第23話「それぞれの思惑」
翔太くんが出て行ってから、私は気が気じゃなかった。
(……山本って、翔太くんをイジメた主犯だったはず。そいつが、なんで……)
着いて行こうとした私に、翔太くんは『櫻江はこっちを頼む』と任せて行ってしまった。
翔太くんが敵と接触しているのに、呑気に話し合いなど出来るはずがない。
そう思うのに、翔太くんはこっちを私に任せようとしてくれている。
翔太くんの役に立ちたい。けど、翔太くんが私に望む役割と、私が望む役割は違っていて……。
その思いが邪魔をして、私に翔太くんを追いかける判断を迷わせた。
そうこうしていると、最近翔太くんと仲が良さそうだった菊池くんが、彼の後を追って出て行く。
私はただ、それを呆然と見送るしかなかった。
山本の話が終わり俺が教室に戻ると、けっこうな時間が経っていた。
教室ではすでに全体での話し合いは終わり、それぞれの班に分かれている。
「翔太くん!!」
すぐに駆け寄って来た櫻江が、俺を心配そうに見上げる。
「大丈夫!?なにもされてない!!?嫌な事とか……」
「落ち着け」
俺は櫻江の頭に緩いチョップを落とした。
「なんでもなかったよ。……というか、櫻江は山本を知ってるのか?」
トラウマを話した時に、山本の名前を出した覚えがない。
その事を聞くと、櫻江は慌てた様子で言った。
「し、知らないけど、なんだか嫌な予感がしたから……。ほらっ、翔太くんを傷付けた人かも知れなかったし……!」
「……そうか」
勘の鋭い櫻江に軽く返事をして、みんなの方を指差した。
「ほらっ、俺達も混ざろう」
「……うん」
櫻江はまだ何か聞きたそうにまごつきながらも、小さく返事をした。
それから、文化祭の準備は順調に進んだ。
櫻江は山本の事をしばらく気にした様子だったが、俺がはぐらかし続けるとちょっと機嫌を損ねたようではあったが諦めてくれた。
そして、今日は衣装合わせを行なっており……。
「九重くん、……似合うね」
「……そうか?」
「……うん、いいと思う」
いつもの制服姿から、学ランの代わりにベストを着て腰エプロンを巻いただけだが、だいぶ印象は変わるらしい。
俺だけのサイズに合わせて作った訳ではないので少しだけ大きい気もするが、充分問題なく着れていると思う。
「これなら、それっぽく見えるか?」
「見える見える、いい感じだよ」
外から見た感じを尋ねると、これを作ってくれた女子生徒が満足げに頷いた。
「あっ、でも……ちょっと座って?」
「?」
その様子を見ていた、別の接客担当が俺に椅子に座るように指示する。
俺が大人しくそれに従うと、『ちょっと動かないでねー』と俺の前髪をピンで止めた。
「「……」」
「……どうした?」
途端に黙り込んだ女子に、不安になって尋ねる。
「……やっぱり変なんだろ」
反応がないので察した俺がピンを外そうとすると、慌てた様子でそれを止めた。
「い、いいよ!すっごく!」
「そうそう!いいって言うか、アリって言うか……」
「アリ?」
最後の方の意味が分からなかったので聞き返すと、『何でもないっ!』と顔を逸らされた。
そうこうしていると、別室で着替えていた櫻江が顔を出した。
「……わぁっ!翔太くん、カッコイイ!」
自分が男子生徒の視線を集めている事など、お構いなしに早足で俺の元へとやって来る。
「……すっごく似合ってる」
「そうか、そりゃどうも」
じっくり俺を眺めた後、少し顔を赤らめて櫻江はそう言った。
櫻江は俺がなにを着てもそう言いそうだな、と苦笑しつつ答えて、俺も櫻江の格好に目を走らせる。
メイド服、とは呼べないだろうが、制服のブレザーの代わりにフリルの付いた大きめのエプロンを着け、頭にはカチューシャをしている。
ガッツリ可愛い系の服装だが、櫻江には似合っていた。
「……櫻江もな」
「ふふっ、ありがとう」
俺の言葉に、櫻江は照れ笑いを浮かべる。
むず痒い雰囲気に周囲を見渡すと、暖かい視線が向けられていて、さらに恥ずかしくなった。
櫻江はそれに気付いてないのか、『むぅっ……』と難しい顔をして俺を
「……翔太くんピンなんて持ってたの?」
「いや、貸してくれたんだ。……なかった方がいいか?」
「……ううん。でも本番でも付けるなら、気をつけてね?」
「?…あぁ」
櫻江の言っている意味は分からないまま、俺は曖昧に返事をした。
「もう、翔太くんってば……」
私は、ベットの上で今日の出来事を振り返る。
あんなにカッコよくて可愛い顔、みんなに見せたら危ないのに……。
曖昧な返事をした翔太くんは、絶対に分かってない。
普段から彼は、危機感が足りないのだ。
でも、そんな翔太くんも好き……。
今回も、『可愛い』とは言ってくれなかった。
だけどまた、私は翔太くんとの距離を詰める事が出来ている。
もうすぐ、もうすぐだね……。
文化祭の準備のせいで、私はあまり動けていない。
結局、翔太くんに聞いても菊池くんに聞いても、山本の話が何だったのか教えてくれなかった。
……翔太くんの様子も、その日以外は変わった感じはなかったし。
けれど、山本があのタイミングで接触して来た事を考えると、あいつ等も含めて文化祭で何か仕掛けてくるのは間違いないと睨んでいた。
もし何かして来たら、返り討ちにしてやる!
私と翔太くんの楽しい思い出に、泥を塗ろうというのだ。
それ相応の報いは受けてもらわないといけない。
来るなら来ればいい。
それらから翔太くんを守れたら、もう私達の間に障害はなくなるはずだ。
この間、別の子がどうとか考えていたのが嘘みたい。
だって、私より翔太くんを大切に思ってる人なんていないのだから……。
私は
「そう、あれからは何も動いてないのよね?」
『……』
「良かったわ……。勝手な事をしたから、櫻江紗奈にもっと徹底的にやられるかと思った」
『……!……!!』
「……そうね、ごめんなさい。あなたのお友達はそんな事、しないもんね」
『……』
「えぇ、わかってるわ。九重くんは私に任せて。ちゃんと櫻江紗奈には近づかないように、説得してみせるから」
『……』
「えぇ、きっと元の……それ以上の友達に戻れるわ。だからあなた達のクラスの事、もっと教えて?当日、どんなシフトになってるかもわかると助かるんだけど……。待って、メモを取るから」
『……、……』
「……ありがとう、これでより確実に九重くんを説得できるわ」
『……』
「お礼なんていいわ。上手くいったら、私の方が感謝しなくちゃいけないもの。……それじゃ、別の用があるから切るわね。えぇ、頑張りましょう。またね」
『……』
『それじゃ、やっぱり莉緒からの接触は無いんだな?』
「そうだ。……それより、本当に来るんだろうな?」
『……今更何言ってやがる。ぶん殴るぞ?』
「お前が菊池にやられるぞ?……ただ、本当に何か起こって、それを止められたら好きにしろよ」
『はっ!ビビってヘラヘラしてた奴とは思えねぇな』
「……褒めてんのか?」
『逆だ。余計にムカつく奴になった』
「安心したよ。……じゃあ何か掴んだら教えてくれ」
『……もう一回言っとくが、テメェのためじゃねえぞ』
「わかってる。じゃあな」
「……ふぅ」
通話を切って、一気に身体の力が抜ける。
あいつの情報を
下手をすれば、櫻江の身が危ないかも知れない……。
これがどういう感情かはわからないが、それだけは絶対に嫌だった。
「もうすぐ……だな」
準備も順調に進み、本番までは内装の手直しや接客の練習など細かい所をみんなで確認すれば、クラスの方は大丈夫だろう。
あとは当日になってみないと分からない。
そこは今考えても仕方がないか、と俺は布団を被って目を閉じた。
そんな数日など瞬く間に過ぎて、それぞれの思惑が渦巻く2日間の文化祭が幕を開ける。
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