第60回殺伐感情戦線【承認】 私に愛を

「ずっと一生にいようね」

「うん」


 小鳥の囀りのような声色をした少女。

 その容姿もまさに『美少女』を体現化したに等しい。


 白銀の瞳に長い睫毛が影を落とす。

 人形みたいな端麗で小さい顔に、薄く口角が上がった桜色の唇。

 透明感のある白磁色のきめ細かい肌が彼女の細身の肉体を包み込み、月白の髪は月光の光を纏う。

 一糸一糸が生命を宿しているかのように生き生きと光り輝き、彼女の背中を優しく包み込む。


 息を吞むほどに彼女は美しく、愛らしい。


 私はいつも彼女に見惚れてしまう。

 きっと、何度だって恋をする。

 瞬間瞬間に私は彼女に恋し続ける。


 この胸の高まりはきっと偽物じゃない。

 本物の「心」の証。


 私達は約束をした。

 ずっと一緒にいると。


 私はもう彼女に逆らうことは出来ない。


 彼女、天野川愛歌は私にとって白馬の王子様。


「大丈夫。貴方は私が守ってあげる。私に勝つことなんて誰にも出来ないわ。だって、私は真理を知っているもの。根源者だもの」

「うん」


 ――――根源知覚者。

 ――――世界最強の魔術少女。


 生まれながらに真理を知っている者。

 根源たる源を源流を辿らずとも先天的に知覚している者。


 好きな人に愛されるということがこんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。

 一緒にいるだけで幸せだなんて知らなかった。


 だから、私にとって。

 そして、愛歌にとってこの世界は不要なものだ。


 全てはその根源たる超越的意志によって決められる。


 歪な存在。

 宇宙の恐怖的存在であり、観測者であり、「パンドラの箱」の開封――原罪――以前の悪が悪とされる以前の時代にこの世に棲んでいた超自然生命体。

 恐怖の具現化。神にも等しい存在。


 ――――根源的恐怖。


 それが眼前に表出したモノ。


 ―――――――――――――――――――――

「お姉ちゃん!」


 姉の愛歌の姿を見る。

 が、姉は一瞥も私の姿を見てくれない。


 抱擁している相手はあの女――恋歌――だ。


「やっぱり」


 彼女達の前に何かいる。

 認識するよりも前に本能が反応した。


 ――恐怖。


 言語化が不可能な感情。

 動物の本能。


 間違いない。


 あれが話にあった根源存在者。


 世界を破壊に陥れる根源。

 倒すべき敵。


 私は戦わなくてはいけない。

【守護者】として。現界と霊界を繋ぐ【巫女】として。

 そして、天野川愛歌の妹として。


 世界の危機に世界は均整を取るべく一人にその責任を押し付ける。

 彼らの肉体には刻印スティグマが刻まれ、称号を与えられる。


 破壊されんとする世界の反作用として、世界に導かれし救世主。

 それは均衡しようとする世の摂理。


 例えば、【英雄】。例えば【賢者】。例えば、【守護者】。例えば、【破壊者】。例えば、【導き手】。などなど。


 左手に埋められた刻印スティグマは【守護者】の称号。

 ――――盾の刻印スティグマ


 世界の敵として。

 世界を仇成す宿敵として私は彼女を討つ。


「現界せよ」


 それは【再構築】・【治療】・【癒し】を司る者。

 ――――大天使ラファエル。

 異界の存在を己の身に宿す。


「お姉ちゃん!」


 術者を倒せば幾ら人智を超越した存在でも現界にその身を保つことは出来ない。


 私が目指すのは唯一つ。


 恐怖に打ちのめされそうになるも、勇気を振り絞る。


 これは人類の命運が懸かっている戦いだ。

 だから、私は負けるわけにはいかない。


 まだ、この恐怖存在は完全体とはなっていない。

 不完全でいる今しかチャンスは無い。


 叫んでも、叫んでも姉は私の方を見てくれない。

 彼女が見ているのはいつもあの人。

 私の方を見てくれたことなんて一度も無い。


 太刀を鞘から抜き取りもう一度、胸の奥から彼女の名を叫ぶ。


「おねえちゃん!!」


 けれど、その声は儚く宙に消散し、届くことはなかった。

 お姉ちゃんの世界に私はいない。


 腕が黒煙のようなものと化し消失する。

 が、天使の力で直ぐに「修復」する。


 地を蹴り宙を駆ける。


 ――――一閃。


 刃が煌めく。


 寸刻の時が止まる。

 恋歌の首が重力に従って落下する。


「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ。恋歌。大丈夫よ。私が直してあげるからね」


 一瞬、魔素マソ反応が起こる。


「な…………ん‥…………………」


 いつの間にか恋歌の首に頭が付いていた。


「あれ? 今私……」

「恋歌ぁ」


 愛歌は恋歌にぎゅっと抱き付く。


 何事も無かったかのように。

 この女はいとも容易く肉体と魂の再構築を成したのだ。


「好きよ。恋歌」

「うん。私も好き」


 抱き締め合う二人。


 呆然と二人を見守る。


 ああ。やはり、全てこの女が悪いのだ。

 全て。何もかも。


 お姉ちゃんを狂わせたのは全てこの女だ。


「お姉ちゃんはいつもそう。私のことなんて見てくれない。いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもその女のことばかり!! お前が!! お前がお姉ちゃんを!!!!」


 ―――慟哭。


「なんで私のことを見てくれないの⁉」と雄叫びを上げる。


 憎悪が、嫌悪が、頂点に達する。

 胸の中に収めていた感情が噴火する。


 斬る。

 憎いこいつの首を何度も。何度も何度も何度も。


 斬る度に地面に、私の服に、お姉ちゃんの服に血痕が付着する。


 その度に姉は恋歌の首を治す。

 私では姉には勝てない。


 どんなに血に塗れてもお姉ちゃんは妖艶な表情を浮かべたまま。

 恋する少女の顔をしている。


 私の憧れだったのに。

 昔からどんな魔術も出来て、勉強も運動も出来た私の憧れのお姉ちゃん。


 お姉ちゃんは突然いなくなった。

 寂しくて、孤独で。

 だから、【守護者】として選ばれた時は嬉しかった。

 敵がお姉ちゃんだと知った時は嬉しかった。


 だって、私の方を見てくれると思ったから。

 だから、どんな試練にも苦難にも耐えることができた。


 でも、お姉ちゃんは私のことを見ることは一度も無かった。


 私は世界の救世主じゃない。

 守護者でもない。


 私は――――。


「お姉ちゃん」


 お願い。

 私を見て。


 どれだけ努力しても、どれだけお姉ちゃんに恋焦がれても、きっと彼女は私のことを見てくれない。

 彼女が見ているのはいつもこの女。


 二人は再び抱き合い、キスをする。


 私に出来ることなんて何も無い。

 いつだって、私は姉に比べられて。


 お姉ちゃんが掌をかざすと、何も無い空間から扉が表出する。

 異界への扉だ。


「それじゃ、行こ」

「うん」


「まって。お姉ちゃん!!!!」


 二人の世界に私はいない。

 お姉ちゃんの中に私はいない。


 ああ、行ってしまう。

 私にはどうすることも出来ない。


 二人は永遠の時の中へ。

 永遠に二人の世界へ。


 私を一人置いてけぼりにして。


 化け物と私だけが現実世界に残された。

 術者がいないから消すことは容易だ。


 だけれど、世界を滅ぼす因子になることには間違いない。


「さよなら」


 化け物に刀を突きさし、天使の力で【修復】する。


 これで私は晴れて英雄。

 晴れて世界を救った救世主となった。


 されど、私に救いは無い。


 お姉ちゃんがいないこの世界に私の生きる意味も意義も無い。



















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