第30話「相まみえる」


私が教室に戻ってきた友達と話をしていると、ふと翔太くんがいない事に気付く。

しかし、少し視線を彷徨さまよわせるとすぐにその背中は見つかり、また実行委員から何か相談を受けているように見えた。




(……翔太くん、大変そうだな)



私は翔太くんを手伝いに行こうと、話していた友達から離れる。

……そこであいつが立ちはだかった。




「……」



私は無言で避けて進もうとした。

けれど、そんな私の様子に辛そうに少し顔を歪めて、そいつは私の腕を掴む。



「待って、紗奈」



こいつを許してはいないが、翔太くんに相手にしないように言われている。

こうやって絡まれると、意外と厄介だ。


私はさっさと用件だけ言え、という気持ちで問い掛ける。



「……なに?」


「ちょっと……、今から時間もらえない?」


「無理。それに、もう片付けでしょ」



私は軽く、たった今最後のお客さんが居なくなった方向を見た。



「あ、じゃあちょっとだけ待って!話して欲しい人がいるの……」


「私は話したくない」



もう、面倒くさい。

自分のスマホを取り出してゴソゴソしているそいつから、私は離れようとした。


背を向けてから、一言二言そいつが電話の相手と話している声が聞こえた後、スピーカーに切り替えたのかスマホ越しの声が私を呼んだ。




『櫻江紗奈さん、久しぶりね』


「……」



覚えのある声に振り返った私に、そいつはちょっとだけ嬉しそうにスマホを渡して来る。



……やっぱり、繋がっていたのはお前か。



私は何も言わずにそれを受け取ると、スピーカー機能を切ってスマホを耳に当てた。




「……もしもし」


『ふふ、出てくれてありがとう。元気だったかしら?』


「そうね……」



私は教室の騒がしさから逃れる為、一旦廊下に出る。

何も言わずとも、そいつも私に着いて来たので問題ない。



「お陰様で、翔太くんとゆっくり文化祭を楽しめたの。……邪魔が入るかも知れないって聞いてたけれど、気を使ってもらってありがとう」


『気にしなくていいわ。今のあなたは、きっと1年前の私と同じ気持ちでしょうから……』



少し溜めてから、立花莉緒は言った。



『この後の絶望感も、このまま味わってもらいたくて』


「……」



その言葉に、まだ何か企んでいるのがわかる。



「……もう、お祭りは終わりだよ」


『つれないこと言わないで。……あなたとしても、決着をつけたいでしょ?』


「確かに、私もそう思う。けど、勝手な事したら翔太くんに怒られちゃうから、また今度ね」



ギリっと歯軋りする鈍い音が、小さく聞こえた。



『……逃げるの?』



安い挑発だと、鼻で笑いそうになった。



「あなたが、焦ってるんでしょ。せっかく集めたお仲間が無駄になっちゃうからかな?」


『……そうね』



立花莉緒は、諦めたように溜息を吐いた。



『このままこいつらに帰ってもらおうとしても、きっと素直に言うことを聞いてくれないわ』


「……」


『……あなたがお相手してくれないなら、やっぱり翔太くんに直接お願いするしかないかしら』


「!?……翔太くんに手を出すなら、許さない」


『だったら、はじめからあなたがお相手してくれない?……あぁ、安心して。まだ集めたこいつらには手は出させないから』


「それを、信用しろって?」


『証明は、できないわね。けど、こいつらの使い方は別にあるの。……もちろん全部終われば、あなたをあげるつもりだけど』


「……」



少なくとも、今は動かさないという意味だろうか。

負けた方が、そいつらのおもちゃになると……。




(ごめん、翔太くん。……やっぱり、私はこいつらを許せない)



私は挑発に乗って、立花莉緒の元へと向かった。












「いらっしゃい、こんな所までありがとう。……あら、茜も付いて来たの」


「うん、やっと紗奈を助けられると思うと待ってられないよ」



「……」



呼び出されたのは、文化祭でも使われていなかった校舎3階の端の教室。

仲良く話すそいつらは放っておいて、私は教室内を見回す。



「……大丈夫よ、今はいないわ。席を外してもらってるの」


「……」



私が、立花が集めた連中を警戒しているのを察して、そう言ってきた。



「それじゃ、早速お話しましょうか。茜はちょっと離れててくれる?」


「うん、わかった」



立花莉緒が、穏やかに見えるのに不気味な笑みを浮かべて私に近づく。

机のない教室で、2,3歩の距離を開けて私達は対峙した。




「……あれから、ずいぶん仲良くなったみたいね」


「うん。あなた達さえいなければ、きっともう付き合ってるくらいにはね」


「それはどうかしら」



立花莉緒は、呆れたように溜息を吐く。



「あなたも知っているように、九重くんは優しいわ。あなたの勘違いだと思うけど」


「さぁ、それは翔太くんにしかわからない」



まだ、確定的な恋仲ではない。

それを言ったようなものなので、少しだけ立花莉緒の肩から力が抜けたように見えた。



「……でも、周りから見ても翔太くんは私を特別に見てくれているみたいなの」



以前のように、勝ち誇った笑みを浮かべて立花莉緒にそう言った。

立花莉緒は明らかにカチンときた様子で、言い返す。



「見る目のない、お友達が多いのね」



私はさらに笑みを濃くして、立花莉緒に言った。



「そう?私達を見ている時、あなたもそう思わなかった?」


「……!」



翔太くんは気付いていたかわからないが、2人で文化祭を回っている時、何度かこいつの視線は感じた。

今日の私と翔太くんの様子を見れば、ほとんどの人が付き合っていると感じておかしくないと思っている。


そう突き返すと、ハッキリと怒りを露わにしはじめた。



「……あなた、やっぱり邪魔だわ。……なんで、あなたなんかが彼の隣にいるの?」


「翔太くんが、それを許してくれてるからだよ」


「……違う。そこは私の場所だ」


「うるさいなぁ……。自分で手放したクセに、今さら出てこないで欲しいな」


「……!!」



ギリっと、立花莉緒の歯が軋む。



「もう、いい加減な事をしゃべるな……!消したくなる」


「それは、私も同じ……。私言ったよね、絶対に許さないって……」





私達は、睨み合う。



もう、口で言っても無駄だろう……。

お互いにそう考えているのが、わかった。



「り、莉緒。ちょっと……」





何を思ったのか、離れていたそれが近づいて来ようとした。

一瞬、私の視線がそっちを向く。



(しまっ……!?)






その隙に、視界の端で動く立花莉緒。


私はなんとか、何かを取り出そうとしながら近づいて来た立花莉緒の動きに合わせて、私も隠し持っていたモノを顔に吹きかけることに成功した。






「……ゔぁあああああっ!!?」



痛みに、立花莉緒が床を転がる。

私は間一髪の成功に、まだ少し呆然としながら『はぁっ、はぁっ』と大きく肩で息をした。



「り、莉緒っ……!?」



一瞬遅れて、立花莉緒に駆け寄るそいつ。

『あぁっ!うあぁっ!!』とまだ悶えている立花莉緒と、そいつを見下して言った。





「……覚悟しとけっとも、言ったよね?今日はまとめて、徹底的にわからせてやる」




「ひぃっ!?さ、紗奈!お願い、目を覚まして!!」



「寝惚けてるのはあなた達でしょ……!?」




もう、許さない。

これで、終わりだ。



そう思って、2人に近づく。

……あぁ、ようやく翔太くんを傷付けた元を取り除ける。



二度と翔太くんの前に顔を見せられないくらい、ボコボコにしてや……









「ふ、ふふっ……、あっははははははははっ!!!」






「……!」


「り、莉緒……?」




立花莉緒は、まだ痛みで立ち上がれない。目も開けられていない。

それでも心底おかしそうに、とても不気味な笑い声を上げた。

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