第33話「結末と手にしたのは」
『……山本』
『こいつは、俺が守る。さっきの奴等にだって手出しさせねぇよ。……テメェにはもう関係ねぇんだから、さっさと行け』
動かない立花を見下ろしながら、最後に山本はそう言った。
……この2人の関係は俺にはわからないが、山本が言うようにもう関わらない方がいいだろう。
そこから誰も何も言わず、俺達は教室を出た。
ただ、クラスに戻る前に確かめておかなければいけない事がある。
「小林……」
1番後ろを歩いていた小林を振り返って呼ぶと、びくりと体を震わせた。
「……な、なに?」
「うちのクラスの売上が足りなかったんだ。……何か知らないか?」
「……っ!」
俺がそう聞くと、観念したように小林はスカートのポケットからゆっくり1万円札を取り出した。
「やっぱり、お前だったか……」
「……」
「茜っ!?あなた……」
俺が溜息を吐くと、何と言われるか怯えた様子で小林は顔を俯かせる。
高木達はお金が無くなったことは知らなかったが、それを見て察しがついたのだろう。
「……今回のは俺がなんとかするから、もうするなよ」
「……え?」
お金を受け取り俺がそれだけ言ってまた歩きだすと、小林が間の抜けた声を出す。
俺の隣で、櫻江が『しょうがないなぁ』という目で俺を見ていた。
教室に戻ると、実行委員が俺に電話を掛けたくても残った人間は誰も番号を知らず、アタフタしている状況だった。
幸いというか、みんなへの説明はまだ何もされていないらしい。
俺が代表して遅れた事を詫びると、クラスメイトが事情を聞いてくる。
「何かあったのか?九重」
「すごい顔で飛び出して行ったけど、大丈夫?」
「あぁ、全部終わったよ」
それに簡単に答えて実行委員に歩みより、廊下に連れ出す。
「……まだ、みんなには何も言ってないんだな?」
「あ、あぁ……。九重が全員揃ってからって言ったから……!でも、どうすれば……」
「落ち着け、ほら」
俺は確認する事だけ聞いて、小林から受け取ったお金を実行委員に渡した。
「こ、九重!これって……!」
「これで計算が合うだろ。……さっきまでのは俺とお前の計算間違いだ。いいな?」
「っ!す、すまん!ありがとう……。ありがとう、九重……!」
「……いいから、戻るぞ」
「あぁ……!」
……たぶん、こいつは俺が自腹を切ったとでも思っているのだろうが、説明がややこしいので何も言わずにそういう事にしておいた。
無事クラスの打ち上げが行われる事になったが、俺を含めさっきの事件に関わった人間は後で行く事を伝えて自然と教室に残った。
俺達だけになると、小林以外が俺の席に集まる。
「九重くん、その……」
「待ってくれ」
まず高木が事情を聞きたそうに俺に声を掛けたが、俺はそれを止める。
「……小林、お前も来いよ」
「……」
顔を俯かせ、返事もせずに小林が寄ってくる。
俺、櫻江、菊池、高木、小林が輪になるように座った。
「……まずは高木、菊池達を呼んで来てくれてありがとう。ホントに助かった」
「え……ううん。私なんてそれしか出来なかったから……」
頭を下げる俺に、高木が慌てたように謙遜する。
「それが無かったら俺も櫻江も、小林も危なかったからな。充分だ」
「そ、そっか……。役に立てたなら良かった」
2回目は受け取ってくれたみたいで、高木がホッとした様子を見せる。
俺はそれに頷いて、今度は菊池を見た。
「それから、菊池もな」
「……俺は居ただけだ。何もしていない」
「……そうか。でも、ありがとう」
「あぁ」
その居てくれただけに、かなり助けられたのだが、菊池にはこれ以上言う必要もないように感じたのでそこで話を切る。
言葉で返すより、何かしら力になれる時がくるだろう。
次は……
「小林……」
「……」
顔を上げない小林を見て、櫻江が俺に言う。
「……翔太くん、茜は騙されてたみたい。だから、その……一応、私を庇ってもくれたの」
「そうか……」
櫻江の言葉を聞いて、小林に頭を下げる。
「ありがとうな、小林」
「え……?」
小林が、またポカンとした顔をする。
「な、なんで?私のせいで紗奈が危ないところだったんだよ……?」
「……それはそうだな。じゃあ小林は櫻江にどうしないといけないか、わかるだろ?」
「……」
おずおずと櫻江を見た小林の視線を、櫻江は真っ直ぐに受け止めた。
小林は迷ったように、目を合わせたり逸らしたりを繰り返してから、櫻江に言った。
「……紗奈っ!ごめんなさいっ!!」
小林の謝罪を受けて、櫻江が言う。
「……茜は、まだ翔太くんが認められない?」
その問い掛けに、頭を下げたまま小林が答えた。
「わからないよ……。私、もう何を信じたらいいのか……、わからないの」
そんな小林の頭を、櫻江がそっと撫でる。
「私は……、茜が私を大事にしてくれてるって気持ちだけは信じるよ。だから、茜も私が信じる翔太くんを信じてくれないかな?」
「……うぅ、紗奈ぁっ!」
頭を上げられないまま、小林の嗚咽が響きだす。
高木もそれを、安心したように目に涙を溜めて見ている。
俺はこれをきっかけに、小林がまた2人と元のように戻る事を願った。
「……あとは櫻江」
「うん……」
小林が泣き止んでから櫻江を呼ぶと、櫻江は自分の軽率な行動をわかっているようで、暗い顔をして返事をした。
「……わかってるな?」
「うん……。翔太くん、それからみんなも、私のせいで危ない目に合わせてごめんなさい」
「さ、紗奈は悪くないよ!」
櫻江の謝罪を聞いて、小林が慌てたように庇うが、櫻江はそれを首を振って止めた。
「そもそも、私が付いて行かなかったら今回みたいな事にはならなかったもの」
「それは……!」
なおも小林が櫻江を庇おうとするが、今度はそれを俺が遮った。
「櫻江を許してやれるなら、先に行っててくれるか?……ちょっと2人で話したいんだ」
「あぁ。櫻江、俺は気にしてない」
「私も。あとは九重くんにたっぷり叱られなさい」
俺がそう言うと、菊池と高木の2人は櫻江に一言ずつ掛けて、すぐに席を立つ。
「紗奈……」
「大丈夫、茜も先に行ってて?」
「……うん、わかった」
小林もまた泣きそうな顔で櫻江を呼んだが、高木に付き添ってもらって教室を出た。
「さて……」
「……」
2人っきりになって、櫻江は顔を俯かせて俺の言葉を待つ。
——そんな櫻江を、俺は思いっきり抱き締めた。
「……し、翔太くん?」
「……」
櫻江が戸惑いの声を上げるが、俺は無視してさらに力を込めた。
「く、苦しいよ。翔太くん……」
「……あぁ」
それを聞いて、ようやく俺は少し力を弱める。
「……バカ」
「……ごめんなさい」
「どれだけ、心配したと思ってる」
「……ごめんなさい」
「もう、絶対に勝手な事するな」
「……ごめん、なさい」
櫻江の声が、震えだす。
それが恐怖から解放された安心感からなのか、嬉しさからなのかはわからなかった。
「……俺も、目を離してごめん」
「ううん!翔太くんは悪く……」
櫻江の言葉を、口付けをして止めた。
ゆっくりと口を離すと、櫻江か驚きすぎて固まっていたので、笑ってしまう。
「もう、離さないから。ずっと、櫻江を見てるから……」
「……っ!」
徐々に櫻江の瞳に涙が溜まっていく。
それが溢れ落ちそうになった頃、櫻江は『うん……、うん……!』と頷いた。
俺か櫻江を抱き締め直して頭を撫でると、今度は櫻江がギュッと回した腕に力を込める。
「翔太くん、好き……。大好き……!」
「あぁ……。俺も、好きだ……」
「翔太くん……!翔太くん……!」
櫻江が俺の胸に顔を埋めて、何度も何度も俺を呼ぶ。
その度に、俺は自分の心が暖かくなるのがわかった。
「……なぁ、櫻江」
それが落ち着いた頃、俺は櫻江を呼んだ。
「なに?翔太くん……」
櫻江の声は震えているのに、どこか嬉しさが感じられる。
「……俺は
櫻江が引っ付いたまま、顔を上げた。
俺は気恥ずかしくて、顔を逸らす。
「……ふふっ。いいよ、呼んで?」
そう期待しながら待たれると、呼び辛いんだが……。
俺は慣れてないという言葉通り、ボソッと口を開いた。
「……紗奈」
「うん、なぁに?翔太くん」
さらに期待した眼差しを向けてくる、紗奈。
俺は惚れた弱味というものを実感しながら、恥ずかしさで顔が爆発しそうなくらい熱くなるのも堪えて、言った。
「……紗奈、愛してる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます