第34回殺伐感情戦線 【孤独】 孤独の観察者

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「誰か!!!! 誰か生きている人いますか!!!!」

 絶望の中、時刻の中、叫ぶ俺がいた。


 返事は無い。

 荒野と化した都市の中心で一人立ち尽くす。

 焼け焦げた人と建物の臭いが充満する。


「なんで……なんでこんな事に」


 茉莉花は何も悪くないのに。

 それなのに大人は彼女を利用した。


 いや、正確には茉莉花の開発した技術を使って戦争を起こした。茉莉花は利用されただけの存在。


 彼女は言ってみれば『天才少女』だった。

 なのに、茉莉花が戦争に自分の技術が利用されると分かっていないはずが無かったのだ。それなのに、なぜ超電磁砲なんて造ってしまったのか。


 太陽光を利用した超電磁砲――――陽光電磁砲ソーラーレールガン――――を発明したことによって、彼女は国に追われ、その身を囚われた。


 茉莉花が何をしているのか。生きているのかすらも私には分からない。

 もう、数年間見ていない。


 私はなぜ、生き残ったのか。

 なぜ、ここにいるのかすら分からない。

 彼女のいない人生など、私にとっては死も同然なのに。


 青白い一条の光が天を貫く。

 上空を仰ぐと天使が降りてくるのが見えた。

 その姿に私は見覚えがあった。


「茉莉花……」


 背中に鋼の翼を背中に生やし、肉体に鉄鋼を纏った茉莉花が目の前に現れた。


「久しぶり。美乃梨」

「茉莉花……」


 数年来の想いが、感情が胸の奥から込み上げてくる。

 もう、色々言いたいのに。

 沢山言いたいことがあるのに。


 口から嗚咽が、目から涙が漏れるばかりで。


「もう、しょうがない子だね。美乃梨は」


 いつもと変わらない笑顔と声色で語り掛けてくる。

 見た目は変わってしまったのに。


 ———————————

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「っ…………」


 意識が戻ると、まだ授業中だった。


「またか……」


 最近ずっとそうなのだ。

 いや、百合香が行方不明になってからずっとこのような出来事が起こっている。


 それは突如として現れる。

 夢のような世界で、自分と全く異なる人間なのに、自分と同一人物の存在となって、とある経験をする。


 その全ての体験が鮮明でリアルだ。

 白日夢というやつだろうか。

 しかし、私の白日夢は起きている時も突如として現れるので勝手が悪い。今の所何も事故とか遭ってないからいいけれど。


 今回は茉莉花が兵器にされる夢だった。

 夢は毎回違う。


 彼女が死んでからずっとそんな不思議な出来事が続いている。

 いや、正確には行方不明になっているだけなんだけれど。

 私は彼女が生きていると信じている。

 今も、この世界のどこかで生きているはずなのだと信じている。


 授業が終わると、真っ先に帰宅した。

 茉莉花が死んで私に生きる理由も糧も無くなった。

 私は一体、何を希望にして生きていけばいいのか。

 もう、いっそのこと神様が異世界に飛ばしてくれたらいいのに。


 制服のままベッドに寝そべり目を閉じると、茉莉花との楽しい思い出が想起する。

 一緒に砂浜や人形で遊んだこと。

 中学の時に両想いだってことが分かってクラスメートや家族に秘密で付き合ったこと。

 始めてしたキスのこと。

 始めてしたセックスのこと。


 彼女との思い出は私の「初めて」で溢れていた。

 結婚して、それからもずっと彼女に私の「初めて」を奪って欲しかったのに。


 ———————————

〈 Real: 1048596__File:1962〉0.20102053


 今度は研究所のような所に私はいた。

 かなり切羽詰まっている様子だ。


 私は今の状況を瞬時に理解する。

 この世界で茉莉花は死んだ。

 私は彼女が生きていると信じて探した。ずっと探し、死んだ茉莉花を探し当てたのだ。

 彼女はデータとして生き残り、AIとなっていた。

 彼女を発見した場所がこの研究所という訳だ。


 そこで私は彼女から衝撃的な事実を突きつけられたのだった。


 それは、私達が住んでいる世界が、私たち自身が創られた存在だということ。


 にわかには信じ難いことだけれど、彼女が言うにはこれが現実らしい。


「だからと言って、私たちにはどうすることも出来ないんだけれどね。私たちが『生きている』ことには変わりないんだから」

「でも、そんなのどうやったら分かるのよ。私たちが人工的に創られた存在だって」

「これよ」


 そう言って彼女が取り出したのは、とある機械だった。

 それは六方晶系形の水晶の形をしており、蛍光に似た光を虹色に発していた。


「それは?」


「これは、創世記からある記録する機械。アカシックレコードと呼ばれるものよ。世界の魂を記憶して現実世界が元に戻った時に人の魂を肉体に還元する為の要となる装置でもある」

「肉体? それじゃ、私たちのこの体は何なの?」

「それも量子コンピュータによって創られたものでしかないわ。私たちが目にしているもの全てそうよ。どの世界に行っても同じ。私たちはこの世界に閉じ込められているわ。でも、この世界が『創られた世界』だと証明するものは何一つとしてない。アカシックレコードから導き出されるこの答えもそれなんだよ」


「アカシックレコード?」


「アカシックレコードっていうのはね、『世界智』とも言われているものだよ。この世の全ての現象を記録しているもの。私たちの親たちが、地球に、故郷に帰る為に必要としているこの世界を記録し、制御する為の量子コンピュータ。それが、アカシックレコード。貴方の脳に植え付けた平行世界記憶装置や、私の使っている平行世界転移装置もアカシックレコードをハッキング、応用したものなんだよ」


 平行世界記憶装置?

 平行世界転移装置?

 彼女は一体全体何を言っているんだ。


 彼女の口から発せられる非現実的な言葉に頭が追いつかない。


 彼女の桜色の唇から発せられる言葉は、、子供が大人に自慢する時のように自信に満ち溢れていた。


「なんでそんなこと……」


 彼女は白磁のような滑らかな頬を紅く染め上げる。その表情は恋する少女そのものの姿だった。


「私はね、美乃梨が欲しかったの。美乃梨の魂が欲しかったんだ。その為に、頑張ったんだよ。魂と体を分裂させて、海原の如き永遠に広い平行世界を漂う美乃梨の魂を探知機で頑張って探したんだよ。魂は情報体だから。体から離れると拡散するんだよ」


「魂は情報体って……」


 魂はそんなに物質的なものだったのか。

 情報体という言葉が脳内に反響する。

 人間の体が、脳が、心が、機械論に帰結する事を私は恐れている。


 怖いのだ。

 意識というものが、人の自我というものがただただ一つの法則によって成り立っているということが。

 何かに従って従属しているだけということが。


 それは人形になり下がれと言っているようなものだ。

 私は認めたくなかった。


 人は、自分の意志で物事を判断し、自分で自分の人生を選択し、決断出来る存在ということを証明したかった。


 けど、もうその願いは神に届かない。


 私の住んでいる世界の神は冷たい神だった。


「生物の肉体情報と精神情報というのはね、別々のものでは無いんだよ。相互的に影響し合っているんだ。特に人間という生き物の精神情報は非常に複雑にできてるんだけれど、平行世界記憶装置によって、精神体のみを取り出すことに成功したんだ。これで、平行世界へと移動する魂——精神情報体——を取り出すことが出来るんだよ。ねぇ、私が何十回。何百回平行世界に移動したと思う?」


「茉莉花?」


 彼女の声は静謐そのものだったけれど、その中に彼女の秘めた野獣のような重圧を感じた彼女はもう、私の知っている茉莉花では無い。目の前の彼女は茉莉花じゃない。いや、元々私の知っている彼女はいなかったのかもしれない。


「ずっと、ずっと寂しかったんだよ。美乃梨がいないから。ずっと、探してたんだよ」


 彼女との距離が近づいてくる。

 歩を進める度に首元につけている銀製のネックレスが揺れる。


 幼稚園の頃に撮った写真が入っているロケットペンダント。

 十字架の刺繍が刻まれたロケットペンダント。


 いつから私たちはすれ違ってしまっていたんだろう。

 それは多分、二人でロケットペンダントを交換したあの日から既に私たちは違う景色を見ていたんだと思う。


「これはね、私達が私達でいるために必要なことなんだ」


 今まで小鳥の声のように感じていた彼女の落ち着きのある彼女の声は、今では万年雪の中彷徨い歩く雪女のよう。


「美乃梨はさ、ずるいよ。たくさんの友達が出来て。私はこれがあったから今までやってこれた。恋人でいられた。でも、どんどん私と離れていく実乃梨が怖かったよ。ずっと一緒にいるって約束したのに。言ってくれたのに。実乃梨は私と一緒に歩いてくれなかった」


 置いていかれていたのは私の方だと思っていた。

 でも、実際は違ったんだ。


 私の方が茉莉花を置いて行ってしまっていたのかもしれない。

 私と茉莉花じゃ歩く速さが全然違った。


 私は茉莉花に寄り添えてなかった。

 私は茉莉花の右腕でいることは出来なかった。


 だからこれは私の罪だ。

 だからこの罪は私が受けなければならないんだ。これは茉莉花から私への愛と罰なんだ。


 ごめんね。茉莉花。


 これからはずっと一緒だから。

 ———————————

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 とある個室で、一人の少女が一人語りかけていた。

 自分の右腕を見つめながら。

 彼女の右腕には、首と同じロケットペンダントを装着していた。


「やっと、捕まえることが出来たね」


 首元のロケットペンダントには二人の幼女が笑い合う姿が映っていた。

 右腕のペンダントには、左側の少女の顔が黒く塗られていた。


 今日も日常は変わらない。

 非日常なんてものは存在しない。


 その日は二人の少女が感動的な再会をした日だった。

 そして、今日も変わらず昼休みはやってくる。


「茉莉花、一緒にお昼ご飯食べよ!!!!」

「うん。良いよ。美乃梨」


 これはきっと、二人の素敵なハッピーエンドだ。

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