第37回殺伐感情戦線 【壁】殺意の中で恋は実る

 金属音が奏でる死の乱舞。刃が交わる度に、舞い散る火花が暗闇を明るく照らす。

 二つの影は電光石火の如く地を踊る。


 殺意のみの純粋な世界。

 二人だけの世界。


 片手にナイフを持った短髪の少女と、刀を持った長髪の少女。

 二人共、藍色の和服姿をしている。


 二人ともお互いを知らない。

 ただ、犯罪組織の暗殺者と政府の暗部に所属するというだけ。

 二人は生きてきた背景が全く異なっているにも関わらず、お互いを完全に理解していた。


 そう。


 それは刃を交えた時の手の感触や刃の当たり具合、相手の表情や呼吸の具合から二人は、一生同じ生活をしてきた双子の姉妹よりもお互いを良く理解していた。


 二人の殺気のみが空間を支配する。

 二人は戦うこと以外お互いを理解する術を知らない。


 なぜなら、刃は――――争いは————時に言葉よりも雄弁に自分を語るからだ。

 今まで鍛え上げてきた肉体と戦闘技術のみが己の生き残る術だ。


 ナイフを逆手に握った少女は、壁を使って立体的に移動し、敵を攪乱させ、の電光石火の如く速さから繰り出される斬撃は、敵に痛みを与えることなく冥土へ送る。


 対し、刀を持った少女は鍛え抜かれた抜刀術と剣術より、ナイフの少女の連撃を華麗に受け流していた。彼女は目で戦ってはいなかった。殺意の気配と勘を頼りに執拗に斬撃を繰り出してくる少女の攻撃を受け止めていた。


 常人の眼には何が起こっているか分からないであろう。

 神話の時代の英雄の如き超人たちの戦闘。


 完全なる二人の世界。

 二人は空間を支配していた。


 二人の間に壁など無かった。

 恐らく、時代と背景が違えばいい親友になれただろう。

 一生分かち合える友人となり得た事だろう。


 しかし、今の二人にはそんな安寧の時間など必要ない。


 二人はこの時間を何よりも楽しんでいた。

 彼女達は殺し合うことでお互いを理解しようとしていた。


 殺意のみが二人を突き動かす。


 二人は孤独だった。


 どれだけ仲良しでも離れて行ってしまう。

 人間は死ぬときは誰だって孤独なのだと二人は幼いながらも知っていた。

 人は結局のところ、孤独から離れることはできない。


 趣味も家族も友人も所詮、孤独を紛らわすための遊戯に過ぎないのだから。


 だからこそ、せめて誰かの側にいたいと思った。

 二人は殺しを通して孤独を紛らわした。


 けれど、どれだけ人を殺しても殺しても殺しても、孤独の渇きを潤してくれる人間は出てこなかった。


 そこで二人は出会った。


 純粋な殺意は二人の渇きを潤してくれた。

 10000年来に会った勇者と魔王のような感動の出会いだった。


 この人なら自分を殺してくれると。

 殺されても良いと思える相手にやっと巡り合えることが出来た。


 例え家族でも幼馴染でも拭えない『他人』の壁を壊すことはできない。


 でも、二人はそんな壁を壊してくれる人に幸運にも巡り合えることが出来たのだ。

 正に、奇跡の出会い。


 幾千もの星々の中で、二人は奇跡の出会いを果たすことが出来たのだ。


 死の空気が充満した部屋で殺し合いをする二人の少女。

 刹那の油断と対応が死を招く毒素の空間。


 二人は嬉しかった。

 自分を殺してくれる人間がいてくれたから。


 真に自分を理解してくれる人間がいてくれたから。

 言葉のみでは理解出来ない殺意の領域。

 達人のみが到達することが許される領域で二人は殺し合う。


 ナイフと刃で二人は会話する。

 一瞬交える刃で感じる相手の人間の温もりと殺人者としての冷たい視線。


 離れたとき僅かな寂寥感を感じる。


 これは恋と言っても良いのかもしれない。


 鼓動の高鳴りは戦闘によるものか。

 それとも、恋をしているからか。


 殺意は恋にもなる。

 殺意と恋はよく似ている。


 二人の初恋は戦場で始まった。

 殺し合いで始まった。


 二人の斬撃は留まることを知らない。

 甲高い金属音と足音が奏でるハーモニー。


 壁を使ってナイフを持った少女が刀を持った少女に接近する。

 ナイフで切り裂くと思いきや、膝が刀を持った少女の顎に炸裂した。


 脳が震える。


 その一瞬の隙を見逃すはずが無かった。

 喉笛目掛けて突き出された短剣が風を切る。


 刀の刃で防ごうとするが間に合わないことを悟った少女は、彼女の胸を突く。

 右足で軌道を防ぐものの、刀の勢いは収まらず。

 刃は心臓を貫き、ナイフは喉を掻き切った。


 静寂が訪れる。

 殺意と殺気が闇に溶ける。


 冷たい、冷え切った瞳で見つめ合う。


「あなた……名前は?」


 刀の少女は首からヒューヒューと笛を吹かせながら尋ねる。


百合籠友里恵ゆりかごゆりえ。あなたは?」

百合籠智ゆりかごとも

「そっか」


 友里恵は安堵した柔らかな表情で微笑む。


「私達、そういう関係だったのね。道理で」


 記憶はないけど、二人は世界で一番の理解者成り得る存在だったのだ。


 二人は抱き合い、絶命する。


 そこに殺意はあったのか。

 それとも無かったのか。

 それは本人たちのみが知ることだ。













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