第38回殺伐感情戦線 【川】彼岸と此岸渡る者の罪は何処へ

「お姉ちゃん。」

「はいはい。」


 由美はとても可愛い私の妹だ。

 10歳以上も離れた姉妹だからかもしれない。


「なんか、夢みたい」

「なんで?」

「だって、お姉ちゃんが生き返ってくれたんだもん」

「ふふふ。だって、由美の為だもの。由美と一緒にいる為なら、何回死んでも生き返って見せるわ」

「怖いよお姉ちゃん」


 ふふふと笑い合う。

 由美は可愛い。

 妹だからというのもあるけれど、


「お姉ちゃん、ずっと一緒だよね?」

「もちろんよ。もちのろん。由美と私は運命共同体だもの」


 分かっている。

 由美が見ているのは彩子だって。


 私なんか微塵も眼中に無い。

 でも、いや、だからこそ彼女を手にする事が出来た。


 彼女は姉の彩子に恋をしていた。


 姉妹だからというしがらみなんて、由美は全く気にしていない様子だった。


 どちらにしろ死んでくれて良かった。

 生きていたら、私はいつか彼女を殺していたから。


 私は彩子の誕生日に由美の姉になると決めたから


 ――――

「お姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!!!!!!」

 阿鼻叫喚が室内に響き渡る。


 葬式なんていう


 両親の姿はない。

 もう、亡くなっているからだ。


 原因は事故と聞いている。

 そして、唯一血が繋がっている姉もまた、事故で亡くなった。


 今、彼女に身寄りは彼女の母方の祖父母のみ。


 私はずっと由美ちゃんが欲しかった。

 私は親友の妹に恋をしていた。


 でも、私の側にいるのはいつも彩子ちゃんで。

 あの甘えた声で彩子ちゃんの気を引いて。


 もっと私を見て欲しいのに。

 もっと私と一緒にいたいのに。


 でも、それも今日で終わり。

 由美ちゃんの体も心も全て私のものにする。


「由美ちゃん」

「お姉さん、お姉ちゃんと一緒にいた人?」

「そうだよ。ねぇ、お姉ちゃんに会いたい?」

「うん」

「そっか。それじゃ、お姉ちゃんに会わせてあげる」

「ほ、ほんと!?」


 絶望の中に沈む彼女の心の中に私と言う一筋の希望を見せる。


「ええ。本当よ。私、死霊術師ネクロマンサーだから。おばあちゃんにも話は通しているから」


 それは嘘だけれど。

 でも、彼女の生前のデータがどこに保存されているのかは知っている。


 政府サーバーから彩子のデータが入ったチップにアクセスすればいい。

 普通の人間ならそんなことをしたら人格を乗っ取られてしまうけれど、死霊術師ネクロマンサーはそうならない為の訓練を受けている。


 今じゃ、死霊術師ネクロマンサーはとても重要な仕事の一つとなっている。


 精魂チップに記録されるデータは、登録者の生理データから、行動、思考、感情など多種多様だ。

 それら全てを記録し、死後に残留思念を読み取り、アンドロイドにコピーしたり、映像化して思い出として残す。そんな仕事をするのが死霊術師ネクロマンサーの仕事だ。


 時には警察と協力することもしばしばある。

 死人が死ぬ直前の様子や、遺族に最後伝えたかったことなど。


 死人との交流が可能な死霊術師ネクロマンサーの需要は現代鰻登りに上がっている。


 死霊術師ネクロマンサーとなるためにはそれなりの精神衛生管理技術が必要になる。その為の訓練は並大抵のものではない。

 他人の人格をインストールするということは、他人の人格に自分の体を乗っ取られてしまう可能性もあるわけだ。


「ほら、上がって」

「おねえさま。おねえさま。おねえさま――――」


 正直、彼女の精神状態はよろしくない。

 だからこそこのチャンスを逃す訳にはいかないのだ。


 居間へ案内し、ここで待っているように告げて二階へ上がる。

 部屋に戻ると、ヘッドギアを頭に装着して政府のサーバーに接続。


 彩子の国民ナンバーを確認してインストールをし始める。

 インストールを終え、精神世界へと没入ダイブする。


「彩子……」

「桃子。ごめん。わたし……死んじゃった。でも、桃子が私を蘇えらせるって信じていたから」


 無垢で純粋な瞳で彼女は話しかけてくる。


 やめろ。

 そんな風に私を見るな。

 気色悪い。今にも吐き気がしそうだ。


「大丈夫。由美ちゃんは私が面倒をみるから」

「うん。任せたよ。ねぇ、桃子。今でも私のこと恨んでる? 憎んでる? 私、桃子のこと好きだったんだよ。でも、桃子は私じゃなくて由美の方を好きになっちゃって。私はずっと遠くから貴方を見ていた」

「噓つき」

「嘘だなんてそんな……」

「それじゃ、なんで由美の好意を受けとめたの。なんで拒否しなかったの。知っていたくせに。私が由美ちゃんのことが好きだってことも。由美ちゃんが彩子のことを好きだってことも何もかも。何もかも把握して理解しておいて由美ちゃんの好意を拒絶しなかった。それどころか受け止めた。なんで。なんでなの?」


「それは……」

「そんなに言いにくい? それとも気付かないふりをしてるだけ? それなら私が言ってあげる。それはね、妹の好意が恋愛感情なんかじゃなくって姉妹愛だって信じたかったからよ。心の底では信じている癖に。自分のエゴで由美ちゃんを騙し続けた」

「騙すだなんてそんな……」

「騙しているわ。偽物の姉妹を演じているのを見ると吐き気がしたわ。自分の姉と言う立場を利用して自分の置かれた状況と心に目を瞑っていた。そうでしょ?」

「だから私のことが憎いのね。嫌いなのね」

「ええ。そうよ」

「そう」


 ほうぅ、とため息を吐いて俯く。

 何もかもを諦念したかのような深い嘆息。


「嫌われていると分かっていても受け止めたいの。私は。だって、親友だもの。それが実の妹で恋愛感情を持たれていたとしても同じ。あの子は妹で私はあの子の姉だから」


 また綺麗ごとを言って。

 そんなだから悪人に騙される。

 そんなだから禍に巻き込まれる。


 私は綺麗事を言うような人間は嫌いだ。


「そう。あの子は貴方に会いたがってる。会わせてあげて。私は彩子のことが嫌いだけれど、会ったらきっと喜ぶから」

「で、でも……」


 口の中でもごもごと言い淀む。


「彩子だって会いたいでしょ。自分の愛する妹に」

「そ、そりゃそうだけれど」

「彩子は私と一緒にいる。私と由美ちゃんは一緒に住んで、由美ちゃんは死んだはずの姉と一緒に暮らす。最高のシナリオじゃない」

「たしかに」


 彼女を何とか言いくるめて人格を入れ替え、一階に降りる。


 居間には正座をして礼儀正しく座って待っている由美の姿があった。


「ただいま。由美」

「ああ。お姉さま。お姉さま。本当にお姉さまなのですね」


 由美ちゃんは抱き付いてきた。


「そうよ。貴方と血を分けた姉よ」


 そっと優しく背中に両手を回すと、由美も私の背中に強くしがみ付いてきた。


「お姉さまお姉さまお姉さまお姉さまお姉さまお姉さまお姉さま」


 泣きじゃくる彼女の栗色の髪が生えた艶の良い頭を優しく撫でる。

 ああ、こうしていれば由美ちゃんとずっと一緒にいられる。

 ずっと。ずっと一緒に。


 ———————


 それから今に至るという話だ。

 私は彼女の姉を――――彩子—————を演じることで一緒にいることが出来た。


 あの子は今も夢の中にいる。

 屍者に憑りつかれたままだ。


 生者はいずれ死者と分かれなければならない運命にある。

 いつまでも死者に憑りつかれてはいけないのだ。


 死者とは、過去の亡霊の存在のことを言う。

 死者に憑りつかれれば、生者は過去に魂を置いたままになってしまう。


 でも、それでいい。

 彼女の夢は覚めることはない。

 私が夢から目覚めさせない。


 彼女が好きなのは彩子であって私ではない。

 荒野に降り積もる雪のように、寂寥感が心の中で蓄積されていく。

 その正体も分かっている。


 でも、私にはこれ以外の方法が思いつかないから。


 そう。

 この子は私無しでは生きてはいけない。


 彼女には生贄ならぬ死贄になって貰った。


 さて、最初は人格を入れ替えていたが、データは消去して今は「桃子」として由美と接している。

 けれど、染みついた「由美」の面影を拭うことはできない。

 あの女が私の中にいる。


 普段生活していると仕草や口癖が由美と一緒の時がある。

 自覚した時吐き気がする。


 あの女と一緒だなんて。


 けど、由美のためなら我慢できる。

 結局、私も彼女の亡霊に憑りつかれているんだ。

 彼女の死によって今の関係があるのだから。


 —————彼岸と此岸。

 決して交わってはいけない隔たり。


 死霊術師ネクロマンサーは常にその間に立たされている。

 死んでいるのか生きているのか分からない。


 本当は生きているのかもしれない。

 本当は死んでいるのかもしれない。


 肉体も精神も唯の情報体に過ぎないのではと。

 肉体は魂の入れ物に過ぎないのではないかと思ってしまう。


 その川を行き来する私たちは禁断の行為に踏み出してしまったのかもしれない。


 死者と交わる生者の執念ほど恐ろしいものはないとこの仕事をして痛い程分かっていたはずなのに。

 死者の鎖から生者は逃れる事はできないのだろうか。


「お姉さま」

「なあに、由美」


 今日も日常と非日常が交差する。


 さて、今日の私はどちらの私なのだろうか









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