第4話 由貴の北帰行までの道のり
駅前の居酒屋で真一と由貴は夜の宴を始めた。
由貴「それじゃあ、出会いとこれからの旅が無事楽しめますように、乾杯」
真一「乾杯、お疲れ様です」
2人は生ビールが入ったジョッキで乾杯した。
由貴「あー美味しい」
真一「長距離移動の後のビールはうまいっすね(笑)」
由貴「美味しそうに飲むね(笑)」
真一「でもオレ、
由貴「うそー? そんな風に見えないけど…」
真一「ホンマですよ」
由貴「そうなんだ。なのに生ビール飲んでる(笑)」
真一「乾杯程度しか飲めないですよ」
由貴「おもしろいね、真一くん。あ、真一くんって、“しんちゃん”って呼ばれてる?」
真一「えぇ、まぁ…」
由貴「ねえ、これからは“しんちゃん”って呼んでもいい?」
真一「いいですよ」
由貴「やったね。ありがとう、しんちゃん(笑) あ、私は由貴でいいよ、呼び捨てで」
真一「オレ年下なのに?」
由貴「旅に年齢は関係ないでしょ。五分五分の間柄じゃなきゃ(笑)」
真一「でも、オレから見たら“お姉さん”なので、さすがに呼び捨てはちょっと…。由貴ちゃんではアカンかなぁ?」
由貴「しょうがないなぁ…いいよ(笑)」
真一「ありがとう、由貴ちゃん(笑)」
由貴「ところで、しんちゃんはどうして仕事辞めたの?」
真一「上司がオレにだけ冷遇だったから…。所謂“パワーハラスメント”っていうやつですかね…」
由貴「嫌気がさしたから…?」
真一「それに、自宅近くの営業所に将来的には転勤して帰れるようにするって聞いてたのに、それどころか、京都の本社へ行くかもしれん…って行ってきやがったので、頭に来て辞めたんです」
由貴「そうだったんだ…。それで北帰行?」
真一「現実逃避は間違いないけど、北帰行というより、生まれて北海道なんて行ったことが無かったから、この際、北海道へ行こうと思ったんです」
由貴「そうかぁ…。私とはちょっと事情が違うなぁ…」
真一「けど、由貴ちゃんはなぜ彼氏が由貴ちゃんの親友と…ってわかったの? こんな美人のお姉さん、彼氏が冷遇するわけないのに…」
由貴「そんなことあるのよ。彼氏とデートで待ち合わせしてて、トイレに行きたくなったから、待ち合わせ場所の近くにトイレがあって、行こうとしたら、トイレの前で彼氏と親友が肩を組んで嬉しそうに何か話してたのを見ちゃったんだ。彼氏と親友が『誤解だ』って言ったけど、そんなの誤解するわけないでしょ。決定的瞬間だったから…」
真一「それで…?」
由貴「実は昨日から彼氏と1週間九州へ旅行することになってたんだけど、頭にきたから、東京駅から新幹線で反対の東北に向かって、それで福島から米沢、仙台と、そして今に至るの」
真一「彼氏と親友からは何か言われた?」
由貴「彼氏も親友も『これは誤解だ。実は由貴に話したいことがあって』って、彼が私の親友に何か聞いてたらしいの。でも私は話聞いても合点いかなくて…」
真一「彼が話したいこと…って何なんですか?」
由貴「知らないわよ。ただの言い訳にしか聞こえなかったから。私、彼の事信じてたのに…」
由貴が居酒屋のテーブルで泣き出した。
真一「まぁまぁ、はい…」
真一は持っていたハンカチを由貴に渡し、由貴が涙を拭いた。
真一「彼氏と親友の言い分を一度最後までしっかり聞いたん(聞いたの)?」
由貴「聞いてない」
真一「うーん…、最後までしっかり聞いといてからでもヒステリーは起こせたんやないかなぁ…。何か手がかりがあったらなぁ、まだなんとか話ができたんやないやろか…」
由貴「もう、いいの。私、逃避行、北帰行中だから…」
真一「まぁ冷却期間は必要やろうけど、一回話し合ってもいいんやないやろか…」
由貴「いいの。私は今、しんちゃんと旅に出てるの。今を楽しもうよ」
真一「うん…」
真一はふと気になったことを口に出してしまったが、とりあえずは由貴の気持ちを汲んだのだった。
その後も由貴は酒を浴びるほど飲んでいた。
真一は由貴の制御に一心だった。
真一と由貴は何はともあれ、居酒屋でまた仲良くなった。青森の地元で採れた魚を堪能し、締めにはハタハタが入った“じゃっぱ汁”を飲んで、由貴と真一は青森の美味しい地元の料理に満足だった。
その後、由貴と真一はホテルに戻り、それぞれ自室で寝床についた。
翌朝、朝食会場で朝食を食べる真一と由貴の姿があった。
朝食もそこそこに、真一と由貴は青森駅に向かった。
由貴「しんちゃん」
真一「何?」
由貴「しんちゃん北海道初めてだっけ?」
真一「初めてやで」
由貴「実は、私もなの」
真一「そうなんや」
由貴「津軽海峡の下を電車で通るんだね」
真一「そうです」
当時の青函トンネルは、特急列車と貨物列車が往来していた。現在は北海道新幹線と貨物列車が青函トンネルを往来している。
季節は本州では錦秋の頃、北海道では晩秋の頃になる時期。津軽海峡はもうすぐ冬景色になる。
真一と由貴の乗せた『特急白鳥』が青森駅を発車した。青森駅から30分程、列車はいよいよ青函トンネルに入った。
青函トンネルを通過するのに50分程かかる。また当時は時間帯によって、途中の海底駅に停車する特急もあった。これは観光施設の海底駅で、青函トンネルの歴史やトンネルを建設した時の説明など、資料館のような施設となっていた。現在は海底駅は閉鎖されている。
青函トンネルを抜けるとそこは北の大地・北海道だった。列車は北海道最初の停車駅・
由貴「青函トンネル、長かったね」
真一「うん。津軽海峡をくぐって北海道に上陸したんやから…」
由貴「電車の旅もなかなかいいもんだね」
真一「そうやなぁ…」
由貴「北海道に来て良かった(笑)」
真一「九州じゃなくて良かったの?」
由貴「九州行きたかったけど、出発のときにケチつけられたから、しんちゃんと北海道に来れて良かったよ」
真一「そうか…。彼氏と親友、由貴ちゃんのこと心配してへんやろか…」
由貴「北海道まで来てるのに、彼氏のことは言わないでよ」
真一「うん…。でも、何か引っ掛かるんやなぁ…」
由貴「何よ、私のことなのに引っ掛かるって?」
真一「何か話し合ったら解決出来そうやと思ったんや」
由貴「どうして?」
真一「うーん、理由を聞かれてもなぁ…旅人の『勘』っていうやつちゃうかなぁ(違うかなぁ)…」
由貴「旅人の勘?」
真一「うん」
由貴「しんちゃんって、旅慣れしてるね」
真一「そんなことないで。ただ、なんとなくやから…」
由貴「しんちゃんはどうして旅が『彼女』なの? 女の子の彼女は作らないの?」
真一「何て言うたらいいんやろ…。疎いというか、気がないというか…、そんなんなんや」
由貴「私が告白しても?」
真一「えっ?」
由貴「冗談よ、冗談…」
真一「(笑)…冗談きついなぁ…」
由貴「ゴメンね…」
真一「いえいえ、これもご愛嬌…」
由貴「ねぇ」
真一「え?」
由貴「しんちゃんって、優しいね」
真一「そうかなぁ…。ただのアホやけど(笑)」
由貴「そんなことないよ。ところで函館ではどこへ行くの?」
真一「全く決めてないけど…(笑)」
由貴「ホントに行き当たりばったりなんだね…」
真一「うん。でも人とのふれあいはあるから…。『旅はみちづれ世は情け』って言うしねぇ…」
由貴「私、しんちゃんみたいな人だったら…って考えちゃうよ」
真一「由貴ちゃん」
由貴「なぁに?」
真一「由貴ちゃん怒るかもしれんから、言わないでおこうとは思ってる。けど、やっぱり引っ掛かるんやなぁ…」
由貴「私のことはもういいから…」
真一「いや、アカン。かといって、結論をすぐに出すのも時期尚早やし…。もし由貴ちゃんさえよかったらなんやけど…」
由貴「何よ?」
真一「オレと旅するのはいいけど、旅の最終日にオレ、東京を通るんや。だからその日に彼氏と折り合いつかんかなぁ…と思ってね。それまではオレが暫定的に由貴ちゃんの面倒見るわ。それではアカンかなぁ? 折角北海道まで来たんやから、道内にいる間は旅しながら、自分を見つめ直すのにちょうどええかも…」
由貴「しんちゃん…、そんなことまで考えてたの?」
真一「ナンボ赤の他人とはいえ、米沢から知ってるお姉さんやから…」
由貴「しんちゃんが真面目に私のこと考えてくれるから、ここはしんちゃんの顔をたてることにするね」
真一「そうかぁ…。ありがとう」
由貴「しんちゃん…」
真一「ん?」
由貴「後で話してもいい?」
真一「いいですよ」
由貴「うん…」
真一と由貴が話していると、列車は函館に到着した。函館駅に降りると、北島三郎の『函館の
警察を出て函館の朝市に立ち寄り、真一は魚に見いっていた。
赤レンガ倉庫群、函館山、地元のハンバーガーショップで小腹を満たし、路面電車に乗って函館競馬場を横切り、湯の川温泉で立ち寄り湯を楽しんだ。
湯の川温泉から路面電車で函館駅前に戻り、朝市で魚を昼食にした。由貴は海鮮丼、真一はイカ刺定食を注文し、函館を時間の許す限り満喫した。
昼食をとった真一と由貴は函館駅に戻り、今宵の宿・登別温泉に向かう。
函館駅から特急北斗に乗車した。約2時間の列車の旅だ。
特急北斗の車内で真一と由貴が話し始める。
由貴「海の幸、やっぱり美味しかったね(笑)」
真一「オレの所も魚はあるけど、北の方が豊富やなぁ…」
由貴「いいなぁ、毎日美味しい魚が食べられるなんて…。東京じゃなかなかないよ」
真一「でも、東京は東京でなんでもあるから便利やなぁ」
由貴「いや、ありすぎて困るくらいだよ(笑)」
真一「田舎者にしたら羨ましい限りや」
由貴「じゃあ東京に旅で来ればいいじゃん」
真一「そうやなぁ…」
由貴「美味しいもの食べたから、しんちゃんに話すね」
真一「え、何?」
由貴が北帰行の経緯を詳細に話はじめた。
由貴「しんちゃん、一昨日から『彼氏と九州へ一週間旅行に行く』って言ってたじゃん」
真一「うん」
由貴「彼氏と『どこに行きたい?』って言われて『温泉に行きたいなぁ』って言ったの。そしたら彼は『九州に行きたい』って言ったから、九州で温泉に行こうと計画してたの」
真一「そうなんや…」
由貴「うん。それで一昨日、東京駅で待ち合わせして、私がトイレに行きたかったから、近くのトイレに向かおうとしたら、彼氏がトイレの前にいたんだけど、私の親友(女)もいて、肩組んでたの」
真一「ほう」
由貴「それで『何してるの?』って2人に問いただしたら『誤解だ』って。たまたま2人が出会って、親友が少しバランスを崩したから、とっさに彼が肩組んで支えた…と言ってたんだけど、私、旅行前にどんな事情であっても、テンション下がって『これから一週間彼と九州なんて行ける』感じではなくなったの。それにそんな話、ホントかどうかわからなかったし…。信じたくても信じられなかったし…」
真一「ちょっとヒステリックになった部分もあったかもしれんなぁ…。彼とか親友から連絡来てないの?」
由貴「一昨日からずっと電話とメールが来てる」
真一「返事してないの?」
由貴「してない。私の中で整理がつかなくて…」
真一「少し気分が落ち着いたかな?」
由貴「うーん、どうなんだろう…。しんちゃんといるから今は落ち着いてるけど、顔を合わせたらわからない…」
真一「そうか…。彼と親友からは何て?」
由貴「彼が『話そう』って。『誤解してるけど、誤解させるようなことしてゴメン』って…」
真一「大人の対応やなぁ…。彼は誠意をもって対応してるんやないやろか? 中には逆ギレしてケンカになってしまうけど…。しっかりした彼氏なんとちゃうかなぁ(違うかなぁ)?」
由貴「でも、会うのが怖くて…」
真一「怖い?」
由貴「顔を合わせたら、今度は私嫌われると思って…」
真一「そうか…。でも大丈夫やろ…。今晩にでも電話で話してみたら?」
由貴「うん…」
真一はあまり話に首を突っ込まずに、当たり障りのない返事しかできなかった。
列車は登別駅に到着した。ここからバスに乗って登別温泉へ向かう。
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