第24話(閑話)「莉緒の理由」
「お前、……九重とかって奴が好きなのか?」
説教に疲れて一息ついた時、
「……なんで九重くんが出てくるのよ」
私は動揺する心を悟られないように、隆二を呆れた目で見た。
それに隆二は面白くなさそうに、鼻を鳴らす。
「ふんっ、その割に随分と気に入ってるみてぇじゃねぇか」
「……関係ないでしょ」
もしかしたら、私のせいで九重くんが目をつけられるかも知れない。
その思いが、隆二を見る態度に出てしまった。
私達は無言で睨みあうように目を合わせ……
「……だったら、俺の事も放っとけよ」
「ちょっと、隆二!……もうっ!」
鬱陶しそうに、私に背を向けてさっさと行ってしまう隆二。
昔は、あんな奴じゃなかったのに……と思いつつもその原因を知っているせいで、私は近くで隆二がやり過ぎないように止めるくらいしか出来ない。
ただ最近は他校の生徒と喧嘩もしているみたいだし、私は隆二の近くにいることに疲れはじめていた。
私と隆二は母同士が同級生で仲が良く、
小学校の4年生くらいまでは、お互い同性の友人も多く、グループでも2人でもよく一緒に過ごした。
それが変わったのは、隆二のお父さんが事故で亡くなってから……。
隆二はそれに傷付いた様子だったし、お葬式などが終わって学校に来た時も元気がなかった。
けれど、無理に笑っていると分かる笑顔でも、私や友達に心配掛けまいと気丈に振る舞っていた。
だから、母も含め私達はしばらくそっとして置いてあげようと、気に掛けてはいたけれど少しだけ離れて見守っていた。
けれどそのちょっとの距離のせいか、隆二にすぐに新しいお義父さんが出来た事に気が付かなかった。
それをきっかけに、段々と隆二は壊れはじめる。
「隆二……!その傷、どうしたの!?」
「莉緒か……」
休みがちになった隆二が学校に来た日。
腕に残った火傷の跡に、そう隆二を問い詰める。
よく見れば、細かい傷も身体中に残されていた。
軽くパニックになった私に、隆二は全く感情のない目と声で言う。
「放っとけよ」
「放っとける訳ないでしょう!」
「……!」
私は無理矢理、隆二を保健室に引っ張って行って、消毒液をぶっかけた。
あの時、私は自分の失敗を申し訳なく思いながらも、隆二が痛がるのが面白くて笑ってしまい、隆二も私を怒りながら、笑っていた。
それから、隆二はどんどん自分の殻にこもっていったが、私とは嫌そうにしながらも話した。
「……莉緒、隆二くんの事よく見ていてあげてね」
「うん!隆二、私とは話してくれるから大丈夫だよ」
ある日、隆二のお母さんに会って来た後のお母さんが、私にそう言った。
——この言葉に縛りつけられる事になるなんて、私はこの時は想像もしていなかった。
お母さんがこの話を私にした後、隆二のお義父さんは捕まった。
6年生の、夏休みだった。
それから小学校を卒業し中学生になり、隆二の素行はどんどん悪くなっていく。
服装はいつも乱れ、いじめ紛いの事はするし、威圧的な態度でクラスメイトを遠ざけた。
そんな人間でも寄ってくる人はいるみたいで、隆二のグループはそれなりの大きさになっていた。
……見下され、取り込まれた人も何人かいるのだろうけど。
この頃には、私もこのグループにいる事がとても辛かった。
万引きしようとする男子を止めて、殴られそうになった(隆二が止めてくれたが)時は、その場は頑張って堪えたが、家に帰って泣いた。
……もう、限界だった。
でも、そこから離れる方法もわからなかった。
それに、なんで自分が隆二を見ていないといけないのかすら、分からなくなっていた。
九重くんと出会ったのは、そんな時だった。
2年生の文化祭で、私と彼は一緒に実行委員をした。
最初はパッとしない、頼りない子だなと思っていた。
——けど、そんな事全然なくて……
『立花、疲れたろ?ちょっと座ってろよ』
『あぁ、それはこっちに任せてくれ。……え?いいよ、立花には助けられてるしお互い様だろ』
私を気遣って、声を掛けてくれる。
私が頑張った事を、ちゃんと認めてくれる。
暖かい笑顔を、私に向けてくれる。
これまで、いつか手を出されるんじゃないかという恐怖を抑えて、気丈に振る舞って来た。
それでも、誰にも認められたことはない。褒めてくれたことなんか、ない。
けれど、九重くんは私をちゃんと認めてくれる、普通に褒めてくれる、自分の失敗は謝ってくれるし、私の失敗には笑って励ましてくれる……。
九重くんの隣は、私に『普通』を思い出させてくれる場所で、居心地が良くて、私の癒しだった。
「なぁ、莉緒。お前、最近よくあの陰キャとよく居ねぇ?」
「……実行委員で一緒だったからよ。彼、頭もいいから勉強教えてもらってるの」
「はっ!相変わらずツマンネぇ女」
「やめなよー、莉緒もあんなのに本気な訳ないじゃん。ねぇ?」
「……そうね」
隆二がいる前で私をイジると機嫌が悪くなるので、いない時に小言のような嫌味を言われるのはもう日常的だった。
(……九重くんには、まだ手は出してないわね)
もし、彼に危害が及ぶようであれば、私が止めなければ。
私が握った拳は、震えていた。
3年生になっても、九重くんと同じクラスになれた。
隆二も九重くんの事を気にし出したみたいだが、私が九重くんが好きだったら何だというのだろう。
そう、もう私は九重くんが好きだった。
信頼から実行委員長を頼んだが、やはり彼は手際良く周囲をまとめて、順調に文化祭の準備、本番、片付けを終えた。
私も、微力ながら彼を支えた。
(文化祭が終わったら、隆二に話してグループを抜けよう……!そしたら、九重くんと居ても誰も何も言わないはず……)
そう決めていた私は、彼の呼び出しに歓喜した。
先に付き合う事になってもいいなぁなんて、思いながら彼を待った。
彼は委員長の仕事で遅くなると言っていたが、私はずっと待つつもりで、手が空いてからずっと教室に居た。
他のみんなは、とっくに打ち上げに行っているはずだった。
そして、あの瞬間が訪れる。
『あっははは!バカっ笑うの早ぇよっ!!』
こんなに笑う隆二は久しぶりで、でも昔よりもずっと寒気のする笑い方にゾッとする。
『莉緒が、こんなのと付き合うはずないじゃんねー!』
『ほらっ、莉緒。おだてたら何でもやってくれて便利だって言ってたじゃん!』
確かに、それはあんた達の言葉に乗って私が言った言葉だ。
けど、それは少しでも九重くんへの矛先を逸らす為で……!
私は、九重くんの方を見た。
——彼は今にも泣きそうな目で、それでもまだ私を信じてくれているのがわかった。
……それなら、この場を誤魔化せたなら、私と九重くんは静かに付き合う事ができるんじゃ?
「あ、当たり前でしょ!」
私は、最大の間違いを犯した。
「ふぅ……」
九重くんの学校の文化祭は、明日から。
私は出来る事はすべて終えて、大きく息を吐き出した。
今でも私に見捨てられた時の、彼の顔は忘れられない。
私が、バカだった。
あの九重くんを、私が救わないといけない。
きっと彼の時間はあの時から、止まっている。
私と、同じように。
わざわざ文化祭まで待ったのだ。
相手に時間を与える事に不安もあったが、問題ない。
櫻江紗奈は、思っていたより大した事なさそうだし……。
(中学の時と同じあの瞬間、私は九重くんを取り戻す……!)
私は頭の中で、あの時の泣きそうな彼を強く抱き締めた。
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