第27話「守りたいモノ」

「「……」」



俺は櫻江を連れて、ウチのクラスの看板を持って歩く。

櫻江を連れ出したものの、人気ひとけのない場所でサボる訳にもいかないし、俺は話しを切り出せずにいた。



「翔太くん……」



そんな空気の中、櫻江の方がおずおずと俺を呼ぶ。



「……私、迷惑なのかな」



独り言のように、ポツリとそう溢した櫻江に俺は答える。



「……櫻江が迷惑だったわけじゃない。だから、さっきは避けてごめん」



俺は否定したが、櫻江はなおも声を震わせる。



「だけど、翔太くんを困らせたり傷付けた奴がそこにいたのに……、私なにも出来なかった」


「櫻江……」



俺は歩みを止めて、櫻江をちゃんと見た。



「櫻江が俺を想って行動してくれるのは、素直に嬉しい。けどな、それで櫻江に誰かを傷付けて欲しくないし、危ない目にあうのも俺は嫌だ」


「……翔太くん?」



熱の入った俺の言いように、櫻江は何かを感じたようだ。



「……山本に教えられた事も、さっき智樹と話した事も、ちゃんと話す。だから櫻江も俺に全部、話してくれないか?」


「……」



櫻江は少し考える素振りをした後、小さく頷いた。











「山本が俺に話したのは、立花のことだ」



誰も通らないような所には行けないが、中庭の隅の方で櫻江と並んで俺は校舎にもたれた。

そこで、全てを話す。




「立花がガラの悪い連中を集めているのを知った山本は、それを俺絡みだと思ったらしい。それで俺に心当たりがないかの確認と、何かあったら知らせるように言いに来たのが、この前だ」


『……」



櫻江が、黙って握り拳を作った。

顔を俯かせて、必死に怒りを抑えているように見える。




「……山本は自分で立花を止める事にこだわってるようだったが、その理由まではわからない。けど、俺の方も立花が何か仕掛けてくるなら山本は利用できると思ってる」



「……私に、話してくれなかったのは?」



櫻江の鋭い質問に、俺は頭を掻いてから答えた。



「勝手な俺のイメージだが、櫻江がこれを聞いたら立花に突っ込んで行きそうな気がしたんだ」


「それは……、そうかも」



櫻江の肯定に小さく息を吐いて、続ける。



「次に智樹の方なんだが……、簡単に言うと話してみて、立花の狙いは櫻江なんじゃないかと思った」


「……私?」



『あぁ』と俺は頷いてから、問い掛ける。



「智樹から、夏休みに櫻江と会った話を聞いた。……そこに、立花もいたらしいな」


「……」



櫻江が、息を呑んだのが分かった。



「櫻江、俺に何か隠してないか?」





櫻江が顔を強張らせて、迷っているような様子を見せる。

そんな櫻江に、俺は少し話しやすくしようと冗談めかして言った。



「……櫻江が立花とどういう話をしたかわからないと、俺はずっと櫻江に付いてないといけないな」


「……?」



櫻江が俺の言いたい事がわからないようで、不思議そうに顔を上げた。



「だって、そうだろ?さっきも言ったが、俺は櫻江に何かあるのは嫌だ。……だから、立花がどう動くかわからないなら、お前から離れられない。家だってどこだって、着いていくぞ」






「……ふふっ」



そんなこと出来るはずがないので、櫻江はそれが冗談だとわかったように笑った。



「……ダメだよ、翔太くん。それじゃ、私は話したくなくなっちゃう」


「なんでだ?」


「だって、私はずっと翔太くんと居たいんだから。翔太くんの方が私から離れないなんて、ご褒美でしかないよ?」


「……そうか」




櫻江の言葉に、一気に空気が緩んだのがわかった。

……やっぱり俺は、こうゆう雰囲気の櫻江の方が好きだ。



『でも……』と続け、櫻江は俺を見上げて片手で俺の頬に触れた。



「翔太くんにこんな心配そうな顔をさせてたら、私は自分を許せなくなっちゃう。……だから、全部話す。夏休み私が何をしてたかも、立花莉緒と何があったのかも」



「……あぁ、聞かせてくれ」



櫻江は少し困ったような微笑みを浮かべながらも、ゆっくりと口を開いた。











櫻江はそれから、夏休みの出来事を俺に話した。



俺のトラウマを探っていた事、そこで立花や山本達の名前を知った事、立花と智樹に会った時の事……。



俺は全て聞き終わって、溜息を吐いた。



「……それで、立花に喧嘩売って来たのか」


「そう、なるかな……」



櫻江が肯定してシュンとしたので、俺は苦笑しながら櫻江の頭にポンっと手を置いた。



「……バカ」


「ご、ごめん……」



申し訳なさそうにしながらも、ちょっと嬉しそうに謝る櫻江に、『本当にこいつは……』と俺の笑みが柔らかくなる。



「まぁ、やっちまった事はしょうがない。けど、これで立花の狙いは櫻江で確定だな」


「……怒らないの?」


「怒ってるよ」



ちょっと乱暴に櫻江の頭を撫でると、櫻江は『ひゃっ!?』と小さく悲鳴を上げた。

俺はそんな櫻江から手をどかして、続ける。



「もう勝手にチョロチョロ動くな」


「う、うん」



俺に乱された髪を整えながら、櫻江は少し頬を赤くして答えた。

……本当にわかってるんだろうな?



「……ともかく立花がどう動いてくるかまでは、分からない。だから櫻江は文化祭中、なるべく俺から離れないでくれ」


「え?」


「シフトは全部一緒だから、問題ないだろ。休憩時間も一緒に居た方がいい。あと、帰りも駅まで送るよ」


「い、いいの?」


「あぁ。まだ見かけないが、立花は今日も来てるらしい。駅までの道は俺も一緒だし、それくらい安全を取るなら大丈夫だ」


「そ、そうだね。うん、そうしよう?」



櫻江を喜ばせたくてこの提案をしている訳じゃないんだが、ウキウキした様子の櫻江に俺は仕方ないと自分を納得させた。











看板を持った翔太くんと、お客さんを探して2人で歩く。

流石に1人もお客さんを連れて行かないのはマズイだろうと、今は真面目に客引きをしていた。




……翔太くんが、私を心配してくれてる。



その事実が、とてつもなく嬉しい。

私は上機嫌で『パンケーキやってまーす、いかがですか?』と声を張った。



こんなの私1人じゃ恥ずかしくて出来ない。

でも、翔太くんが隣に居てくれるなら、頑張れる。



ふと、夏休みに芹香が、私が変わったのは好きな人の為かと聞いてきた事を思い出した。



……やっぱり、それは違う。



私は翔太くんがいるから、頑張れる。

翔太くんが見ていてくれるから……。



私は彼が隣にいる幸せを、改めて噛み締めた。










「みんな、お疲れ様!今日の売り上げは上々だ。この調子で明日も頼む。……それじゃ、解散!」



文化祭の1日目を終え、実行委員が機嫌良くそう号令を取ると、口々に今日の疲れた事や楽しかった事を話す声が聞こえだす。




「何もなかったな」



菊池がそう言ったので、俺は『あぁ』と頷いた。


結局、あれからも立花は姿を見せず、俺と櫻江は客の誘導に忙しくしていると、すぐに時間がきた。

菊池も裏方にいながら前も気にしていてくれたらしいが、俺や櫻江の居場所を尋ねるような客もいなかったそうだ。




(今日、姿も見せなかったのはかえって不気味だな。……いや、明日もこのまま何もなかったらそれでいい)



俺は胸騒ぎを抑えるように、自分にそう言い聞かせる。

……智樹が、上手く話をつけてくれていたらいいのだが。





「……翔太くん、帰ろう?」



そんな事を考えていると、帰り支度を終えた櫻江が俺の元に寄って来た。



「……一緒に帰るのか?」


「一応な。櫻江、ちょっと待ってくれ」


「うん、大丈夫だよ」



菊池に答えて、俺が荷物を鞄に突っ込んでいるのを、櫻江はニコニコしながら見ている。



「……よし、じゃあ行くか」


「うん!菊池くん、また明日」


「菊池、お疲れ」


「……あぁ」



俺達に挨拶を返した菊池は、珍しく薄く微笑みを浮かべていた。













「……そう、隆二も一緒に居たのね」


……今日見かけたからそんな事だろうと思ったけど、隆二のグループの人間が数人抜けたのは、やっぱり隆二の引き金か。



和田くんに呼び出されて、私達の学校の校舎裏で話を聞いた。

和田くんは隠すことなく全て話してくれるから、扱いやすい。



「あぁ、だから莉緒。妙な事を考えてるなら止めてくれ!さっき言ったように、翔太ももう知ってるんだ!櫻江さんを狙っても、あいつに止められるだけだ!」



私の前でわめく和田くんを、鬱陶しく思う。



「……ちょっと黙っててくれる?」


「莉緒!今ならまだ間に合うんだ!翔太とも、友達になら戻れるはずで……」


「うるさい!黙ってって言ったでしょう!?」


「……莉緒」



哀れむような目で私を見る和田くんに、イラッとした。



「……もういいわ。やっちゃって」


「!?」




「いいのかよ、お友達なんだろ?」



物陰から潜んでいた男達が姿を現す。

囲まれていることを知った和田くんは、顔を青ざめさせた。



「……別に、どうせ止めても一緒でしょ?」


「へっ、まぁな」


「まっ、待ってくれ!莉緒!」



私に助けを求める和田くんの腹に、深々と拳が刺さる。



「ごふっ……!り、お……!」


「うるせぇ!もうお前に用はねぇってよ!」




袋叩きにされながら私を呼ぶ和田くんを無視して、私は和田くんが持ってきた情報に感謝しながら明日の事を考えた。

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