3.シスター・アーシア
目が覚めるとそこは
俺はベッドのうえに寝かされているようだ。体には薄い毛布が掛かっていた。
上半身を起こして周囲を観察する。部屋の広さは十畳ぐらいか。ベッドの隣に小さな机と椅子が置かれていた。机の上には一輪挿しの花瓶があって、紫色の小さな花が飾られていた。
ベッドとは反対側の壁に、書物の並んだ本棚とクローゼット、一人用の黒いソファーが見えた。他に家財道具はないようだ。
椅子の背にショルダーバッグが掛けてあった。念のため中身を確認する。ハンカチとポケットテッシュ、食べかけのフリスク、財布、スマホと充電ケーブル。紛失物は特にない。
スマホのバッテリー残量は50%ほど。異世界じゃ充電はできないよな……。当然、ネットも繋がらない。ひとまず、電源は切っておいた方がいいな。
俺がバッグを椅子の背に掛け直した時だ。ガタ、と物の落ちる音が後ろの方から聞こえてきた。
恐る恐る振り返ると、そこにはカーテンの引かれた窓があった。
何の音だろう? と疑問に思いながら俺はカーテンを引いた。
「うわっ!」
つい大きな声を上げてしまった。窓の外を何かの影が過ぎったからだ。人間のようにも見えたけど、外の景色を見る限り、この部屋は二階よりも上にあるみたいだ。人間のはずがない。多分、鳥と見間違えたんだろうな。
俺は気を取り直すとベッドを出て本棚に向かった。そこから適当に一冊取り出して、パラパラとめくる。こいつ、読めるぞ……! 異世界の文字が理解できるということは、女神の【加護】が機能しているということか!? いや、本当にそうなのかは知らんけど!
俺の手にした本は、
この本棚に納められた本は全てエリシオンと神星教団に関係したものみたいだ。ラインナップの偏りが気になるけど、とりあえずもう何冊か目を通してみるか。これから先の行動指針を決めるためにも、情報は必要不可欠だ。
俺が本を数冊選んで机に持っていこうとした時だ。
コンコンと、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「お目覚めになられましたか?」
扉の向こうから女の人が声をかけてきた。
文字だけじゃなくて言葉もちゃんと理解できるようだ。
「ちょうど、目が覚めたところです」
「お部屋に入ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
扉が開かれる。現れたのは白いローブを着た女性だった。
年の頃は俺と同じぐらいに見えた。多分、十代の中盤ぐらいだろう。
肩ほどまであるふんわりとした紫色の髪と、白い肌のコントラストが目を惹く。
「はじめまして。私はアーシア・エンシェントと申します。神星教団でシスターをつとめるものです」
アーシアと名乗った女性が深々と頭を下げる。
「ええと、こちらこそはじめまして。
俺もつられて、深々と頭を下げる。
「まぁ、これはご丁寧に……」
アーシアさんが更に深く頭を下げる。礼儀正しいさすがシスター礼儀正しい。
「こちらこそ、ご丁寧に……」
俺もつられて、さらに頭を下げる。
「まあまあ、本当にご丁寧に……」
アーシアさんが、床におデコがつきそうなぐらいに頭を下げる……って、
「いくら何でも頭下げ過ぎィ!」
俺は思わず盛大にツッコミを入れてしまった。
「あらあら、これは失礼しました」
アーシアさんが屈託ない笑顔を浮かべながら言う。
「いや、いいんですけどね……」
この人、ひょっとして天然なんだろうか?
俺は若干ジト目になる。
「タカマル様、お体の具合はいかがですか?」
「特に問題ない感じですね」
「それは良かったです。ところで、お腹は空いていませんか? 食堂にお茶と簡単なお食事を用意したのでよろしければ。急にこんな所で目が覚めて、戸惑っていますよね? いろいろと説明しなければならないこともありますし……」
お食事、という単語を聞いて俺のお腹がグゥと鳴った。アーシアさんが「あらあら」と言いながら微笑んだ。うわ、恥ずかしい。そういえば、朝メシ抜きだったんだよな……。
「せっかくなんで、ご馳走になります。説明も受けないといけないみたいだし」
「では、こちらへ」
アーシアさんが笑顔で俺を促した。
☆ ☆ ☆ ☆
「この建物は神星教団の所有する、信徒用の宿舎なんですよ」
おのぼりさんみたいにキョロキョロしている俺をみかねて、アーシアさんがそう説明をしてくれた。なるほど、本棚の中身が偏っていたのはそうゆう理由か。
アーシアさんの話によると、俺はすぐ近くにある神星教の神殿から宿舎の空き部屋まで運ばれてきたそうだ。どうして俺は神殿なんかにいたのか。その質問にアーシアさんはこう答えた。それは、俺が異世界から召喚された英雄だからだ、と。
神星教団は、かねてより予見されていたテラリエルと女神エリシオンの危機に対抗するべく、古から伝わる英雄召喚の儀式を行った。遥か過去の伝承の時代に、この世界は異世界の英雄に救われたことがあるらしい。その時に執り行われた儀式をアーシアさんの家は代々受け継いできたそうだ。
彼女には悪いけど、おそらく、召喚の儀式は失敗に終わっている。セイドルファーさんはあの事故がただの偶然だと言っていた。だったら、俺が神殿に現れたことと、召喚儀式に因果関係はないはずだ。たまたまトラックに跳ねられそうになった俺が、たまたまセイドルファーさんに捕まって、そのまま彼女の頼みをきくことになった。そして、たまたま召喚儀式中だった神殿に転送された。それだけの話だ。まぁ、すごい偶然の連続だけど。
俺はセイドルファーさんの言葉を思い出す。
彼女は、偶然と必然を峻別することは不可能だし、意味がない。これから起きることは全て偶然であり、必然であると言っていた。
だったら、俺がここで目覚めたことにもきっと何か意味があるのだろう。俺はそう思うことにした。実際のところは分からんけど。
俺とアーシアさんの脇を、少しくたびれた感じの男性が無言で通りすぎていった。
アーシアさんが一瞬、怪訝な表情を浮かべたが、少し首を傾げると、元の柔らかな表情に戻った。
「この部屋です」
食堂には大きなテーブルと椅子がいくつも並んでいた。
黒っぽい服を着た女性がうつむきながらテーブルの間を移動している。いわゆるメイドさんと呼ばれる人だろうか……?
テーブルの一つに食事と飲み物が並んでいた。多分、あのメイドさんが用意してくれたのだろう。
食事の並んだテーブルには先客がいた。くすんだ金髪を短くカットした男性だ。俺やアーシアさんよりもだいぶ年上に見える。ティーカップを傾ける姿が様になっていた。
「やあやあ、異世界からの英雄殿。ご気分はいかがですかな?」
男性は俺の姿に気付くと、椅子から立ち上がり、気さくな調子で声をかけてきた。
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