第25話「開幕」

文化祭の開会式が終わり、一般入場者の開門まで10分を切った。

クラスもそわそわと落ち着きのない雰囲気の中、みんなお祭りへの期待に胸が高鳴っている様子だ。




「はぁ……」



俺は実行委員の最後のチェックの手伝いが終わり、まだ客のいない教室内の適当な椅子に腰掛ける。



「その調子だよ、翔太くん」



そんな俺に、すぐに櫻江が寄って来た。



「何がだ?」


「接客の時は、今みたいな感じでやってね」


「……ダルそうにしてろってことか?」



俺の問い掛けに、櫻江は『そうだよ』と頷く。



「いや、いくら俺でも接客くらいちゃんとする」


「ちゃんとしちゃダメだよ!」



櫻江が頬を膨らませたが、俺は櫻江の意図がわからない。

……冗談のつもりなのか?


そんな俺の考えを、櫻江が真剣な表情で裏切る。



「いい?翔太くん。絶対にお客さんに微笑みかけたりしないで。あと、なるべく前の人手が足りてる時は裏に居てね。接客する時も『誰も手が空いてないから、仕方なく』っていう感じを出して……」


「なんてこと指導してるのよ……」



櫻江の接客指導に、いつの間にか近くに来ていた高木が突っ込んだ。



「そんなに心配なら、いつもみたいに髪を下ろしてもらえば?それなら、ちょっとは安心できるでしょ」



高木の言葉に、櫻江は悩ましいような様子を見せる。



「それは……。私だって格好いい翔太くん、見たいし……」


「じゃあ、我慢するしかないわね」


「うぅ……」


「……ほらっ、もうすぐ入ってくるぞ。準備しよう」



まだ何か悩んでいる櫻江に、高木と苦笑しつつ席を立つ。



いよいよ、文化祭がはじまる。












「いらっしゃいませ!こっちの席にどうぞ」



俺達のクラスは、良い滑り出しを見せた。

そこまでこだわった制服ではないにしろ、可愛い衣装を着た女子に接客してもらえるのが受けているようだ。


メニューのパンケーキもそれなりに美味しいはずなので、口コミで広まってくれれば午後にはもう少し忙しくなるかも知れない。



「どうぞ、お待たせしました」


「あぁ……」



女子目当てで来店したのであろう、男性客に品物を出したが、完全にこっちを見ていない。

その視線の先には、笑顔で接客する櫻江の姿があった。



(本当に変わったよな……)



出会ったばかりの彼女からは想像も出来ない、忙しそうにしながらも可愛らしく動き回る櫻江の姿。



俺はそれが良い変化だと思いつつも、多くの男性の視線を集める彼女に、胸がチクッと痛んだ。











私達のクラスはスタートから順調で、昼前になるにつれ客足は増していった。

最初は男の人が多めだった客層に女性が混じり、その割合はほぼ半々くらいになってきている。



……そうなってくると、私の心配は増していく。




「お待たせしました」


「ありがとうございます!」



今も翔太くんは少し年上くらいの、2人組の女性客を接客している。

彼女達が、彼の登場にわずかに目を輝かせた事を私は見逃さなかった。



「わぁ、すっごく美味しそうです!」


「ねっ、お兄さんが作ったんですか?」



その問い掛けに翔太くんは、笑顔で答える。



「いえ、調理担当とは分かれてますから。気に入ってもらえていたと、伝えておきますね」


「は、はい。お願いします」



……今、絶対に見惚れてた。



私のアドバイスを聞いてくれていない翔太くんにムッとする。

そうしていると『すみませーん』と声が掛かったので、『はい、今行きます』と返事をして笑顔を作り直した。



横目に翔太くんが何事もなく彼女達から離れたのを確認しつつ、私はお客さんの顔を翔太くんに見立てるという秘伝の接客術で対応していった。












櫻江とはすべてのシフトで同じだったが(ホワイトボードを見ると一緒にされていた)、全部の空き時間を一緒に過ごす予定ではない。

櫻江も友人と回る時間が必要だと思ったからだ。

……櫻江は不満そうだったが。




「菊池、行くか」


「あぁ。何か食おう」



昼過ぎに最初のシフトを終え、制服を次のシフトの奴に渡して、一緒の時間に裏方で入っていた菊池を誘う。



俺達は適当な店で、焼きそばやフランクフルトを買って、人の少ない体育館の辺りで座った。




「あれから、大丈夫なのか?」


「……今のところ、何もない」



菊池が言っているのは、山本の件だろう。



「俺もよくは知らない奴だから、あいつの言う事を信用するなとまでは言わないが……」


「わかってるよ」



菊池の心配に、俺は状況を説明する。



「櫻江には、高木が着いてる。人の多い場所で何かしてくるとは思えないから、人気ひとけの少ない場所に行かないように釘も刺した」


「……そうか」



それから菊池は何も言わずに買ってきた料理に手を付けたので、俺も腹を満たすことに専念した。







「……ちょっと足りないな」


「まだ食うのかよ……」



菊池が焼きそば3つとフランクフルト2本を、俺が焼きそば1つを食べている間に食べ切ってそう言ったので、再び出店が並ぶ中庭の方へと2人で向かった。












途中、綿菓子など甘そうなものばかり持った櫻江達を見かけはしたものの、特に話すことはなく菊池が希望した、たこ焼きを目指して歩く。

……櫻江が滅茶苦茶手を振ってきたので、軽く手を上げるだけはしておいた。






そこで、さっき菊池と話していた人物と出会う。




「……浮かれてやがるな」



俺が櫻江に手を上げたところを見ていたのか、山本は面白くなさそうにそう言った。



「祭りだからな。……1人で来たのか」


「……チッ」



俺の問い掛けに、山本は舌打ちで返してくる。



「……たぶん、今日も来てるぞ」



山本は、不機嫌そうに言った。

……来てるっていうのは、立花だろうか。



俺がそれになんとも言えない表情をしていると、山本は俺を睨んだ。


すかさず、菊池が俺の隣に立つ。



「……この間から、なんでテメェがそいつに肩入れしてやがんだ」


「この間も言った。九重は面白い奴だからな」


「相変わらず、訳わかんねぇ奴だな……」



2人の間に、一発触発のムードが漂う。

俺が2人に止めるように声を掛けようとした、その時……








「翔太……?」




呼ばれた声にそちらを向くと、智樹が友人らしき数名とこっちを見ていた。



「……智樹か」



まぁ一般入場者を入れている祭りだ。

こいつが来ていても、おかしくはない。

俺に会いに来た、とかじゃなければ別に構わない。


ただ、智樹が引き連れている面々に立花はいなかった。


智樹は友人達を置いて、フラフラと俺に歩み寄る。



「……翔太、どういうことだ?」


「何がだよ」



近くまで来た智樹の質問の意味が分からずに、そう聞き返すと、智樹は血相を変えて掴みかかってきた。



「お前は……!莉緒にあんな事言っておいて、こいつは許したのかよ!!」



智樹の言葉に『あぁ、そういうことか』と納得する。

どうも智樹は、俺が山本だけは許して仲良くつるんでるのだと勘違いしているようだ。



俺は面倒臭さに顔をしかめ、智樹の手を払いながら言った。



「……お前に関係はないが、ここで騒がれると迷惑だ。この事に関してはちゃんと説明してやるから、場所を変えるぞ」


「なっ……!」



智樹からすれば、悪びれもしない俺の態度に唖然としたって感じか……。

ただ何様だと思いつつも、黙ったのならそれでいい。


人が多くある程度騒がしかったおかげか、俺はそこまで周囲の視線を集めていない事に安心しつつ、山本に聞く。




「山本も、それでいいな?」



それを山本は鼻で笑う。



「はっ!なんで俺がテメェ等のおままごとに付き合う必要があるんだよ。……勝手にやってろ」




『いい気味だ』とでも言いたそうに、少しだけ機嫌を良くして山本が離れていく。

俺も、よく考えればあいつがいる必要はないかと、何も言わずに見送った。





そこへ……





「……翔太くん、そいつまた迷惑掛けてるの?」



軽い騒ぎで気付いたのか、櫻江が寄って来ていた。

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