8.図書館の奥のヤバイやつ
「あら、奇遇ね。こんなところで会うなんて」
「いや、それはこっちのセリフだから」
すまし顔で話しかけてくる蝶の眼帯の少女に思わずツッコミを入れてしまった。
ランプの灯りを受けて、腰まである白銀の髪が神秘的な輝きを放っている。ちょっと見惚れてしまう感じだ。
小柄な体は昼間と同じ濃紺のワンピースをまとっていた。
違いは、小さなバックを斜めがけにしていることぐらいか。
「また会えるかもとは言ったけど、まさかその日のうちに再会するだなんて……。明日は矢の雨でも降るのかしら?」
なんだよ、矢の雨って。そんなおっかいないもんが降ってたまるかよ。
「つーか、フィオーラ……さんこそどうしたんだよこんな夜遅くに」
時計がないので具体的な時間はわからないけど、完全に陽が落ちてから結構な時間が経っているはずだ。中学生ぐらいの女の子が出歩く時間帯ではない。まぁ、俺の世界の常識がテラリエにも適用されるかは知らんけど。
「フィオーラでいいわよ。年も近いみたいだし。わたしもタカマルと呼ばせてもらうから、遠慮は必要ないわ」
いや、どう見てもそっちの方が年下だろ。あと、ビミョーにエラそうなのがイラつく。
「ちょっと夜の散歩に……と言いたいところだけど、神殿の図書館に用があるのよ」
「こんな時間に? さすがにもう閉館してるだろ」
「そうね。表向きはそうゆうことになっているのでしょうね」
「なんだよ「表向きは」って」
「世界にはいろいろな
自分よりも年下のキッズにガキ扱いされて若干トサカにきたが、俺は年長者らしい鷹揚な態度で何も聞かなかったことにした。
「それじゃ、わたしは急ぐから」
「あっ、ちょっと待てよ!」
俺は走り出そうとするフィオーラを呼び止めた。
「何……?」
「俺も一緒に行くよ。女の子が夜道を一人歩きするもんじゃねーよ。あと、夜の図書館ってヤツにも興味がある」
俺の言葉にフィオーラは少し考え込むような顔をしてから、口を開いた。
「夜道は特に問題ないと思うけど、同行したいのなら止めないわ」
そう言うが早いか。
フィオーラが神殿に向かって駆け出した。
俺はテーブルにランプを置くと、慌ててフィオーラを追いかけた。
☆ ☆ ☆
夜の神殿。図書館の入り口前。
宿舎からの全力ダッシュでバテバテの俺に、フィオーラが冷ややかな視線を注ぐ。眼帯に覆われていない右目だけでもビシビシと突き刺さってくるのがわかる。
うっかりランプを置いてきたけど、月(でいいのか?)の光が強いのか、あたりの様子は思ったよりもハッキリと見えた。確かに、これなら夜道に不安はない。のかもしれない。
「タカマルって虚弱のモヤシっ子なの?」
「や、やかましいわ……! お前の足が速過ぎるだけだっつーの!」
何を食えばそこまでも健脚になるのか、小一時間ほど問い正したくなるような速さだった。高校の陸上部でもここまで速いヤツは居なかった気がするぞ。
俺は典型的な文化系男子なので、そこまで体力に自信のある方ではないが、陸上部よりも速く走る非常識なヤツに、虚弱だのモヤシだの言われる筋合いはない。断じてない!
つーか、異世界でモヤシっ子呼ばわりされるとは思わなかった。セイドルファーさん謹製(?)の言語翻訳機能は、どんな基準で言葉を選んでるんだよ。
「そうね。足の速さにはまあまあ自信があるわ……」
フィオーラはそうつぶやくと、マジマジと俺のことを見つめてくる。
どうせ、貧弱な坊やとか失礼なことを考えているに違いない。
「タカマルって、実は冒険者だったりする?」
モヤシっ子に冒険者がつとまるワケねーだろ! なんだ、その京都人みたいな遠回しの嫌味は。テラリエル人は長居する客にぶぶ漬けでも食わすのか?
テラリエル人と京都人の関係性はともかく、俺の詳細なプロフィールはひとまず教団関係者以外にはオフレコということになっていた。余計な混乱を招かないためと、どこに良からぬ輩が潜んでいるか分からないためだ。セキュリティ意識高めてけ! というのがガリオンさん達の考えだった。
「いや、天下御免の一般人だ!」
「なんで意味もなくエラそうなのよ。馬鹿みたい」
馬鹿とはなんだ馬鹿とは。あと、意味もなくエラそうなのはお互い様だろ。
「……一般人がどうして神星教の宿舎に居たのよ。あそこ、基本的には信徒以外の利用はできないはずだけど?」
「おっ、詳しいやんけ。まぁ、いろいろあって世話になってるんだよ。細かい事情はトップシークレットなので事務所を通して聞いてくれ!」
俺のケイハクな言葉に呆れたのか、フィオーラはオーバーな仕草で肩をすくめると、斜めがけしたバックの中をあさり始めた。
そういえば、アーシアさんかガリオンさんに一言断ってから出かけるつもりだったのに、フィオーラがいきなり走り出すものだから、何も言わずに飛び出してしまった。さて、どうしたもんか。やっぱり、後で説教されたりします?
「入るわよ」
気が付くと、図書館の扉が大きく開かれていた。
なにやらゴソゴソしていると思ったら、扉の鍵を探していたようだ。
鍵の管理を任されているということは、フィオーラは図書館の関係者なんだろうか?
「何してるの? 置いてくわよ」
俺はひとまず疑問を頭の隅にほっぽり投げて、フィオーラに急かされるまま、夜の図書館に足を踏み入れた。
さて、コインの裏ってヤツを見せていただくとしましょうか。
☆ ☆ ☆ ☆
「
扉の鍵を内側からかけたフィオーラが、祈るようなポーズで小さくつぶやいた。
すると、彼女の頭上に、小さな光の玉が生まれた。
「ス、スゲェ……! 魔法じゃん!」
異世界転移してから見た一番異世界らしい光景(一応、幽霊を目撃したがアレはノーカンとする)に、俺は思わず感動の声をもらしてしまった。だって、魔法だぞ。ヤベェじゃん!
「魔法……?
うおっ、別の意味でヤベェ。あまりハシャギ過ぎると俺の出自に疑問を抱かれてしまう。
「超過疎ってる超田舎村の出身だから、そうゆうのとは超縁がなかったんだよ」
「その割には流行りの服装をしてるのね?」
え、そうなの? アーシアさんが用意してくれた服を適当に着てるだけなので、流行とか全然意識してなかったわ。
「と、とにかくいろいろ事情があるんだよ! 察しろ!」
「はいはい。そうゆうことにしておくわ」
おうおう。そうしろそうしろ。キッズは素直なのが一番だ。
夜の図書館には、当然、俺とフィオーラしか存在しない。
あたりはしんと静まり返っている。
建物の中は月(仮)の光が遮られるので、外よりも暗い。
フィオーラは、魔法……じゃなかった、生活魔術だかなんだかの灯りで、周囲を照らしてみせるが、特におかしなものは見当たらなかった。
もっとも。
俺の
死霊術で獲得した霊視能力は、幽霊も実体のある人間も同じように肉眼で捉えてしまう。ガリオンさんの話によると、習得したばかりのスキルは、時々、スイッチのオンとオフがうまくいかず、常時発動状態になることがあるようだ。今の俺はこれに当たるらしい。スキルが馴染むと常時発動も自然とおさまるので心配ないと言われたけど、注意するにこしたことはないだろう。
「ついてきて」
フィオーラの言葉に従い、夜の図書館をどこまでも進んでいく。
「ここ」
図書館の奥の奥のそのまた奥。
本棚と本棚に遮られ、ちょうど利用者から死角になるような場所。
そこに、古びた鉄製の扉があった。
フィオーラは扉の前に立つと「やっぱり……」と小さくつぶやいて、考え込むような表情になった。
「ねぇ、タカマル」
フィオーラが俺の名前を呼ぶと同時だった。
目の前の扉が、音も立てずに開いた。
「!?」
隣に居た眼帯の少女が驚きの表情を見せる。
ハトが豆鉄砲を食らってもあんな顔はしないだろう。ちょっと面白かったので笑ってしまいそうになった。
まったく、笑っている場合じゃないのにな。
なにしろ俺の体は。
扉の向こうから伸びてきた、太い触手のような何かに貫かれていたのだから。
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