第32話「いらない」
「なぁっ、犯っちゃっていいんだよな?」
「少し待ちなさい」
「あぁっ!?まだお預けかよ、莉緒」
私の前で、繰り広げられるやり取り。
私は自分の身体の震えを抑える為、自分を抱くように腕を組んでそれを聞いていた。
……なんで、お前がこいつらを止める?
この期に及んで、立花莉緒の狙いがまだ読めない。
入って来た男は10数人。その中には、翔太くんをいじめた連中も混ざっていた。
こいつら全員を立花莉緒も制御出来ている訳ではないようで、1人の男が私に歩み寄る。
「……へへっ、もういいだろ。最初は俺がもらうぜ」
私は、そいつに見覚えがあった。
「……白川くん」
私がポツリと呼んだ声に、そいつは嬉しそうに口を歪めた。
「……そうやって震えてりゃ可愛いのに、変に強がるからこんな事になるんだよ」
「いいぞ、白川!犯っちまえ!」
「うへぇっ、白川の後かよ。お前、加減してやれよ」
次々に、男達から白川を応援するような揶揄するような声が飛ぶ。
立花莉緒も呆れた様子で溜息を吐き、それを真剣に止めるつもりはないようだ。
私は後ずさる事しか出来ず、窓際に追い込まれる。
その距離を一歩ずつ、白川が詰めてくる。
「……やめて」
短く言った私の拒否の言葉も、白川は楽しそうに受け取る。
「……いいじゃんか。やっぱり櫻江はそういう顔が似合うよ」
白川の手が、私に伸びてくる。
そこで……
「ダメッ!」
私を庇うように、茜が両手を広げて白川に立ちはだかった。
「あぁっ!?」
白川が茜を威嚇するように凄んだが、茜は怯まず白川を睨みつけた。
「紗奈の事、好きだったのは知ってるけど……こんな方法間違ってるよ!」
「んだよっ!どけっ!」
「いやっ!」
白川が退かそうとした手に茜はしがみ付いて、その場を動こうとしない。
「……茜、なんで?」
「くっ……だって!紗奈は友達だもんっ!紗奈に非道いことしようとするなら、私が許さない!」
茜の啖呵に、立花莉緒が声を掛ける。
「茜。残念だけど、あなたのお友達は助けられないわ。そこを退けばあなただけは助けてあげるから……」
「嘘っ!本当は最初からこうするつもりだったクセに!もうやだ、みんな嘘ばっかり……。みんな、紗奈と私をだましてばっかり!」
「うるせぇよっ!」
「きゃっ!」
「茜っ……!」
白川に、茜が突き飛ばされる。
白川は息を乱したまま、大きく舌打ちする。
「そんなに犯られたいなら、男ならいっぱいいるんだ!可愛がってもらえよ!」
白川の声に、数人が茜の方へ向かう。
「おーい、大丈夫?」
「この子もまあまあイケるじゃん」
「白川の後より、俺はこっちの方がいいな」
「い、いやっ!来ないで!」
「茜っ!」
ガラッ!
「……遅いわよ」
開けられた扉に全員が視線を向ける中、立花莉緒が短くそう言った。
そこに居たのは……
「翔太くん!!?」
「櫻江っ!!」
2人の男に連れられて、翔太くんが来てくれた。
しかし、すぐに翔太くんは連れて来た男達に床に抑えられる。
「ぐっ……!退けよっ!」
「ごめんね、九重くん。そこで少し見ていて?」
「くそっ……!立花、離しやがれ!」
「ほらっ。約束通り連れ来てやったんだから、大人しくしとけ」
翔太くんは立花莉緒を睨みながらも、身動きが取れない。
そんな翔太くんに立花莉緒は赤くなった目を開け、一度微笑みを向けてから私の方に歩み寄る。
「……やっと、あの時と同じ状況になったわね」
「あの時……?」
立花莉緒は状況について行けていない白川を押し退けて、私の前に立った。
「……ここで、あなたが九重くんの事なんて嫌いだったて言ったら、あなたも九重くんも助けてあげる」
「……えっ?」
立花莉緒は、囁くようにそう言った。
立花と櫻江が、何かを話している。
その声はここからでは、聞こえない。
やがて、立花が俺と櫻江の間に道を開けるように退いた。
「翔太くん……、私は……」
瞳に涙を溜めて、櫻江は俺に向かって何かを伝えようとしている。
……恐怖で震えているのが、ここからでもわかる。
(櫻江、何かを言わされてるなら今はそれに従っとけ……!俺は、ちゃんとわかってるから!)
俺はそれを伝えようと、無理矢理笑みを作って頷いて見せる。
そんな俺の姿を見て、目を見開いた櫻江の瞳が大きく揺れた。
「私は……、翔太くんが好き!誰に邪魔されても、何て思われても、翔太くんが大好きなの!!」
櫻江の告白に、部屋中が静まる。
それに真っ先に反応したのは、立花だった。
「……お前ぇええっ!!」
立花が、櫻江に襲いかかる。
「やめろっ!立花っ!!」
「殺してやるっ!どこまで私と九重くんの邪魔をするの!ボロボロにして、全部後悔させて殺してやるっ!」
「がっ、かはっ!」
首を絞められた櫻江が苦しそうに、顔を歪めた。
ガラッ
「そこまでにしとけや、莉緒」
そこでようやく、山本と菊池が姿を現した。
「何よっ!またあんたは私の邪魔をするのっ!?」
「……邪魔じゃねぇよ。今度は、俺がお前を守ってやりてぇだけだ」
山本と立花がそんなやり取りをしている内に、菊池が俺の上に乗っていた男を蹴散らした。
「大丈夫か、九重」
「……あぁ、助かった。よく分かったな?」
「案内役がいたからな」
そう言って扉の外を見た菊池の視線を追うと、そこには高木の姿があった。
俺は状況がわからず不安そうな高木に、ありがとうという意味を込めて頷いて見せた。
そして2人の登場に櫻江から手を離した、立花に近づく。
「……立花」
「九重くん!」
すると山本を睨んでいた立花は、俺に懇願するような目を向けてくる。
「私を救ってくれるのは九重くんだけなの!お願い、私のところに戻って来て!その為なら、私ならなんだって出来るの!そこの女と違って、私なら……!」
「……もう、やめろよ」
俺は変わり果てた彼女を見て、辛い感情が込み上げてくる。
……それでも、ここで切らなければいけない。
「俺は誰かを傷付ける事でしか示せない好意なんか、……いらないよ」
「そんな……!じゃあ私はどうしたら……!」
「立花、もう戻れないんだ」
俺は立花を真っ直ぐ見つめ返して、言った。
「何をしたって俺がお前を好きになることはない。……俺には大切にしたい奴が、もういるから」
そう言って櫻江を見ると、櫻江は驚いたような顔をして頬を赤くする。
俺はそれに、少しだけ微笑んで返した。
「……なんで?」
それにショックを受けた様子で、呆然と立花は呟いた。
「……なんで、私じゃダメなの?あの時の、たった1回の間違いが、どうしてこんな事になるの?」
ふらふらと俺に向かう立花を、山本が腕を取って止めた。
「……もういいだろ」
「うるさいっ!」
立花は、その手を振り払って言った。
「あんたに、何がわかるのよ……!あんたなんかに、私の何が……!」
立花は泣いていた。
それを山本はなんとも言えない表情で見つめる。
「……もう、いいわ。全員、めちゃくちゃになっちゃえばいいのよ!あんたらもボサッとしてないでさっさとやっちゃって!」
立花の号令に、俺は櫻江に駆け寄って背中で庇う。
しかし、教室に居た男達は動かなかった。
「どうしたのよっ!」
「……馬鹿野郎っ、莉緒っ!山本だけじゃなく、菊池までいるなんて聞いてねぇぞ!」
そいつらの視線は、菊池に向けられている。
それを受けて菊池は、特に表情を変えずに言った。
「……また、やるなら相手になるぞ。山本がいないなら、前より楽そうだしな」
「くっ……やるかよ!化物がっ!」
そう言って1人が逃げ出すと、立花が集めたのであろう男達の約半数がそれに続いて出て行った。
「……菊池?」
俺が菊池を呼ぶと、『あぁ……』と思い出したように説明した。
「出て行った奴等とは、1回やってるんだ。……俺が勝ったけどな」
「チッ……」
それを聞いて、山本が面白くなさそうに舌打ちした。
詳しくは聞いてなかったが、どうやら菊池は山本グループに喧嘩を売られた事があり、返り討ちにした事があるみたいだ。
「……お前らは、どうするんだ?」
「……」
残った男達に菊池がそう言うと、リーダーっぽい男が言った。
「……俺らもやらねぇよ。その女に、紗奈ちゃんで遊べるって聞いただけだしな」
『あー、ツマンね』と言いながら、そいつらも出て行く。
残された櫻江の近くにいた奴も、菊池の睨みに『ヒィッ!』と短く悲鳴を上げて、慌てて出て行った。
「……残ったのは、お前だけだぞ」
「……」
山本にそう言われて、立花は崩れ落ちるように座り込んだ。
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