真っ正面から受け止めた。
それと同時に。
俺の中に、カースドレギオンの声にならない声が流れ込んだ。
それは、自分達の命を奪った世界に対する憎しみだった。自分達が二度と手にすることのできない日常を生きる人々への怨念だった。生命そのものへの憎悪とでも呼ぶべきものだった。……あと、自分達をこんな姿に改造したザックへの恨みもあった。まぁ、当然だな。
俺は、その全てを受け入れる。何故なら、俺は入り口だから。俺は自分をそう定義した。門を開いたなら、何もかも、全部、招き入れるしかない。
「オラっ! 入ってこいよ不死者ども、帰ってこいよ俺ん中! お前達の恨み、憎しみ、悲しみ、まとめて俺が飲み込んでやんよ! 恨み言でもなんでも好きなだけ付き合ってやるから、アーシアさんには手を出すな!!」
俺の言葉に応えるように、ダークスペクターの全身が強い光を放つ。その光が大広間を包み込む。
そして。
心臓のあたりに熱が生まれた。ザックと契約した時と同じ感覚だ。
やがて。
光が収まると、不死者の群は跡形もなく消え去っていた。
最初から、そんなものは存在しなかったとでも言うように。
まるで、悪夢から目醒めた時の気分だった。
「終わったのですか……?」
「そうみたいっスね……」
「タカマル様、先程の戦闘で、暗黒怨霊を倒していましたね」
「え、マジっスか!?」
アーシアさんの言葉に、俺はその場にヘナヘナとへたり込む。
必死だったから全然気付かなかったわ。
床に尻を付けると同時に俺の武装化が解除された。
うおっ、ギリギリじゃん!! だいぶ、危ない橋を渡っていたんだな。
「さっきまでのお姿は……?」
「えーと、死霊術の一種、です」
アーシアさんはとりあえずそれで納得してくれた。細かい説明は後だな。
先に離れ離れになったランディさん達を探さないと。無事ならいいけど……。
でも、さすがに疲れた。少しだけ休ませてくれ頼む。……と思った時だ。
「おーい、二人とも無事かーい!?」
入り口の方からランディさんの声が聞こえた。
イーサンとジョンも一緒だ。良かった。三人とも無事みたいだ。
とりあえず、討伐目標の暗黒怨霊を倒し、その召喚主は俺の仲間(?)になった。今回の事件に邪教徒が関わっているのも、ザックの言葉から分かった。まぁ、物的物証は見つからなかったけど。
ランディさん達とも合流できたし、これで、ミッションコンプリートだな。
俺達は五人揃ってダンジョンを出た。
百鬼夜行が徘徊する屍体蒐集にはうってつけの夜は終わりを告げ、外はもうすっかり朝だった。
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