第28話「終わりに向かって」

朝、電車を降りて大きく伸びをした。

文化祭中だからだろう、こんな時間にも関わらず、ウチの学校の生徒がそこそこいる。



(……少し早かったな)



俺は時間を確認し、電車に乗る時からわかっていはたが、早く来すぎた事に溜息を吐く。

ウチのクラスは早く来るように言われていないし、この時間ならまだ櫻江は来ていないだろう。



そう、俺は駅から櫻江と登校することになっている。

帰りが一緒なら、登校も一緒にしたいという櫻江の要望を叶えたからだ。



とはいえ、櫻江と約束した時間よりも2本も早い電車で来てしまった。

時間でいうと30分も早いのだが、今日はなんだか文化祭だからとは違う理由で落ち着かない。


俺はとりあえず到着したことだけは櫻江に連絡しておこうと考えながら、改札を通った。







「……あっ、おはよう翔太くん。早かったね」


「……」



改札を出てすぐの柱にもたれていた櫻江が、俺に気付いて嬉しそうに寄って来る。

俺はいないと思っていた櫻江が居た事に、朝のまわらない頭のせいもあって呆気あっけに取られてしまう。



「……なんでいる?」


「え?だって、約束したよね?」



絞り出した俺の質問に、櫻江がキョトンとした様子で首を傾げる。


俺は呆れながら、櫻江に言った。



「確かに、約束はした。けど、それは30分後だ」


「あっ……、ふふっ。だって翔太くんと一緒に学校に行けるなんて、夢みたいだったから早く来ちゃったの」



『本当に来てくれて、嬉しい』と、櫻江はさらに表情を緩めた。


俺は、その櫻江のふにゃふにゃになった両頬をつまむ。



「!?ひょうはふん……、いひゃい……」


「お前な……、自分が狙われてるってわかってるのか」



1人で駅で待ってるなんて、何の為に俺が一緒に行動しようとしてるのか。


何事もなかったみたいだから良かったものの、立花が仕掛けて来たかも知れない事を思うと、気が気でない。


櫻江が痛みに耐えかねて、目をギュっとつむったので手を離してやると、櫻江は涙目で自分の頬をさすった。



「ごめんなさい……」


「気をつけてくれ」



反省した様子の櫻江に、『まぁ、何もなかって良かった』とこぼす。


櫻江は耳聡みみざとくそれを聞き取り、身体を甘えるように寄せて来た。



「心配してくれて、ありがとう」


「……そう思うなら、本当に気を付けろよ」


「うん、今日はずっと翔太くんから離れないから大丈夫。いっぱい楽しもうね」



危機感に欠ける気はするが、俺と居るなら大丈夫か、と気持ちを切り替える。



「そうだな。……せっかくの祭りでもあるし、楽しむのも忘れないようにしないとな」


「ふふっ、そうだね」



俺は櫻江と過ごすのを楽しみにしているような言い方をしてしまった事に気付いていなかったが、櫻江にはそれがわかっていたようで嬉しそうに笑った。










学校に到着して、しばらく櫻江と休憩時間にどこに行きたいか話していると、少しずつクラスメイトも登校してくる。


昨日もそうだったのかも知れないが、みんなお祭りに気分がたかぶっているのか、早い時間に来ている気がする。



「おはよう、紗奈。あっ、九重くんも」


「おはよう」

「あぁ、おはよう」



高木以外の櫻江が仲の良い女子も、櫻江に挨拶するついでに俺にも声を掛けてくる。

なんだかんだ、この文化祭で俺も少しはクラスに馴染めたのかも知れない。


ある程度、櫻江のグループの人間が集まっても、今日は櫻江は俺のそばから動かない。

『行かなくていいのか』と俺が櫻江に言う前に、向こうから数人でこっちに寄って来て、櫻江に話しかけた。




「紗奈、今日は九重くんと回るの?」


「うん。一日中翔太くんといるから、ごめんね?」



櫻江は一緒に回れない事を謝ったのだろうが、全く表情に申し訳なさが出ていない。

そんな櫻江に苦笑していると、俺の方を見ていた女子生徒に気付く。



「……どうかしたか?」


「えっ?ううん、なんでもないんだけど……」



その女子が言葉を濁したからか、櫻江の視線がほんの少し鋭くなった。

俺はそれを察して、ちゃんと理由を言ってもらった方がいいと判断する。



「何かあるなら、教えてくれないか?」



なるべく責めているような印象にならないよう、気をつけて聞く。

すると、その女子生徒は言いにくそうにしながらも、ちょっと照れ臭そうに言った。



「えっと、九重くん、紗奈を見る時すごく優しい目をしてるなぁって……」


「……」



聞かなければよかったと俺は苦い顔をして、櫻江はその反対に『でしょ?』と嬉しそうに表情を緩めた。



「確かに九重くん、紗奈が相手だとなんか感じ違うよね」


「……そんなことないだろ」



櫻江を含め全員が照れ隠しと取ったのか、暖かい目で見られる。


俺はそれに耐え切れなくて、席を立った。



「……ちょっと、トイレ行ってくる」


「うん、いってらっしゃい」



櫻江は止めたりはせず、笑顔で俺を見送った。

……俺が席を立った後、色めき立った様子のその一団が何を話していたかは知りたくなかった。











「ふぅ……」


トイレを出て、教室に戻る廊下を足取り重く歩く。

教室でまださっきの話題が続いているかと思うと、どうにも戻り辛い。


俺は実行委員が来ていれば手伝える事がないか聞いてみて、菊池がいれば2人で時間まで外に出ているのもアリだな、などと考えていた。






そこで、小さめの人影とすれ違う。

俺は考え事で前をちゃんと見ていなかったので、当たりそうな所をギリギリで避けた。



「っと、悪い……」



反射的に俺が謝ると、その人影は立ち止まって俺を睨んだ。




(小林……?)




人影の正体に気付き、俺もつい足を止める。

小林とはあの事を高木に聞いてからも、1度も話をしていない。


学校には来ていたが、俺達を避けるように調理の班に入り、文化祭の準備中からどう過ごしていたのかよく知らない。

サボってはいないが、言われた事をただ淡々とやっているだけの印象だ。


あんな事をされて、俺から話しかけるつもりもなかったし、高木も裏切り者認定された以上、そっとしておくしかないような事を言っていたが……。




(この顔は、まだ懲りてないとかか……?)



考えたくはないが、依然として小林は俺を目の敵にしているのかも知れない。

そう思ったところで、小林は何も言わずに俺に背を向ける。


俺はそれにホッとしつつ、自分も戻ろうとしたが、小林は振り返って言った。




「……絶対にあんたの思い通りには、させない!」



なんとも憎しみのもった声音でそう言って、小林は歩き去る。



(立花でいっぱいいっぱいなのに、妙な事はしてくれるなよ……)



と、俺は思わずにはいられなかった。



(……そういえば、智樹からも連絡は無しか)



ブロックは外したものの、こっちから何かを送った訳ではないので気付いていないのかも知れない。


(教室に戻ったら、何か送っておこう)


俺は小林の事から気を紛らわせるように、智樹の無事を祈った。













「……うん、2人とも来てる。紗奈は完全にあいつの事、信用しちゃってるみたい」


『そう……、可哀想にね。自分が遊ばれてる事に、気付いてないのかしら』


「紗奈は純粋なの、仕方ないよ。……そこを、あいつは利用したんだ」


『そうだったわね。それで、2人がお店に出てる時間に変更はない?』


「予定通りお昼の時間からで、ラストは来れる人みんなでってなってるから、それにも来ると思う」


『……そう、わかったわ。』


「ねぇ、私はどうやって連れ出せばいい?」


『そうね、例えば……』



莉緒と、綿密な打ち合わせを重ねる。

いよいよだ。やっと、私は友達を助けることが出来る。


莉緒の計画が成功すれば、紗奈だけでなくみんなをあいつの企みから解放させる事が出来るらしい。

……芹香も、騙されていた事に気付けば、ちゃんと謝ってくれるだろう。



そうすれば、きっと私はあの楽しかった日々を取り戻せる。


だから、私頑張るよ。

見ててね、紗奈!

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