6.異世界転移霊感野郎
「さっそくなんですけど、質問いいですか?」
「はい、どうぞ」
俺の対面に座って、編み物を始めたアーシアさんが笑顔で答える。
彼女が持ってきた大きなバスケットには、編み棒と毛糸玉、それにクッキーみたいな焼き菓子と瓶飲料が入っていた。瓶飲料は神星教団の修道会が作っている果実水だそうな。ちなみに、エールの醸造とかもやっているらしい。
「テラリエルの創造神話を読んで自分なりにまとめてみたんですけど、あの神話って本当にあった話なんですか?」
俺はメモをアーシアさんに渡しながらそうたずねる。
「よくまとめてありますね……。もちろん神話なので誇張はあると思いますが、おおむね真実として受け取られていますよ」
アーシアさんは編み物を中断して、俺のメモに目を通しながら答えた。
「タカマル様の世界に神話の類は存在しなかったのですか?」
「いや、そんなことないですよ。特に詳しいワケじゃないけど、世界中に神話はあります。基本、作り話だと思われてますけど」
「作り話ですか……」
俺の言葉にアーシアさんが難しそうな表情を浮かべる。
「すみません。失礼なことを言ったなら謝ります」
「いえ、お気になさらずに。そもそも、住んでいる世界が違いますからね。そうゆうこともあるのでしょう」
アーシアさんは穏やかに微笑んで、編み物を再開した。
「それじゃ、質問を続けますね。神殿も宿舎もかなり立派ですけど、ぶっちゃけ神星教団てどれぐらいの規模の組織なんですか?」
「そうですね……。テラリエルでも最大級の宗教組織になります。ラスティア王国……私達の暮らすこの国の国教にもなっているので、信徒の数がとても多いんですよ。信仰対象のエリシオン様が【
「【生命】、ですか……?」
「ええ。言葉の通り、生き物の命ですね。他にも健康と長寿、結婚と出産を祝福し、命あるモノの進化を見守る女神とも言われます。テラリエルに生まれた命はあまねくエリシオン様からの【加護】を授かるのですよ」
「なるほど……。神話にあった最初の神様——テラルとグルルは信仰の対象にならないんですか?」
「信仰されていないわけではないのですか、例えば神星教のように、組織立った活動をすることはありませんね」
「へぇ、何か理由があるんですか?」
「その二柱は自然信仰に近い奉られ方をしますね。人間の手で教義化せずに、ありのままの姿で奉じるのがよしとされているのです」
俺はアーシアさんの言葉を部屋にあった万年筆っぽいペンでノートに書きとめていく。そういえば、図書館で借りたペンもこのタイプだったな。ファンタジー世界は羽ペンとかを使うものかと思っていたので、ちょっと驚いた。
「テラルとグルルを生んだ来訪者を信仰する人達は存在するんですか?」
「いいえ。来訪者はもうテラリエルに存在しないので、信仰の対象にはなりません」
「ふむん……」
俺はそこまで質問すると、瓶入りの果実水を一口飲んで、乾いた喉を潤した。
お、ちょっと生温いけど美味しいぞ。柑橘系の爽やかな味わいだ。
「よろしければ、クッキーもどうぞ」
アーシアさんが焼き菓子をすすめてくれる。てか、普通にクッキーって呼ばれてるのね、この焼き菓子。
俺は「いただきます」と一言断ってからクッキーに手を伸ばす。
のどかで平穏な午後だった。ここが異世界なことを忘れそうになる程度には。
天気もいい。雲一つない快晴だ。気温は少し涼しいぐらいで過ごしやすい。
季節的には秋にあたるのかな。
そろそろ、寒くなるのかも。アーシアさんはさっきから俺の質問に答えながら、ずっと編み棒を動かしている。マフラーかセーターを編んでいるのだろうか。この世界にマフラーやセーターがあればの話だけど。
庭には俺とアーシアさんの二人しか居ないようだった。
宿舎に寝泊りしている人達は何をしているんだろう。
そうだ、神星教の活動内容も、もっとしっかり教えてもらおう。自分が世話になっている人達がどんなことをしているのか把握しておいた方がいいよな。
あと、テラリエルとエリシオンに迫る危機が具体的にはどんなものなのかも聞いておかないと。これが分からないとマジで動きようがない。
「ん?」
庭に人が現れた。黒い服を着た女性に見える。
探し物をするみたいにうつむきながら、そのへんをウロウロしている……って!!
俺は口の中のクッキーを思いっきり噴き出しそうになった。
「志村……じゃなかった、アーシアさん、後ろ後ろ!」
「どうしたんですか、タカマル様?」
「アーシアさんの後ろに幽霊が居る!」
俺の言葉にアーシアさんが驚いたような表情を見せる。
「え、
いや、そう言われても、俺にはハッキリクッキリ見えている。真っ昼間から昨日と同じ幽霊の姿が俺には見えているっ!
「えーと、多分、
「そ、そうなんですか……?」
なんか、死霊術というよりかは、ただの霊感みたくなってきたな。
これじゃ、ホラー野郎ではなく霊感野郎だ。異世界転移霊感野郎。やっぱり、このスキルで無双をするのはちょっと無理があるのでは?
まぁ、俺はオカルト系のホラー映画やネット怪談とかも好きだからいいけどさ……って、今はそんな話どうでもいいんだよ!
「でも、確かにおかしな気配は感じますね……。あまりに微弱で見過ごしそうになりますが……」
「幽霊の気配を感知するためのスキルがあるんですか?」
「ええ。悪しきモノの気配を感じ取る特殊な知覚が。ただ、このゴーストはあまりにその気配が薄いです。タカマル様に教えていただかなくては気付かないほどに……」
「この幽霊に危険はないってことですか?」
「そうなりますね……。危険といっても、ゴースト程度なら苦戦することはないと思いますが」
「え、アーシアさんて戦闘もするんですか?」
少し、いや、だいぶ意外だった。
確か、ガリオンさんも荒事は星騎士修道会の仕事だと言ってたし。
「シスターも対ゴースト系の基礎的な戦闘訓令を受けるのですよ。戦闘といっても、ターンアンデッドで浄化することになりますが。ターンアンデッドの効果が薄い上位の死霊系モンスターは、星騎士修道会の星騎士が対応します」
アーシアさんが丁寧に説明してくれる。
「あっ」
そうこうしているうちに、女性の幽霊がどこかに消えてしまった。
現れた時と同じ唐突さだった。
「タカマル様……?」
「幽霊が、消えました」
「ひょっとして、タカマル様が退けたのですか?」
「違います。煙のように消えました……。昨日、食堂で見かけた時もそうだったんですよ」
「昨日の食堂、ですか?」
「はい」
「そういえば、食堂でメイドを見たとお話をされていましたが……」
「はい。本当に幽霊を見たのか自信を持てなかったので、念のため確認したんです。あと、食堂に向かう途中で男性の幽霊とすれ違いました」
アーシアさんがハッとしたような顔になる。
「食堂に向かう途中……迂闊でした。確かに、私もわずかな違和感を覚えたのですが、気のせいとだと思って、今まで忘れていました……。お恥ずかしい……」
そういえば、俺が男性の幽霊とすれ違った時に、アーシアさんは訝しむような表情で首を傾げていたな。彼女がうっかりスルーしたということは、あの幽霊も危険ではないってことなのか?
「このことは、お父様と司教様にもお伝えした方がいいですね」
「俺もそう思います。幽霊の件はもっとはっきり伝えておくべきでしたね……。すみません」
「いえ、タカマル様は召喚されたばかりで混乱されていたのですから、仕方がないと思います。私も見過ごしてしまったわけですし」
アーシアさんが俺を気遣うように微笑んだ。
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