恋のラビリンス

 タピオカドリンクを椅子に座っている江奈に渡す。彼女は美味しそうにそれを飲むが、私はあまり好きじゃない。つきそうになる溜め息をストローで飲み込んだ。溜め息の理由はべつにタピオカじゃなくて、今何処かで楽しそうにしているであろう先輩だ。

「まさか、断られるなんて……」

 もう何回目かの呟き。先輩と遊ぼうと思った時に遊べないのは初めてだった。江奈は少し呆れている。

「凪津、それ何回目?」

「分かんない」

「テストに全力投球だった理由はこれか、って思ったけどね」

「……うん」

「もういっちゃえば?」

「な、何を……?」

「告りに行くの!」

「え、何で」

「先輩が好き。付き合いたいっ……違うの?」

「嫌いじゃないけどさぁ……付き合うどうこうって」

 小学校の時の厄介事があるため、凪津は”好き”や”付き合う”という単語には抵抗感があった。でも江奈は、むしろ好意的に感じているみたいだ。

「江奈は今誰かと付き合ってるんだよね」

「そうだけど」

「どんな感じ?」

「それは体験してみないと」

「ええー」

「恥ずかしくて、上手く言えないからさ」

 顔を赤くしながらも江奈は笑顔だ。その純粋な表情にこちらまで恥ずかしくなる。そうして凪津が顔を背けた先に彼が居た。

「せ……先輩!?」

「な、凪津、危ないよっ」

「わっ、とと。ありがと、江奈」

「うん。で、どうしたの?」

「あっち、あっち。眼鏡の……!」

 指を指した先に居る数人の学生達。その中で眼鏡を掛けている男は1人しか居ない。江奈も見つけたのか、あの人かと呟いた。時刻は今は12時。お昼には丁度良い時間帯だし、目の前のレストランに入るんだろう。江奈を見ると頷いてくれた。


「むむむ」

「江奈?」

 ドリンクを取ってくると江奈が先輩の方を向いて唸っていた。先輩達は男4人に女2人。男1人が誰か女2人の端に座らなければならない。と思っていたのに、どうしてか先輩が2人の間に座っている。どうしてそうなったの?

「凪津、落ち着いてね」

 邪魔をしたりはしない。多分あれは合コンのフリで、先輩が女役をしてるに違いないよね。うん。やだな、あの先輩。あ、少し会話が聞こえそう。江奈と目を合わせ耳を澄ませた。

「正二、なんかモノマネやってくんね」

「じゃあ女の子のとかは?」

「お、面白そう」

「女の子? ……じゃあ、後輩のモノマネを1つ」

 ジュースを少し噴き出す。今聞こえた後輩というのは……まさか。

「んん、あー、あ……今日は眼鏡を掛けてるから誰にもバレない、よねっ」

 江奈に全力で止められる。恥ずかし死ぬ。恥ずか死にそう。なに言ってんのあの先輩!?

「なにそれ」

「だから、後輩のモノマネ」

「俺ら以外に女子の知り合いが居たのか」

「女声の上手さよりそっちの方が驚き」

「え……正二くん、その子と付き合ってるの?」

「いやべつに」

「ま、そうだよな」

「それよりさ、あの____」

 今すぐに問い詰めたいところだけど、目の前には先程置かれたドリアがある。


 3時間は経過した。今は居るのは公園で、先輩達はベンチやブランコに座って話していた。

「もう解散しそうだね」

「うん。付き合ってくれてありがと、江奈。__あ、映画のこと忘れてた」

「私も今日は楽しめたし、映画はまた今度で全然良いって」

「ありがと」

「それよりもあっちの方を頑張りなよ。もしあの先輩と友達でいたいとしても、彼女が出来ると遊ぶ機会なんて全然無くなるから」

「そんなに?」

「彼氏彼女ってそうなの。浮気を疑われた時はめんどくさかったよ」

 今も話しているあの人。クラスメイトらしい彼ら彼女らは先輩とかなり親しく見えた。それを見ている今の私は、浮気を疑う彼女……? 

「あーないない。好きとかそういうのはやっぱり面倒だよ」

「……そっか。私は帰る。またね、凪津。ばいばい」

「うん。ばいばい」

 江奈に手を振って見送る。先輩達の方も今別れていた。がしかし、先輩は女の子と2人きりになって歩いていく。他4人はそれぞれ別々の方向に行っているのに。偶然帰り道が一緒の方向なのかも、うん。江奈、今日という日はもう少し長く続くみたい。


 ちらちらと風にあおられる帽子が気になる。今にも飛んで行ってしまいそうだ。風は強くなってきており、女の子は片手をずっと帽子の抑えに使っている。先輩が手を差し出した。数秒固まったあと、女の子は少し笑って手に持っていたバッグを渡そうとする。その瞬間に強い風が吹いた。飛んでいきそうになった帽子を先輩が掴む。

「……かっこい」

 そう素直に思ってしまった。先輩は帽子を女の子に渡すと何事もなく歩き出す。女の子の方は帽子を目深に引っ張り立ち止まっていた。先輩が振り返って何かを言う。女の子は慌てて側に行き、また横並びに帰り始めた。そうして並ぶ2人の間は先程までよりずっと近くて、何かの拍子に互いの手が触れてしまいそうだ。

 別れ道で先輩が立ち止まった。やっと2人は別れる。そう思ったのに、あの女の子は先輩を追い掛けた。


 取られる。


 そんな実感が急に湧いてきた。握り締めていた服の裾をゆっくりと離す。

「私って……」

 先輩が……好き……?

 誰も側には居ない。誰も続きの言葉を聞かない。それなのに怖くて続く言葉は音にならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る