第26話「標的は」

「……さっきのも、翔太くんを傷付けた奴だよね。お仕置き、して来ようか?」



「やめてくれ」



櫻江は小林の時と同じように、『どうして?』と不思議そうに首を傾げた。



「話し合いで解決できる。櫻江は気にしないで、みんなと楽しんでてくれ」


「……翔太くんが敵といるのに、そんなの無理だよ」



そうこうしていると、高木が櫻江を追って近くまで来た。

だが、櫻江の空気の変化を察したのか、口をつぐむ。



「……高木、櫻江を頼む」



俺はそんな高木に、そう呼びかけた。

それを聞いた櫻江がショックを受けた様子を見せる。




「……私は大丈夫だよ。翔太くんのそばに居させて」



俺は小林の一件から、それを信じられない。

なるべく櫻江を安心させるように、笑みを作って優しく言った。



「俺の方こそ、大丈夫だ。……ほらっ、早く片付けないと、菊池がたこ焼き食う時間がなくなる。後でちゃんと話すから、櫻江は今は高木達と居てくれ」



そんな話をしている間に、智樹の方も一緒に来ていた友人に説明を終えたみたいだ。



「じゃあ、行くぞ」


「……わかった」



俺の言葉に、智樹が頷いたので俺は歩き出す。

それを櫻江は泣きそうな目で見送った。












智樹を連れて、さっき菊池と焼きそばを食べていた体育館の近くまでやって来た。

体育館の正面出入口は出し物の見物客で賑やかだが、裏口の方はたまにバタバタと忙しそうに何かを搬入出はんにゅうしゅつしている人が通るくらいだった。



「ここなら、いいだろ」



人目が少ない場所まで来た事を確認するように、そう言った。



「それで、……なんで山本と居たんだよ」



『先に言っとくが……』と前置きして、智樹の質問に答える。



「俺は山本を許した訳じゃない」


「じゃあ……!」


「立花だ」



再び問い掛けようとした智樹の言葉を遮って、立花の名を告げた。



「……莉緒?莉緒がどうしたって言うんだ!?やっぱり、まだ山本が……!」



俺は智樹の反応に、立花に惚れてるかのように感じたが、どうでもいいかと話を続ける。



「立花が最近、妙な動きをしているらしい。山本はそれを、俺が関係しているように見た。……お前も立花と一緒にいない所を見ると、何か勘付いてるんじゃないか?」


「……」



さりげなく情報を探る俺に、智樹は心当たりがあるように考えだした。



「……何か、覚えがあるんだな」



俺がそう聞くと、智樹は口を開く。



「確かに……最近の莉緒はおかしい。誰かと頻繁に連絡を取ってるみたいだし、俺達ともほとんど一緒にいないし……。その相手は、山本じゃなかったのか……?」



智樹は、山本が立花に粘着しているように見ていたらしい。

だが、山本の話からその線は無い。


それに智樹の言葉で、山本の言っていた内容の信憑性は増した。



「立花が何をしたいのか知らないが、山本は立花を止めたがってる。……そこは俺と同じだから、一時的に協力してるだけだ」



これで、智樹が知りたがっていた事は話した。

それをこいつがどこまで信じるかも、どう考えるかも好きにしたらいい。


そう思って、待っていてくれた菊池に声をかけて戻ろうとすると……




「待ってくれ!」



智樹が俺を呼んだので、仕方なく振り返る。



「莉緒が何かするなら、止めたいのは俺も同じだ!俺にも、何か出来る事はないのか?」



俺は智樹に聞く。



「……立花に何も知らされてない智樹に、何が出来るんだ?」


「うっ……」



俺の問いに、智樹が言葉を詰まらせた。

俺は答えを期待していた訳ではないので、溜息を吐いてまた歩き出そうとした。



「……待てよ?もしかしたら……!」



そこで智樹は、何かに気付いたような声をあげる。



「俺、莉緒の狙いがわかるかも知れない!」


「……狙いだって?」



俺は聞き流せない言葉に、智樹に向き直る。



「あぁ。夏休みの終わりに莉緒といる時、さっきいた櫻江さんと会ったんだ!」



「立花と、櫻江が……?」



なんでここで、櫻江の名前が出てくる?

しかも、2人はもう会ってるのか?


智樹はさらに続ける。




「俺と翔太が会った時、莉緒に櫻江って子の名前を言ったんだろ?それから、莉緒は櫻江さんについて調べてた。それでたまたま会った時に、俺が気付いたら2人は言い争いをしてたんだ。それ以降、莉緒は今みたいな感じになって……。だから、莉緒がおかしくなったのは、櫻江さんのせいじゃないか?」



智樹の仮説に、カッ頭に血が昇る。



「……櫻江が、立花と繋がってるって事か?」



俺は確認しなければいけないと努めて冷静に問うが、智樹はそれをアッサリと否定した。



「いや、さっきも言ったけど言い争ってたんだって。櫻江さんのせいって言うのは手を組んでるとかじゃなくて……、あぁ、何て言ったらいいんだ!」



結論を出せない智樹に少しモヤッとしたが、俺も焦りすぎたらしい。


立花が俺にまだ執着しているのなら、櫻江が手を組むはずがない。



それなら……。






「立花とかいうのの狙いは、櫻江の排除か」






俺と同じ結論を、菊池が口にした。 



「いや、そうなんだけど、排除とか物騒なもんじゃ……」



菊池の言い方に気に入らない所はあれど、智樹もそれに同意のようだ。


俺は櫻江が心配で、胸が締め付けられる。



(……大丈夫だ。立花の狙いが俺なら、櫻江に危害が及ぶ事も考えてた。念の為、高木には出来るだけ櫻江に着いていてもらうように頼んでおいて正解だったな)



俺は今すぐ駆け出したい気持ちを抑えて、自分を落ち着かせる為に息を吐き出した。



(ただ、櫻江に確認する事もできた……)



俺の知らない所で、智樹と立花に会っていた櫻江。

それに、さっきの様子からもやはり山本の事も知っていそうだ。







「……翔太、俺が莉緒と話をする」



「智樹?」



俺が櫻江の事を考えていると、智樹は決意を込めた表情でそう言った。



「……俺も一緒にって思ったけど、やっぱり俺は山本を許せない。だから、俺は俺で莉緒と話すよ」


「……」



智樹の言う事も、わからなくはない。

事が起こる前に、立花を説得出来るならそれが1番良いからだ。

なら……



「……俺も一緒に行く」



そう言った俺に、智樹は照れ臭そうに笑った。



「翔太なら、そう言うと思ったよ。……でも、これは俺に任せてくれないか?」


「……大丈夫なのか」


「友達じゃなくなっても、心配はしてくれるんだな」



智樹はいつもの人懐っこいニカッとした笑みを浮かべたので、俺はばつが悪くて目を逸らす。


俺が再び目を合わせると、智樹は言った。



「絶対に止めてやるから、任せとけって。それで、もし上手くいったら……」



智樹は『やっぱ、なんでもねぇ』と濁したが、俺は続きを察した。




「……立花はガラの悪い連中を集めてるらしい。気を付けろよ」


「……そうか」



山本からの情報を智樹に話すと、智樹は莉緒を思ってか少し寂しそうに俯いた。


しかしすぐに、顔を上げる。



「良い報告してやるから、今度こそブロック外しとけよ?」


「……わかったよ」



話が終わり智樹が離れようとして、……思い出したように振り返った。



「……そういや、あの櫻江って子は大丈夫なのか?夏休み会った時、すげぇ怖かったぞ」



俺は櫻江が小林に向けていた表情を思い出して、苦い顔をした。

たぶん、智樹もその顔を見たのだろう。



「あぁ。智樹にはそうだったかも知れないが……、いい子なんだ。許してやってくれ」



「そっか……、わかった」



智樹も俺に対して、何か察したように笑った。


そして今度こそ、智樹は俺達から離れていった。





「……俺達も行こう」


「あぁ」



立花の狙いはわかってきた。

俺は菊池と歩きながら、櫻江と連絡を取った。










午後のシフトの時間になったので、教室まで戻って来た。

櫻江もそこにいて、無事を確認していたとはいえ、その姿を見てホッとする。


しかし、櫻江の方は元気がない。



「櫻江……」


「……」



俺の呼び掛けに、いつものような元気な返事はなく、視線だけをこちらに向ける。



「さっきの事も含めて、話したい事がある。一緒に来てくれないか?」


「……でも、お店は?」



俺はあらかじめ、手回ししておいた答えを言う。



「この時間は呼び込み要員にしてもらった。行こう」


「……うん」



俺は櫻江を連れて、教室を出た。

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