第32回殺伐感情戦線 【沈黙】 私たちだけの箱庭の中で
私たちに言葉は必要無い。
だって、私たちは心が通じ合っているから。
感情も、思考も全て通じ合っているから。
分かるよ。
貴方の気持ち。
不安で仕方が無いんだね。
いつ殺されるかも分からないんだもん。
そりゃ、当然だよね。
でもね、私は貴方を殺したいんだ。
貴方を殺したくて、殺したくて仕方が無いんだ。
貴方がそうやって私の殺意に怯えて生きていくのが私にとっては気持ちいいの。
逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて。
私が貴方を追いかけてあげる。
どこまでも、どこまでも。
だって、私とあなたは以心伝心なんだから。
言葉だけじゃ限界だから。
言葉で自分を伝えることは限界だから。
だからこの『Mind』が必要になった。
人の脳と脳を接続して思考、感情を通じ合わせる技術。
私と貴方の魂は繋がっている。
貴方の心が私の魂に伝わってくるよ。
どうしようもない切迫感、心臓がはち切れそうなくらい恐怖と不安に怯えている貴方の心。貴方の心臓の鼓動さえも聞こえてきそう。
ああ、ゾクゾクしちゃう。
もっと、私に怯えて。
心と体を震わせて。
もっと、魂をあなたと通わせたい。
『なんで、梨花。私は、ずっと友達だと思っていたのに』
『私も愛華のこと友達だと思っていたよ』
『だったら、だったら、なんなの。なんで私を殺そうとするの』
『友達だからだよ。私は、愛華のその恐怖に怯えた顔が見たいの。友達だから、私をさらけ出せる唯一の友達だから……』
『いや、いやだよ。こんなの。友達じゃないよ』
馬乗りになって、陶器のような白い首筋に手をかけ、ゆっくり、ゆっくりと力を込める。
彼女の痛みが、苦しみが、私の中に流れ込んでくると同時に、快感も感じる彼女がいることを私は知る。
私は知っている。
あなたと魂が繋がった時から私は知っている。
私が梨花の心の多くを占めていることが。
梨花が私の事を好きだということが。
『あ……ぐ……あ…………いか』
私の心も梨花に伝わっている事だろう。
なぜなら、私達は一つだから。
誰も知らない二人だけの秘密。
『ほら、このままじゃ梨花死んじゃうよ』
『やだ。まだ、まだ死にたくない』
悲壮に満ちた表情で懇願してくる彼女は、お金をねだってくるスラム街の人のようで見ていて滑稽だった。
『それじゃ、やることは一つだよ』
『いやだ。好きな人を殺すだなんて私……』
『私の事好きじゃないの? 私以外何もかも捨ててきたくせに。私は殺したいほど梨花を愛しているのに』
『あ、あ、あ、ああああぁぁぁ!!!!』
首筋に梨花のひんやりと冷たい手の平の感触がした。頸動脈が、気管が締め付けられる。
『う……く…………』
私達は私たちの愛を確かめ合う。
苦痛こそ、悲鳴こそ愛の証。愛を確かめるための最高の手段。
脳がぼっーとしてきて、気持ちいい。
やっと、やっと、心だけじゃない。体を通じ合わせる事が私達は出来たんだ。
「梨花、もっと、私を受け入れて。心も体も私に委ねて」
彼女の耳元で優しく、愛撫するような声色でそっと囁く。
んっ、と感じた彼女の頬は林檎のように紅く染まり、こちらを吸い込むような漆黒の瞳は潤っていた。
私の苦しみはあなたの苦しみ。
あなたの苦しみは私の苦しみ。
胸の奥から沸き起こる罪悪感も、興奮も、哀情も、私達のもの。不思議な一体感が私を——《私達》を——支配していく。
このまま私を殺してしまいたい。
私は私をこの手で殺してしまいたい。
私の手で殺して欲しい。
これは誰のものでもない。
私だけの、『私達』だけの感情。
魂が溶け合い、《私達》が《私》になる。
これこそ究極のセックスの形。
肉体では成し得ない霊魂セックス。
私は私自身が憎かった。
梨花も憎かった。
どうしてこんなにも苦しいのか。
それがようやく分かった。
それは、私達が他人だからだ。
私は貴方が羨ましかった。妬ましかった。
私の心を奪う梨花が。
梨花の心も私で占められていたのに、距離が離れていく。
それが怖かった。
恐ろしかった。
私から離れて欲しくなかった。
私は梨花とずっと一緒にいたいのに。
梨花も心の底ではそれを望んでいると分かっていた筈なのに。
私たちの距離は離れていくばかり。
私たちの心は繋がっているのに。
それを梨花は他の友人を沢山作ることで埋めた。
それがなによりも許せなかった。
心細かった。
私のいるはずの心を他の人で埋めようだなんて。
そんな浮気私は絶対に許せない。
でも、今は違う。
私は貴方と一緒になれる。
《私》なんていらない。
梨花と一緒にいられるなら、一緒になれるなら、自分なんて必要無い。
寧ろ、とても心地いい。
だって、私達は本当の意味で一つになれるんだから。
他の人なんていらない。
魂を貴方に委ねるから、貴方も貴方の魂を私に委ねて。
そうすれば、私達は一緒になれる。
唯一無二の《私》に。
「梨花、分かるでしょう。私達が一つになる感覚が。あなたの中に私の全てが流れ込んでくるでしょう。私と梨花の感情が、思考が一つになるこの一体感。私達、やっと一つになれるんだね」
「うん。そうだね」
《私》が希薄になり、別々であるはずの《私達》が一つの《私》へと重なっていく。
形容しがたい統一感と一体感が魂を襲う。
私の想いは貴方よりも強い。
だから、私は貴方を支配する。
例え、《私達》が《私》になったとしても、その想いは強く、無意識に沈殿し、一つになった私達は共有し合う。
これは私たちだけの秘密。
誰にも邪魔出来ない私だけの想い。
箱庭の中で花を愛でるようにもっと、私の心を、魂を締め付けて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます