20:魂削りの競技大会
目がちかちかするような意匠の一座たちに囲まれて待機することはなんとなく心細い気がしたが、七色孔雀虫や寄生堕天使の翼をあしらった衣装をかき分けてこちらへ向かってくるパンドクラを発見し多少はその気分も紛れた。
「顔を隠すの、持ってきてくれた?」
ロハノはそのなじみの魔物使いに訊ねた。彼女はうなずき、断末魔の苦悶に満ちた表情の、想像を絶するほど趣味の悪い仮面を渡した。
「わたしのおじいちゃんのデスマスクよ」
「呪われてないでしょうね。これ」ロハノはあまり手を触れないようにしながら矯めつ眇めつ見てみた。
「外せなくなったら困る」
「それしかないの」
「しかたないか」
ロハノはため息をつき、しぶしぶながらそれを顔につけた。白衣じみた服装と相まって、いかにも真夜中に裏路地を徘徊しているような狂人の立派な一員に見えた。
「わたしたちの出番はまだ先。わたしの芸が終わってから出てね。わかった?」
ロハノは両手をあげて応えた。
「来てくれてありがと。うれしい。百人力。きっと優勝間違いなし」
すると両手を彼は下げてしまった。目立つのは困りものなのだ。
会場付近に林立した怪しげなテントでは、優勝者を予想する賭けが行われていたが、万年準優勝のパンドクラは比較的安定した掛け率だった。
しかし今年はなんだかよくわからんおまけがついたということで、下馬評ではたぶんダメだろうと言われていた。
「それをひっくり返してやる。あんたがどれだけぶっ飛んでるのかを教えてやってね」
できればひっくり返らないでもらいたいものだとロハノは思っていた。
ただちょっと、冷めつつある魔法への視線や熱狂を、自分が少しでも盛り返せればそれでいいのだった。
どこかで銅鑼が鳴った。観客の歓声は爆発のよう。大会が始まった。
出場者の多くがパンドクラのような魔物使いであるようだった。
数と派手さの両面から観客の興奮を煽り立てることができるから、優勝狙いに最も適した職業であるとされていた。
ただ難点としては大ざっぱになりがちで、芸術点を稼ぐことが難しいことがあったので、それを補うようなパートナーを伴って出場する一座も多かった。
自分もそのように観客には見られるのかな、とロハノは思った。
さすがにこの大舞台まで勝ち進んできただけあって、ロハノたちより先に演技したどの一座も、それはそれはすばらしいものだった。
毎年反射的にパンドクラの誘いを断るうち、どうせくだらないものだろうという偏見が、彼のうちに根付いていたらしい。
反省する思いで、ロハノは間もなく自分自身がそこで観客を楽しませなければならないのだということも忘れて、そうした演技の数々に魅入られていたのだった。
とにかく観客の興奮を勝ち取れればいいと考えているようで、それぞれが派手な演目を考え出していた。
連れてきた<極大山脈の巨人>とその主である自分自身が戦闘を行い、会場全体を戦いの振動で三センチも地盤沈下させた魔物使いの戦士もいた。
母親の胎を角で突き破って生まれてくるという超凶暴な<仇討ちのブル>を五頭も解き放ち、その真ん中で闘牛めいた体さばきを見せるものもいた。
この魔物の角には生まれつき不可思議な魔力が宿っていて、見た目よりもずっと広い範囲にまで攻撃が届くのだったが、観客席からはその範囲がどれくらいかまったく見えないため、いつマタドールが突き飛ばされてしまうかと非常にはらはらさせられるのだった。
興奮のあまりうわごとを口走りながら自席の上で飛び跳ね、邪魔だと上下左右の観客からリンチにあって殺されるものまで現れ始めるほどだった。
あの魔物にはロハノ自身もさんざん苦労させられ、折られた骨や潰された臓器は両手の指で足りないほどであったため、演技者の実力が相当なものであることがわかるすぎるほどにわかるのだった。
その後も、観客席を飛んでいた虫を射抜いてあたりの客を仰天させたすばらしい腕前の射手のエルフや、めったになつくことのない<一人うさぎ>を百羽も連れてきて自在に演技させてみせたドワーフや、下着一枚で灼熱の体を持つ<炎雷林の四足竜>を火傷ひとつ負わずに打ち倒して見せた戦士など、次々ととてつもない演技が繰り広げられた。
しかしついにロハノとパンドクラが次という段になっても、一人として魔法を演目に組み入れたグループは現れなかった。
「まさかわたしが白けさせるなんてことないよねえ?」ロハノはパンドクラに訊ねた。
「それだけならまだしも、こんなにみなさん興奮しております。リンチにあって死ぬんじゃないでしょうか」
「そのときは返り討ちにしなさい」
パンドクラはロハノの肩をばしばし叩いた。彼はそのために脱臼した。外された肩をはめるのは何年ぶりのことだろうかと彼は痛みに顔をしかめつつ考えた。
「あ……ごめん」
「いいよ。そう言えばきみは昔からこうだった」
「しまいにはみんな肩に詰め物をしてたっけ」
「うん。ありゃダサかった」
ロハノは改めて観客席を見渡す。全員が今にも卒倒してしまいそうなほど顔を真赤にしている。
「ごきけんだね」
「わたしたちがもっとごきげんにしてやるのよ」
「そのとおり。覚悟しろ。演技が終わるころには全員お陀仏」
「その意気。その意気」
そしてもう一度肩を叩きそうな気配がしたためロハノは地面を転がって距離をとった。下から見上げると目が合った。彼女が言った。
「さ。われわれの出番であります」
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