第34話(最終話)「俺と紗奈」

「おはよう、翔太くん!」


「あぁ、おはよう」



あれから2ヶ月近くが経過し、暦は12月。

俺達の変わった関係にも、だいぶ慣れて来た。

紗奈が俺に朝の挨拶をするのも、教室から駅に変わっている。


紗奈は俺が到着した直後に着く電車に乗るものの、先に待っている事はない。

特に決めたわけではないが、何故だかそれが俺達の暗黙のルールみたいになっていた。



「ふふっ……」



俺の隣に並んで、嬉しそうに微笑む紗奈。

朝からこの顔を見るだけで、俺は癒される。



「どうしたんだ?」


「だって、翔太くんとこうやって当たり前のように登校できるの、嬉しくって」



相変わらず、ストレートに好意を伝えてくる紗奈。

俺も同じ気持ちだったが……。



「この間も、それ言ってただろ。そんなニヤけてると変な子に見えるぞ」


「もうっ!翔太くんってば、本当に意地悪なんだから!」



そう言って、怒った様子で紗奈が腕を絡めてくる。



「お、おいっ!」


「これからは寒くなるし、こうするのも自然だよね?」



意地悪い笑みを浮かべた紗奈が、頬を少し赤く染めて俺を見上げる。



「……まだ早いだろ。これで我慢してくれ」


「あっ……」



絡められた腕を解き、紗奈の手を握る。



「……やっぱり翔太くんの手、あったかい」


「紗奈の手の方が、あったかいだろ」


「ふふっ……そういう意味じゃないよ」


「……わかったから、行くぞ」



歩き出してからも、紗奈が俺の手をにぎにぎして遊んでいたので、俺はなるべくゆっくり歩いた。








「あっ、おはよう!紗奈!」



教室に着いて、真っ先に小林が紗奈に声を掛ける。

紗奈は俺の手を離さないまま、『おはよう』と手を振って答えた。



「それじゃ翔太くん、また後でね」


「あぁ」



後で、というのは図書当番の事だろう。

名残り惜しそうに手を離した紗奈が、俺に向けて微笑んでから自分の席へと向かう。




「……楽しそうだな」


俺も自分の席に着くと、菊池がいつものように俺をからかった。



「……お前、もう少しバリエーションないのか?」


「それを、この人に求めるのは間違ってるわよ」



菊池と話していたらしい高木が、そう言って笑った。



「……今日は、そっちの方がお熱いようで」


「なっ……!?あなたと紗奈には言われたくないわ!」



意外……でもないが、文化祭から1ヶ月くらいしてから菊池と高木は付き合いはじめた。

基本的に無口でマイペースな菊池を落とすのに、何度か高木の相談に乗った甲斐があったと思う。



「そう否定しなくても、いいだろ」


「よ、良くないでしょ!?ばかっ!」



菊池の反応にあからさまな照れ隠しをする高木を見ていると、何とも微笑ましい気持ちが湧いてくる。



「……俺は本でも読んでるから、ごゆっくり」


「だからそうじゃないって……」



後ろで騒ぐ高木は、菊池がなんとかするだろうと、俺は授業がはじまるまで本に集中した。










『なぁ、いいじゃんか翔太ぁ。みんなでクリスマスパーティーしようぜ!』


「それは何回も断ってるだろ……」



昼休みに入ってすぐに智樹から着信があったので、紗奈に先に行ってもらって話を聞くと、どうやら智樹は主催しているクリスマスパーティーのお誘いをまだ諦めていないようだった。



『いいじゃんかっ!もちろん紗奈ちゃんも一緒に……』


「……おい」



俺は智樹の言葉を、凄んで止めた。



「もう1回、紗奈ちゃんなんて言ってみろ。ブロックして2度と外さないからな」



俺の発言が本気だと伝わったのか、智樹が慌てて訂正する。



『わ、悪かったって!櫻江さんな!』



それに、俺は息を吐いて気持ちを落ち着けた。



『……しっかし、翔太がそんなになるなんてなぁ』


「当たり前だ。紗奈は可愛いから、気を張ってないといつ狙われるか……」



俺の言葉を『はいはい、わかりました』と智樹が遮る。



『その調子じゃ、どんだけ頼んでも無理か』


「あぁ、他を当たれ」



俺はそのまま電話を切ろうとして、ふと思い立って智樹に聞く。



「……立花と山本は、どうしてる?」



真面目な話だと察したのか、智樹は声のトーンを落としたが、いつもの調子で答えた、



『相変わらずだよ。……ずっと一緒にはいるが、付き合ってるみたいな甘い雰囲気はねぇな』


「そうか……。お前は、いいのか?」



俺の質問に、智樹が鼻で笑う。



『いいもなにもないだろ。……大人しく新しい恋を探すよ』


「……あぁ、そうしろ」



そのまま切るのもあれなので、一言だけ付け足す。



「クリスマスは無理だが、何もない時なら付き合うよ」


『へへっ……。あぁ、また誘う』



そう言葉を交わして、今度こそ通話を切った。










「翔太くん、遅かったね……」


「……悪い」



俺が図書室に到着すると、案の定、紗奈がむくれていた。 

俺はそれを解消するために口を開く。



「また智樹からクリスマスパーティーの誘いがあったんだ」


「……行くの?」



不安そうに俺を見上げる、紗奈の頭を撫でる。



「行かないよ。……一緒に過ごそう」


「うんっ!」



俺の手に、紗奈が心地良さそうに目を細めて微笑んだ。

俺は気を緩めるとずっと撫でていたくなりそうだったので、すぐに手を離す。



「……もうちょっと」


「ダメだ、今日は人も多い」



冬で寒いからか、室内の図書室には夏場よりも多くの人が来ている。

……あんまり人前で紗奈の緩んだ表情を見せたくもない。


紗奈はそんな俺の気持ちなど知らずに、またむくれる。



「翔太くん、まだ恥ずかしがってる?」


「恥ずかしいとかじゃなくて、……あんまり他人のそういうところ、見たくない人もいるだろ」


「ふーん……」



俺はヘソを曲げかけている紗奈に、仕方なく耳元で囁いた。



「……我慢できなくなっても、困る」


「……!」



途端に顔を真っ赤にさせる紗奈。

その様子が可愛くて、俺は笑う。



紗奈は『……卑怯だよ』と呟いて、照れた表情のまま縮こまった。












付き合いだして、分かった事がある。

紗奈は自分から甘えるのは好きだが、責められるのには滅法めっぽう弱い。



休日、俺の家に来て自分からは引っ付きたがるクセに、俺から抱き締めようとすると顔を赤くして慌てふためいた。

……それでも逃がしはしないが。




「……翔太くん」


「ん……?」



ソファの上で紗奈を捕まえて、紗奈の肩と首筋辺りに顔を埋める。

組み敷かれた紗奈は、すっかり大人しくなってしまっていた。



「そろそろ、ご飯の準備……」


「まだいいだろ。……今日はゆっくりしよう」


「わ、私、電車混んでて汗かいてるかも知れないから……」


「……いい匂いがするから、大丈夫だ」


「あぅ……」



紗奈が照れ臭さから身動みじろいだが、俺は紗奈を離さない。



「電車や来る途中、……変な奴はいなかったか?」


「……ちゃんと女性専用車に乗ったよ。駅からは翔太くんも来てくれたじゃない」


「そうだが……。もし、なんかあったらすぐに言えよ」



『心配性だね』と紗奈は小さく笑った。

それから愛おしそうな手つきで俺の頭を撫でる。



「……翔太くんが居てくれたら、私は大丈夫だよ」



俺はその言葉に、訂正を提案する。



「それは、俺もだ。……だから、2人で居たらにしないか?」


「……そうだね」



ふわっと笑う紗奈が愛おしくて、口を付ける。

紗奈はまた赤くなったが、今度はポーっとした表情で俺を見上げた。





そんな紗奈に、ある事に気付いた。



「……また、髪切ったのか?」



紗奈はちょっと意外そうな顔をして言う。



「うん、前髪を少しだけなんだけど……。よく気付いたね」



「……やっぱりか」



俺は少しだけ広くなった紗奈のおでこに触れて、言った。




「似合ってる、可愛い」



「……うん、ありがとう!」



紗奈は花のように、可憐に笑った。

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