7.アドラ・ギストラ

 俺とアーシアさんから幽霊の目撃報告を受けたガリオンさんは、もうこれ以上ないってレベルの難しい顔になった。


 ひとまず、司教のロッシオさんがいる神殿に向かうことになった。

 執務室のディスクで書類仕事をしていたロッシオさんに俺達が遭遇した怪奇現象を話すと、ただでさえシワだらけの顔をさらにシワくちゃにした。


「もう少し落ち着いてからと思っていたのだが、テラリエルとエリシオン様のおかれた状況を説明した方がいいようだな……。司教様、それでかまいませんね?」


 ガリオンさんの言葉に、ロッシオさんが白いヒゲをこすりながら、「それしかないじゃろ」と答えた。


 ガリオンさんは咳払い一つすると説明を始めた。


「現在、エリシオン様は、アドラ・ギストラと呼ばれる邪神を奉じる者達に、その権能ちからの一部を奪われているのだ。アドラ・ギストラは、善なる神々の清浄な力を汚し、その流れを反転させる。エリシオン様は、自身の司る【生命いのち】の権能を部分的に裏返され、【生命ならざる】力を発動させている状態だ」

「その【生命ならざる】力って、具体的にはどんな力なんですか?」

「エリシオン様が祝福する、正しい生と死の循環サイクルから外れた【生命ならざる】モノ——すなわちアンデッドを大量発生させる力だ」

「アンデッド……」

「タカマル殿が遭遇した亡霊ゴーストをはじめとする死霊系の魔物モンスターのことだ。もっとも、宿舎に現れた亡霊は、我々の感知に引っかからない程度のものだから、そこまで危険はないだろう」


 ガリオンさんがそこまで言うと、ロッシオさんが口を開いた。


「亡霊が凶暴化する可能性がないわけでもない。近いうちにワシの方で浄化の儀式を行おう」

「司教様、私もお手伝いします」


 ロッシオさんの提言にアーシアさんがそう申し出た。


「うむ、頼んだぞアーシア」


 老司教が大仰にうなずくのを見て、ガリオンさんは説明を再開した。


「エリシオン様の力が弱まったために、街の守護結界に綻びが生まれたようだ。本来なら亡霊など入り込めるはずないのだが、おそらく、結界の隙間を潜ってきたのだろう。このまま結界が弱まれば、より強力な魔物の侵入を許すことになるかもしれない。今、テラリエルの各地でアンデッドによる様々な被害が増えている。アドラ・ギストラはエリシオン様を信仰する我々だけでなく、テラリエル全体の問題になりつつあるのだ」

「テラリエルがアンデッドにメチャクチャにされる前に邪神と信者をなんとかして、奪われたエリシオンの力を奪還する。それが俺の役目なんですね?」


 俺の言葉にガリオンさんがうなずく。


 ザックリとした話はセイドルファーさんから聞いていたけど、こうやって細かい説明を受けると、真剣にヤバイ状況なのが伝わってくる。こんな大事なことは、最初にしっかり話しておいて欲しかった。まぁ、確率的なゾンビ状態だった俺がガチ死にするまで時間がなかったようだし、細かい事情説明ができなかったのもしゃーなしか。


「タカマル殿のスキルが死霊術ネクロマンシーであることに意味があったのだな。我々だけでは、この些細な異常に気付かなかっただろう。気付いたとしても、事態がもっと深刻化してからだったと思う。大事になる前に対応できて良かった」


 ガリオンさんの言葉にアーシアさんとロッシオさんが同意するようにうなずいた。



 ☆ ☆ ☆ ☆



 その日の夜——。


 夕食のあと、風呂に入った俺は、宿舎の庭で瓶入りの果実水を飲みながら風を浴びていた。


 昼と同じ四阿の椅子に腰をかけて、テーブルに置いたランプの光を眺めながら、虫の鳴き声に耳を澄ます。


 異世界生活二日目もイベント満載で少し疲れていた。

 何をするわけでもなく、一人でボンヤリと過ごす時間が欲しかった。

 

 そろそろ部屋に戻って寝ようかな。

 そう思って椅子から腰を上げかけた俺の目の端を、何かが通り過ぎていった。


 また、幽霊か……!?


 俺は何かが通り過ぎていった方にランプを向ける。

 何かは急に立ち止まると、こちらを振り向いた。

 

 ランプの光に照らされた顔に見覚えがあった。

 左目に蝶の眼帯をした少女——フィオーラだった。

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